サトシ君 その1

サトシ君

 

 怨リョウスケ

 (2023年3月 Go!オカルトWEBに投稿)

 

 これはある知人から聞いた話である。


 その知人、ここではA氏とするが、A氏が幼い頃、地方の集合団地に住んでいた。


 団地には同世代の友人も多く、いつも暗くなるまで団地内の公園で遊んでいた。


 その当時、A達の間では団地全体を使ったかくれんぼが流行っていた。団地の敷地はかなり広く、建物の中や縁の下、駐輪場といった隠れ場所も多いため、鬼も隠れる側もやりがいのある遊びとなっていた。


 そして、見つかってしまった子供は、鬼の仲間として残りの仲間を探す。全員が退屈をしないようなゲーム性を持たせたお陰でみんなが本気になって楽しめたのだった。


 その日もA氏が隠れ場所を探して団地内を歩いていた。ふと顔を上げた先に、団地の三号棟があった。


 その棟は高齢者が多いからあまり行ってはいけないと親から言われていた。それ以前に、三号棟に住んでいる友達もいなかったのでそもそも行く必要もない場所だった。


 いい隠れ場所があるかもしれない、A氏はそう思い三号棟に向かって歩いていった。


 三号棟は他の棟と同じ作りになっていた。


 少しウロウロしたあと棟の裏手に回ってみた。団地の裏手には、一階のベランダの下に子供の背丈ほどの隙間があったのだ。


 横に伸びるベランダと地面の隙間に、一箇所だけ草木が覆っており、周囲から見えないようになっていた。


 隠れるにはちょうど良い場所だ、そう思ったA氏はそこに隠れることにした。


 草を掻き分けてその隙間に入っていくと、黒い小さな人影が見えた。


 しまった、もう別の友達が隠れ場所としていたか。そう思ったA氏は小声で声をかけた。


 「ここ、先に見つけちゃったか。いいところだと思ったんだけどなぁ」


 その男の子はバレたか、という表情をした。


 「さすがに同じところに二人いたんじゃつまんないよな。僕あっちにいってるね。僕見つかっても誰にも教えないからね」

 そういうとA氏は別の場所に移動していった。


 鬼が全員を見つけた頃、既に日が沈みかけていた。A氏を含め皆、全力で遊びに興じた満足感を胸に、解散することになった。


 さて明日は何をしようか、と取り留めのない会話をしながら帰るとき、あの男の子の後ろ姿を見た。


 ああ、あの子も見つかっちゃったんだな、いい隠れ場所だと思ったけど、そんなことを思い帰路に着いた。


 それからもその男の子を見ることは幾度かあった。男の子はいつも遊びの途中から参加していた。みんな何も言わないのでまあそういう子なんだろうと思っていた。それから、帰り道は必ず一人で、三号棟の方へ歩いていっていた。


 「そういえばあの子、三号棟に住んでるのかな?」


 「ああ、サトシ君ね、多分そうなんだろ」


 「やっぱりそうなんだね。あそこは子供は住んでないと思ってた。っていうか、あの子、サトシ君って言うんだね」


 「お前名前も知らずに遊んでたのかよ。まあ俺も名前ぐらいしか知らないけどな、ははは」


 「今度サトシ君の家行ってみたいな、ほら、あそこの棟って僕ら入ったことないでしょ」


 「ああ、なんかお母さんはあそこには近寄っちゃいけないっていうんだけどなんでなんだろうな」


 そういえば自分の母からも同じようなことを言われていた気がする。

 

 それからしばらくして団地の中がにわかに騒がしくなった。学校から友達と帰ると、三号棟の方向へ救急車が向かっていった。


 足早にそちらへ向かって行くと、三号棟から距離を取るようにA氏の住んでいる隣の棟の前に人だかりが出来ていた。


 何かしらの事件が起きたのだろう、そう思って野次馬的な気持ちが沸き起こり、A氏と友人は様子を見に行こうと人だかりの輪の中に潜り込んだ。


 ちょうどその時、警察らしい数人が青いビニールをひろげ三号棟のベランダの一部を覆うようにしている姿が見えた。


 そこから少し離れたところにA氏の母がいた。周りには警察官らしき人と話し込んでいる。何かを話し合っているのか。いや、母が一方的に話をしているようだった。何かこの騒ぎに関係してしまったのだろうか。途端にA氏は不安になった。


 少しすると警察の数人が支えていたビニールが移動を始める。それは救急車まで移動し、少しすると救急車は走っていった。


 家に帰ってから夕食の時間に母に事情を聞いた。どうやら三号棟で飛び降りがあったらしい。母は偶然その瞬間を見てしまったようだった。


 亡くなったのは、中年の女性だった。


 母とは面識がなかったが、団地の中では問題を抱えた人であるらしい、という噂が立っていたようだった。


 「江島さんだろ、変わった人だったよなあ」

 父が言った。


 「なんか、いつも外をうろうろしてたよな」


 「そうね、あなたは知らないと思うけど、ほら、ゴミ出しの場所が一緒でしょ。私なんてばったり顔を合わせちゃって。気まずかったんだから」


 「お前江島さんと話したのか?」


 父が母に尋ねる。心なしか責めるような口調になっている気がした。


 「まさか。でも流石に無視は出来ないでしょ。軽く会釈しただけよ。そしたら、私がゴミ出しする間じいっとこっちを見てて。怖かったわよ」


 「お前、変に絡まれたら大変だろ、勘違いされるようなことするんじゃないよ。無視でいいだろ無視で」

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