第二十話 バッティングフォーム改良
「台銀が上がってきたな。しかし、まさか延長戦までもつれるとはな」
翌日の練習開始前、颯太は健二郎の言葉に頷く。
「ええ。どっちが勝ってもおかしくない試合でした。二回戦はより厳しい戦いになりますよ」
「そうだな。向こうは間をそこまで空けずに試合に臨む。勢いにのまれないようにしないとな」
「そうですね」
二人は運んできたバッティングケージを設置すると、視線を裕也の後ろ姿へと移す。
「裕也がどこまで踏ん張れるか。俺達がどれだけ援護できるか……」
颯太と健二郎の視線の先で裕也は、健一の言葉に笑顔で頷いていた。
「いいぞ!」
ノックを受け、難しいバウンドをさばいた颯太は勇斗の言葉に頭を下げる。
「もう一球、いくぞ!」
「お願いします!」
今度は強い打球がショート位置で構える颯太を襲う。颯太は難なくグラブへ収めると、素早くファーストの健一へ送球する。
ボールは健一が構えたグラブへときれいに吸い込まれる。
「よし、交代!」
「ありがとうございました!」
颯太は帽子を取り、頭を下げる。そして、小走りで一塁側ベンチ内に赴いた。
午後一時三十七分。
「ありがとうございました!」
練習が終了し、各々が帰宅の準備を進める。
颯太は一塁側ベンチ内で水筒を傾けながら、マウンドを見つめる。
「フリーバッティングで、いい当たりを飛ばすことができた。仕上がりはバッチリ。あとは、試合の雰囲気にのまれないようにだけ……」
颯太の頭の中では台府銀行で背番号十八番を背負う、正樹の一回戦でのピッチング映像が流れる。
「球が速く、コントロールがいい。際どいコースを突いて、三振を奪ってくるかもしれないな」
颯太はキャップを閉めた水筒をバッグへしまう。それからすぐ、正樹と相対したことを想定し、バットを持たず構える。
スイングした颯太は唸るように息をつく。
自身に納得がいかなかったのだ。
「ノーステップのほうがいいのかな」
視線をホームベースへ向け、颯太はノーステップでスイングする。
それからすぐ、首を傾げる。
「どっちがいいのかな」
再び唸るように息をついた颯太はバッグを左手に持つ。
「帰ったら考えよう」
そう呟くと颯太は一塁側ベンチを出る。そしてグラウンドへ一礼し、マンションへと向かった。
午後四時一分。
颯太は洗面所の鏡の前でバッティングフォームを確認する。
時折首を傾げては、バッティングフォームを見直す。
鏡の前に立ってから十分後。
「これでいこう……!」
颯太は口元を緩め、小さく頷く。
颯太が選んだバッティングフォームとは……。
そして迎えた、五月十九日、午前十時三分。
「一回の表、隹海クラブの攻撃は。一番、セカンド、京極。セカンド、京極。背番号、二十三」
颯太はゆっくりと右バッターボックス内へ入り、足場を作る。そして、この試合のために固めたバッティングフォームで初球を待つ。
「バットを短く持つなんて、初めてだな」
そう呟くように颯太が口を動かすと、マウンド上の正樹は翔太が出したサインに頷いた。
正樹が静止すると、颯太はバットを強く握り締める。
数秒後、正樹はモーションへ移る。彼の左足が上がると同時に、スタンドから颯太へ声援が送られる。
しかし、颯太はバッティングに集中しているため、声援が聞こえない。
正樹が右腕を振ると、白球が颯太の目に映る。
真っすぐか、変化球か。
颯太は頭の中で球種を探る。
やがて、ボールはホームベース手前まで近づく。颯太はその瞬間、後ずさりするようにホームベースから離れる。
「ボール」
球審のコールが耳に届くと、颯太は翔太のキャッチャーミットを見つめる。
初球は颯太の膝元への直球だった。
グラブが正樹のグラブへ収まると、颯太は右バッターボックス内、ホームベース寄りに立つ。
「一球目が内側の真っすぐか。二球目は外の変化球かな……」
颯太は二球目のコースと球種を予想すると構え、正樹を見つめる。
正樹は翔太のサインに一度で頷き、数秒間静止した後、左足を動かす。
次の瞬間、颯太の耳に声援が届く。
聞き覚えのある声に思わず振り向きそうになったが、その気持ちを抑え、正樹の動きを注視する。
正樹が右腕を振り、白球が徐々にはっきりと颯太の目に映る。
ボールがホームベース五メートルほど前まで近づくと、颯太は僅かに口元を緩める。
予想通りのコースと球種だった。
颯太は迷うことなく、スイングする。
カァン。
颯太の木製バットが白球を捉える。
打球は一塁線へ飛ぶ。やがて、スタンドの座席を叩く音が試合会場である、
「泳がせるバッティングをさせるつもりだったんだろうけど、そう簡単にはいかないぞ……」
一塁側スタンドを見つめながら呟いた颯太は視線を正樹に向ける。
台府銀行の背番号十八番はロージンバッグに手を置く。そして帽子を被り直すと、視線を颯太へ向ける。
二人の目には、警戒心のようなものが窺えた。
「ボール」
三球目は左バッターボックス寄りでバウンドした変化球が翔太のキャッチャーミットへ収まる。
ツーボールワンストライクというバッター有利のカウントになった。
ボールが正樹のグラブへ収まったと同時に、颯太は一度右バッターボックスから出て、一つ素振りをする。
「二球目、三球目とフォークボール。多分、三球続けてはこないな。くるとしたら……」
颯太はコースと球種を絞り、右バッターボックス内に戻り、構える。
一瞬だけスタンドが静まり返ると、正樹はモーションへ入る。そして、正樹の左足が上がると同時に、颯太はコースと球種を絞った。
「ストレートかな……」
颯太は囁くような声を発すると同時にスイングし、白球を叩く。
カァン。
打球音からすぐ、スタンドから歓声のようなものが起こる。
颯太はバットを右バッターボックス内へ置き、打球を目で追いながらファーストベースに向かって走り出す。
センターを守る選手が打球を追う。
越えろ!
颯太は心で叫びながら、ファーストベース五メートル手前まで走る。
センターを守る選手はフェンスの手前で立ち止まると左腕を伸ばし、ジャンプする。
少しの沈黙の後、スタンドから歓声が起こる。
「ファインプレー……!」
颯太はファーストベースを踏んだところで足を止め、そう呟く。
視線の先ではグラブを高く掲げ、センターの選手が二塁塁審に捕球したことをアピールしていた。
グラブにボールが収まっていることを確認した二塁塁審は右手に作った握り拳を高く突き上げる。
「アウト!」
次の瞬間、スタンドから拍手が沸き起こる。颯太は拍手と歓声を耳に入れながら三塁側ベンチ内へ戻り、ヘルメットを棚へ置く。
それからすぐ、颯太は視線をセンターへ向ける。
「そう簡単にはヒットにはさせてくれないか……」
僅かに口元を緩めると、手を叩きながら右バッターボックス内へ向かう健二郎へ言葉を贈った。
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