第二十二話 何かの決定を下したように
「ナイスバッティング!」
三塁側ベンチ内から届く声を耳に入れながら、颯太はホームベースを踏む。
二対一。隹海クラブは一点を返した。
颯太は三番を務める史也とハイタッチをかわし、三塁側ベンチ内に入る。
「ナイス、颯太!」
俊介の言葉に、颯太は照れ笑いを浮かべる。
「たまたまですよ」
そして謙遜するように、言葉を返す。
「そんなことないって。やっぱり、颯太がいるのといないのでは、全然違うな。ほんとにありがとな、このクラブに来てくれて」
「大袈裟ですって」
三塁側ベンチ内がやさしい笑いに包まれる。
颯太は俊介としばらく言葉を交わした後、ヘルメットを棚に置き、ベンチに腰掛ける。
同時に、打球音が颯太の耳に届く。
「持ち直したな」
裕也が言葉を発すると、颯太は小さく頷く。
史也が飛ばした白球は高く上がり、浅いセンターフライとなった。
セカンドランナーの健二郎は一瞬だけタッチアップを試みたが、すぐにセカンドベースへ戻った。
ワンアウトランナー、二塁という状況になった。
マウンド上の正樹は味方の内野手から言葉を掛けられると小さく頷き、右手でジェスチャーを送る。
「やっぱり手強いな……」
颯太はそう呟くとバッグから水筒を取り出し、喉を潤した。
「アウト!」
一塁塁審の声が響いたと同時に、颯太は駆け足でセカンドの定位置へと赴く。
四回の表は一点どまりとなり、一点ビハインドの状況で、四回の裏の守備を迎える。
颯太は健二郎とのキャッチボールの合間に、視線をバックネット裏へと向ける。
「誰が目当てなんだろ……」
颯太の目には、スーツ姿の男性二人の姿が映る。
「プロのスカウトかな……」
颯太が無意識に言葉を漏らす。同時に、颯太のグラブにボールが吸い込まれる。
「それとも、別な……」
二人の正体を探りながら、颯太は健二郎のグラブ目がげて右腕を振った。
「四回の裏、台府銀行の攻撃は。三番、キャッチャー、豊島。キャッチャー、豊島」
アナウンスが終了し絵からすぐ、翔太は右バッターボックス内に入り、足場を作る。
「じっくりいきましょう!」
颯太はマウンドに立つ、裕也に言葉を掛ける。
裕也は颯太へ視線を向けると、帽子のつばを右手の親指と人差し指でつまみ、小さく頷く。右手をロージンバッグへ置くと一つ息をつき、右バッターボックス内に立つ、翔太と
颯太はグラブの捕球面を右手の握り拳で軽く二回叩くと体勢を低くし、打球に備える。
マウンド上の裕也は俊介のサインに二度首を振り、三度目で頷く。
数秒間静止した後、左足を動かし、モーションへと入る。
この瞬間、颯太の頭の中にある映像が流れる。
「一球目は見送る……」
裕也がボールを放ったと同時に颯太は呟き、視線を翔太へ向ける。
翔太はスイングせず、ボールを見送った。
球審の右手は上がらなかった。
初球はボール球となり、俊介は裕也へ返球する。
裕也のグラブへボールが収まると同時に、颯太は視線を電光掲示板へ向ける。
「映像の通り、初球は見送った。でも、なんで突然、映像が……」
自身にそのような能力などはない。そのようなことを心で呟くと、裕也は俊介のサインに頷く。
裕也が左足を動かす。
しかし今度は、颯太の頭の中で映像は流れなかった。
何故……。
颯太が心で呟くと、翔太はバットを振り抜いた。
カァン。
打球音と同時に、颯太は三塁線へ飛ぶ白球を目で追う。やがて足が動くが、すぐに止まる。
白球がスタンドの座席を叩く音を聞き、颯太はセカンドの定位置へと戻る。
二球目はファールとなり、裕也は球審からボールを受け取る。
裕也のグラブへボールが収まると、颯太の視線はバックネット裏のスタンド席へと向く。
あの二人はじっとグラウンドを見つめている。
目当ての選手が誰なのか。それは颯太には分からない。だが、あの二人の視線はセカンド方向へと向いていた。
そんなことあるはずがない。
颯太は心で呟くと、邪念を振り払うように小さく数回、首を横へと振る。そして再び体制を低くし、打球に備える。
マウンド上の裕也は俊介のサインに頷く。数秒間静止すると、左足をゆっくりと動かし、モーションへ移る。
次の瞬間、颯太の背中に何かが走る。
痛みという怪我に繋がるものではない。
裕也が投じたボールは真っすぐの軌道で翔太の膝元付近を突く。
見送れば、ギリギリストライクかというボールを、翔太は上手く捉える。
カァン。
打球音が響いた瞬間、颯太はファーストベース方向へ走る。
白球は強烈な勢いで一、二塁間を真っ二つにするかのようにグラウンドの土の上を転がる。
颯太は歯を食いしばりながら打球を追う。
捕る……!
颯太が心で言葉を発すると、バウンドに変化が加わる。
ボールはイレギュラーし、高く跳ね上がる。
その瞬間、颯太は一か八か左腕を伸ばし、飛びつく。
すると、スタンドが僅かに沸き立つ。
うつ伏せのような状態になった颯太のグラブには、白球が収まっていた。
颯太はグラブに白球が収まっていることを確認すると素早く起き上がる。そして、右腕を振り、ファーストの健一へ送球する。
颯太のユニフォームはすっかり、土に覆われていた。
健一のグラブにボールが収まると、一塁塁審の声がグラウンドに響く。
「アウト!」
一塁塁審の右手に作った握り拳が上空に向けて上がったと同時に、スタンドから歓声と拍手が沸き起こる。
「ナイス! 颯太!」
健一の言葉に颯太は照れ笑いを浮かべながら小さく頷く。
裕也は健一からボールを受けると、颯太へグラブを突き出す。
颯太は控えめにグラブを裕也へ突き出す。そして、視線をバックネット裏へと向ける。
颯太の視線先では、二人の男性が互いに顔を見合わせ、何かの決定を下したように小さく頷いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます