迷い込んだ山小屋

迷い込んだ山小屋

 怨リョウスケ

 (2022年10月 禍々話に投稿)

 

 これは私が中学生の頃に経験した話だ。


 当時私は所属しているクラブ活動のイベントで一泊二日のキャンプでとある山に来ていた。


 夏休み最後のイベントということもあって、友達とわいわいと盛り上がりながらバスで移動した。


 その山は私たちの住んでいる地域から近いところにあった。緩やかだけれど、低くもない。


 自然が豊かで普段都会に住んでいる私たちにとっては非日常的な経験ができる場所だった。


 日中は川遊びやアスレチック体験で遊び、夜はキャンプファイヤーをして、テントで眠りにつく予定になっていた。


 日中ひと通り遊んだあと、短い休憩を挟んで、私たちは夜のキャンプの準備に取り掛かった。


 キャンプファイヤーで使用する薪木は自分達で調達することになっており、薪木を集めるグループと、夕食を準備するグループに別れた。


 薪木を集めるグループになった私は森の方へ歩いていった。しばらく進むと案内板のある広場に出た。ここを集合場所として、私たちは薪木を探すために思い思いの方向へ散っていった。


 私はというと、幼い頃から好奇心が旺盛で、ちょっとした探検のつもりで一人で森の奥のほうに入っていったのだった。


 細い山道、というより獣道と呼ぶべき細い道を見つけた。周囲を見渡してみたが、まだ誰もここには来ていなさそうだ。これは面白そうだと一人で獣道を進んでいく。


 途中で森は深く鬱蒼としてきた。迷ってしまわないよう途中で引き返そうと思ったが好奇心には敵わず、結局前に進み続けることにした。


 そのまま進むと、開けたところにでた。山あいの山間部にぽっかりと芝生に囲まれた空間が広がっているのだ。日は低くなり、木々の隙間から夕日が覗いていた。その視線の先に。


 少し小高くなった先の中央に小さな小屋が建っている。どうやら随分前に建てられたものなのだろう。丸太で組み合わせて作られた小屋は苔で覆われていた。


 まるで時代から取り残されたような、そんな場所だった。


 キャンプ場の施設か?とも思ったが、距離的にはだいぶ離れていたので違うのだろう。山で作業する人たちが使用するための小屋なのかもしれない。


 先ほどの案内板にも小屋があるなど書かれていなかったので、私は自分だけの秘密基地を見つけた、そんな気持ちになっていた。


 小屋に近づくと、入り口に古い白い紙のようなものが入り口と壁に跨るように貼ってあった。茶色く変色しており、何かが書かれていたが読み取れない。


 神社のお札のようだな、と思った。


 その瞬間──強い突風が吹いた。突然のことに私は驚き目を閉じた。


 すぐに風はやみ、目を開けると。

 その札のようなものは地面に落ちていた。


 入り口は細く隙間が空いていた。

 元々建て付けが悪いのか。

 長い時を経て悪くなってしまったのか。


 それよりも、私は、どうしても小屋の中が見たくなっていた。


 引き戸に手をかけ、ゆっくりと力を入れる。


 なんなく扉は開いた。


 中を見ると、ぎょっとした。


 何かが床に散らばっている。


 写真か──


 落ちていた写真には見知らぬ人がそれぞれ一人だけ収められている。何枚あったのだろう、写真は全て額に収められている。


 丁寧に仕舞われているのにも関わらず、それは、無造作に捨てられている。そんな様な印象を受けた。


 直感的に私は恐怖を感じた。


 なんでこんな山奥に写真が?しかも額縁に納められて。


 ここには足を踏み入れてはいけない。そう思った。


 しかし、同時に。


 何故か私はその写真と、薄暗い小屋が作り出す、幻想的な景色に見惚れてしまっていた。


 早くここを立ち去らなければ。そう思えば思うほど、そこにある写真達と、小屋の薄暗さが私を引き取める。


 写真の主は皆、笑顔だった。


 何故か美しいと思ってしまった。


 ここは時が止まった場所なのだ。

 

 その時──

 

 「お前」

 急に話しかけられて心臓が止まりそうになった。


 地獄の底から聞こえるような低い声だ。


 「何をしに来た」

 小屋の薄暗い端のほうに大きな黒い山が見えたのだ。目の前の写真に気を取られて気づかなかった。


 「お前、ここがどういう場所か分かってるのか」

 男がもう一度言う。


 「ご、ごめんなさい」

 やっとの思いでそう言う。恐怖で足が竦んで動けない。


 男がゆっくりと立ち上がろうとする。大きな影だった。


 危険だ、と思い、その場を一目散に逃げ出した。足は絡れ、転びそうになるがそんなことは構ってられなかった。


 「今更遅いぞ。お前、逃げられないからな」

 背後で男の声がした。


 走りながらふと考えた。


 あの小屋、入り口は札で塞がれていたよな──

 入り口は一箇所しかなかった。

 ではあの男はずっとあそこに──?


 そもそもあの小屋はなんだったのだろう。


 あの写真に写ってる人は誰だったのだろう。

 

 ある夏の出来事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る