第十九話 二回戦の相手
「完璧な当たりだったな」
颯太が言葉を漏らしてすぐ、隆がホームベースを踏む。
隆のソロホームランで、試合の均衡が破れた。
三塁側ベンチ内へ入った隆を利堂クラブの選手が手荒い祝福で出迎える。
隆は選手とハイタッチを交わすとベンチへ腰掛け、後続のバッターに声援を送る。
四番バッターの
戦況を見つめる颯太の頭の中では、利堂クラブが勝ち上がってくることを想定した試合展開が流れる。
「得点圏にランナーを置いた状態で回ってきたら……」
その言葉からすぐ、颯太の頭の中で隆は長打を放つ。
視線の先では、直人が鋭い当たりを一塁線へ飛ばす。打球は僅かに切れ、ファールとなった。
ボールボーイがボールをグラブで収めたと同時に、颯太は言葉を繋ぐ。
「危険だな」
七回の表は隆のソロホームランによる一点のみで、利堂クラブの攻撃が終了した。
七回の裏の守備に就く、利堂クラブのナインが次々とベンチから姿を現す。ホームランを放った隆は、翔太と言葉を交わしながらベンチを出る。
何かの確認をするように、翔太がキャッチャーミットでマウンドを指す。隆はマウンドへ視線を向け、頷く。
それからすぐ、アナウンスが流れる。
「利堂クラブ、ピッチャーの交代をお知らせいたします。
アナウンスから数秒後、三塁側ベンチから利堂クラブの左腕、
マウンド上では、翔太が幸一を待つ。
「どんなピッチャーなのかな」
颯太はマウンドに到着し、翔太と言葉を交わす幸一を見つめる。
幸一が小さく頷くと、翔太はキャッチャースボックスへ小走りで向かう。
幸一はマウンドをよくならし、ロージンバッグへ左手を置く。帽子のつばを親指と人差し指でつまむと、両肩を小さく上げ下げし、翔太のキャッチャーミットへ視線を集中させる。
そして一つ頷くと、ボールの握りを翔太へ示し、モーションへ移る。
彼のモーションを見て、颯太は呟く。
「サイドスローか」
颯太の言葉からすぐ、ボールが翔太のキャッチャーミットを叩く。
幸一はリリースポイントがバッターからやや見えにくい独特なフォームから左腕を振るフォームだった。颯太は自身が右バッターボックスへ立ち、幸一と相対した場面を想像する。
「俺、右打ちだけど、それでも厄介だよな。リリースポイントが見えにくいから」
その後、数球を投げ込んだ後に七回の裏の開始を告げるアナウンスが流れる。颯太は視線を幸一から動かすことなく、初球を待つ。
「厄介なサウスポーだな」
颯太が苦笑いを浮かべると、幸一はマウンド上で翔太のサインに頷いた。
「アウト!」
一塁塁審のコールで、守りを終えた台府銀行のナインが一塁側ベンチ内へ戻る。
九回の表が終了し、一対〇のまま九回の裏に突入する。
互いにチャンスを作ったが得点とはならず、七回の裏から再び、両チームとも無得点のイニングが続いた。
まさに、投手戦だった。
「利堂クラブ、ピッチャーの交代をお知らせいたします。
アナウンスからすぐ、三塁側ベンチから利堂クラブの右腕、
智樹がマウンドへ立ったと同時に、颯太は背中に何かが走る感覚を覚える。
何かの前触れだろうか。そのようなことをふと思いながら、ピッチング練習で右腕を振る智樹を見つめる。
「どっちが勝つかな……」
颯太はそう呟くと、立ち上がる。
「どっちが勝ち上がっても手強いということが改めて分かった。それが、一番の収穫だ。俺達は二回戦の相手と真剣勝負を繰り広げるだけだ」
そう続け、颯太はそのまま岩浜野球場を出た。
午後一時四十七分。
颯太は隹海駅の改札機を通過し、駅舎を出る。
「どっちが勝ったかな」
上空へ視線を移すと、小さな雲が青空の下を泳いでいる。颯太は雲を何かに見立て、呟く。
「俺達はどこまで進むことができるのかな。もし……」
颯太の頭の中に出てきたのは、とあるフレーズだった。そのフレーズを心で発すると、目を閉じる。やがて口元が緩み、やさしい風が颯太の肌を撫でる。
「まあ、俺にそんな話がくるはずもないか……」
目を開けると、自身をあざ笑うような笑みを浮かべる。
「あの中にいたら、俺だけ浮いちゃうよ」
颯太は表情を崩すことなく視線を正面へ戻すと、マンションへ歩を進めた。
午後四時三十七分。
買い物を済ませた颯太は冷蔵庫へ食材を詰める。
「買いすぎたかな」
冷蔵庫内はぎゅうぎゅうになりそうな状態だった。
颯太は一度冷蔵庫内を整理し、袋に残った食材を詰める。
「よし……と」
颯太は冷蔵庫の扉を閉め、寝室へ入る。それからすぐ、机上に置いた携帯電話を右手に取り、画面を開く。
「どうなったかな……」
台府銀行と利堂クラブの試合結果を検索する。
結果が表示された瞬間、颯太はにやりと口元を緩める。
「そう簡単には負けないか」
試合は延長十一回までもつれ、台府銀行が二対一でサヨナラ勝利を収めた。
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