或る廃病院にて その1

或る廃病院にて

 怨リョウスケ

 (2023年8月 実話怪談に投稿)

 

 これは、ある若者が廃病院を訪れたときの話だ。


 都内から少し離れたところに、現在は営業を停止している病院がある。


 数十年前までは営業していたらしいのだが、その頃を知る人は殆どなく、廃業してからずっと、この場所で放置されていたのだった。


 正式な名称は◯◯総合病院というのだが、この廃病院には良からぬ噂が立ち、現在では付近の若者たちの間ではオンバ病院と呼ばれている。


 その噂というのはこういったものだった。

 

 噂その一 霊安室の男

 

 その病院の一室には霊安室があり、霊安室では出刃包丁を持った大柄の男の霊がうろついているという話だ。


 男は闇のブローカーであり、遺体を切り取っては市場に売り捌いていた。遺体を切り尽くした男は最後に自分を切り刻み、霊安室で一人絶命したという。


 それ以来霊安室では男の霊が出るようになり、その男に見つかると必ず体の一部を切り取られるということだった。

 

 噂その二 青い服の集団

 

 建物の散策をしているといつの間にか青い服を着た集団がやってきて廃墟を囲まれてしまう。

 青い服を着た集団は次第に増え、気がつくと窓という窓に隙間なく群がってくるという。


 そして、青い服を着た集団は皆、後ろに手を回し、頭を前方に傾けるという奇妙な姿勢で只々呪いをかけるのだそうだ。


 一度彼らに囲まれると外から鍵をかけられ、外に出られなくなり、やがて呪い殺されてしまうという。

 

 噂その三 ナース室の亡霊

 

 二階にあるナースステーションには営業していた頃の看護婦が今でも徘徊しているという。


 彼女は、誰も乗っていない車椅子を引き、新しい患者を探しているという。そのナースに捕まると、正気を失い、車椅子に座ったまま衰弱し、死ぬまで降りられないという。

 

***


 「なあMよ、お前やっぱりビビってるんじゃないか」


 「ふざけるなよ、俺がそんな嘘くさい怪談話信じると思うかよ。ビビってるのはIのほうじゃないのか」


 MとI、それからBを加えた三人は高校の頃の同級生だった。大学進学を機に上京し、夏休みに久しぶりに地元に帰ってきたのだった。


 三人は久しぶりの再会を迎え、遊んでいるうちに、夏の思い出に何か面白いことをしよう、と肝試しに行くことになったのだった。

 

 「うわーまじで気持ち悪いところだな」

 建物が見えてきたところでMが言った。


 敷地内は無造作に草が伸びており、人の手が入っていないことは明らかだった。その向こうに廃屋が佇んでいる。


 建物の正面が玄関になっているが、入り口は開け放たれている。というよりも、玄関のガラス戸が外されており、誰もが簡単に侵入できるような具合になっている。


 玄関から覗く建物の内部はというと。

 入り口付近こそは見えるが、すぐに暗闇が覆っており、とても中の様子は見えない。


 吸い込まれそうになるような感覚だった。それ程に暗かった。


 「玄関から普通に入れそうだよな」


 「おい、ここやばいぜ、やっぱりやめないか?」

 Bが言った。


 最初に肝試しをしよう、と提案したのはMだった。Iも乗り気であったが、このBだけは最初から嫌がっている様子だった。


 「お前ビビリすぎだよ、ちょっと中覗いて帰るぐらいなんだからいいじゃねえかよ」

 そう言うとBは黙ってしまった。


 持ってきた懐中電灯を照らしながら玄関を潜ると、中は相当荒れた状態だった。いや、病院の備品などは片付けられていたのだが、壁は剥がれ、照明は破られあちこちに黒ずんだ黴のようなものがこびりついていた。


 「にしてもきったねえなあ」


 「玄関も開けっぱなしだからな、雨が吹き込んで傷んでるんだろ」


 「足元、ガラスが落ちてるから気をつけないとな」


 「どこから見ていくよ」


 「とりあえず階段を探そうぜ。噂の二階のナースステーションか、どこかにある霊安室は見ておきたいだろ」

 そう言ってMはどんどん先に進んでいく。


 途中、診察室らしき部屋がいくつかあった。

 「中どうなってる?」


 「ああ、診察用のベッドがある。うわあ、汚ねえなあ」

 そこには、真っ黒に変色したベッドが置かれていた。


 「でもそれ以外は何もないな、うわ、蜘蛛の巣に引っかかった…気持ち悪りい」


 「ははは、お前もビビってるだろ」


 「うるせえよ、お前こそビビって部屋にも入ってこねえじゃねえか」

 軽口を叩きながらもM達は散策を続けた。


 「お、階段あったぜ、二階に続いてるぞ」


 「お、ここに案内図もあるぜ、ええと…」

 壁には辛うじて読める程度の案内図が残っていた。


 「ここを上がってすぐがナースステーションだな。あとは、入院患者用の部屋があるだけか」


 そのとき…


 パキッ


 「うわあ!」

 「ぎゃっ!」


 突然何かが鳴った音がした。


 「今聞こえたよな、二階のほうじゃなかったか?」


 「ぐ、偶然だろ。古いところなんだから傷んでるだろ」


 ドン、ドンドン…


 「お、、おい、また聞こえたぞ。何か歩いてる感じしなかったか?」


 「あ、ああ確かに。これ、ナースステーションの噂のやつじゃないか」


 二階のナースステーションでは、ナースの霊が車椅子を引き、ウロウロしているという。


 「あ、あのさあ」

 ずっと黙っていたBが話し始めた。


 「俺さ…実は親からここの病院のこと聞いたことあって。ここでさ、院長と院長の奥さんが自殺してるらしいんだよ」


 「え、まじかよ」


 「ていうかお前なんで黙ってたんだよ」


 「いや、だってさ、みんな俺のことバカにするじゃん。てか言うタイミングなかったしさあ」


 「まあいいよ、ってかほんとの話なのかよ」


 「ああ、うちの親父が若い頃ここに備品なんかを卸しててさ。医療器具っていうのかな、付き合いがあったみたいなんだよ。


 それでさ、院長先生が亡くなっちゃってから経営が傾いて、結局奥さんも亡くなって。そっからしばらくして営業を辞めちゃったんだってさ。


 院長のほうは自殺だとははっきり言ってなかったけどさ。病院の中で亡くなっているのが見つかったとき、親父はちょうど納品に来てたんだって。すげえ大騒ぎだったって言ってたよ。


 そっから奥さんのほうもさ、同じ様に院内で死んでるのが見つかったんだって。警察の現場検証とかで大変だったって話なんだよ」


 「まじかよ…でもそんな噂、全然無いじゃないか。おかしくないか」


 「それは知らないよ。どうせ今ある噂だって、廃墟になったあとに誰かが作った話だろ」


 「と、とりあえずよ。話はわかったけど、どうするよ」

 Iが言った。

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