ある山の麓の神事 その1
※本記事は小野が死の直前に執筆し、雑誌編集者にて推敲前の原稿を特別に入手したものである。
尚、本記事には推敲前であるため実際の土地名、人物名が記載されているが、可能な限りそのまま紹介する。
***
ある山の麓の神事
怨リョウスケ
(2024年某日 実録オカルト蒐集記に寄稿予定)
私の知り合いに杉本という人間がいる。
彼は全国の神社仏閣に詳しく、津々浦々を各所巡ってはその土地の神々の謂れであるとか信仰といったことをつぶさに見聞きすることを趣味とする変わった人間だった。
そんな彼がある地を訪れたときの話を紹介しよう。
その地区を仮にO地区とする。
ここは、北関東の山間に位置する比較的人口の少ない地域である。
そこに踏鳴神社という神社がある。この地域の土地神を祀る、この地区では比較的大きな神社であった。
そこでは毎年春と秋の変わり目に大きな祭りが行われていた。
祭りでは屋台が並び、神輿が大々的に行われるので地元の人々は信仰に関係なく祭りを楽しみにこの地を訪れるのだった。
杉本は一度この神社の祭りを見たいと、その地を訪れたのだった。
といっても祭りが目的ではなかった。
その祭りの中で、変わった神事が行われているという噂を聞きつけたからだ。
「あの、ちょっとお聞きしたいのですが」
祭り当日の朝、現地の神社を訪れた杉本は早速参拝している年配の客に声をかけた。
「この神社の祭りで、茅葺の家を模した小屋を燃やすっていう風習があると思うんですが、ご覧になられたことあります?」
「ああ、おんばいさんだね」
「おんばいさん、ですか?」
「ああ、あんたここの人じゃないんだね」
「はい、こういった神事に興味がありまして、いろいろなところを見てまわってまして」
「ほほ、そりゃ物好きですな」
「で、そのおんばいさん…どういったものなんですか?」
「ああ、この土地で昔から行われている風習というのかな。あんたが言うように、藁の屋根の小屋を建ててね、それを神主やら信者さんがそれを囲む。
小屋の中にはね、木でできた人形、といっても大きいよ。小柄な女性ぐらいの大きさじゃ。その人形を小屋の中に置く。
それから神社を訪れた人たちから集めたお守りやら破魔矢やら、古くなった縁起物を皆が思い思いに置くんじゃ」
「ああ、確か神奈川あたりにも縁起物を集めて燃やすみたいな風習ありましたね。似たようなものですね」
「そうなんかな。ここじゃ普通だからなぁ。どこでもやってると思っておった。
それが終わったら準備完了じゃ。小屋に火をつける。
小屋が燃えている間、神主さん、信者さん達は何かようわからん祝詞を唱え続ける。こういった風習だよ」
「なんでおんばいさんって言うんです?」
「はて、なんでじゃろかな。いつの間にか皆言うようになっとったわ」
「はっきりした由来があるわけじゃないんですね」
「名前の由来はなあ。昔はもっと地味な風習だったからな、ようわからん。
呼び名も違った、と思う。たしか…踏鳴義祭とか言ってたわ。踏むに鳴くで踏鳴義祭。
今みたいに大々的にやるなんて感じじゃなかったからな。ずっとここに住んでるわしも知らんかったぐらいだ」
「ここ最近の話なんですか?」
「いやいや、昭和の終わり頃にはもう今の形だったよ。まあだんだん神社に来る人も減ってたようだし、参拝してもらうための呼び水、みたいなもんじゃろ。
祭りだって今よりずっと地味じゃったし」
「へえー、そんなもんなんですかねえ」
「ま、わしらみたいな無信心なもんにとっては賑わってれば行ってみよう、派手なもんが見れるなら見てみよう、その程度にしか思わんからなぁ。ここが何を祀ってようがあんまり関係ないじゃろ」
「確かにそうですよねえ」
「特に最近はこの辺りも高齢化が進んでるしな。ちょっとでも人が来てくれるようなことがあればそれで嬉しいのよ」
「なるほどですね。じゃあ、この神社自体何を祀っているのかもそんなに知られてないんですか?」
「殆どの人は知らんじゃろ。普通神社の表にでも謂れとかって書いてあるもんなのにな。ま、表立っては言えない事情もあるんだがなあ。
わしだって親父から聞いたことがあるぐらいでな。他ではまともに話を聞かんでよ」
「その、よければ教えて頂けますか。踏鳴神社の成り立ちを」
老人は近くの石垣に腰掛けた。
杉本もまた横に並ぶように腰掛ける。
「ああ、知ってる範囲ならね」
老人はそう言うと神社についての歴史を語ってくれた。
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