第五十三話 獲物を狙う何かの動物のように
カァン。
颯太の木製バットが捉えた白球は強烈なゴロを伴い、三塁線に転がる。
サードを守る選手が横っ飛びで捕球を試みる。
それからすぐ、微かな歓声が関東ドームの内外野スタンドから起こる。
颯太の視線の先では、サードを守る選手が白球を捕球し、素早く立ち上がる。それからほとんど間を挟むことなく、サードを守る選手はグラブに収まった白球を右手に掴む。
その姿を見た颯太は視線をファーストベース方向に向けると歯を食いしばり、加速する。
そして、颯太がファーストベース三メートル手前まで迫ると、ある音が起こる。
その音を聞き、颯太は悔しげな表情で目の前の光景を見つめる。
そこには、ファーストを守る選手が白球を右手で掴む姿があった。
白球がマウンド上のピッチャーに渡ると、颯太はサード方向を向き、囁くような声を発する。
「ナイスプレー……」
颯太の言葉にこたえるかのように、サードを守る選手は軽く頭を下げ、ポジションに戻った。
一塁側ベンチ内に戻った颯太は、守備用手袋を左手に着け、戦況を見守る。
その表情は第二打席でのリベンジに燃えているようだった。
「サード方向に打たせるような配球だったな……センター方向に打たせてくれない。俺のバッティングをさせてくれなかった……」
颯太が悔しさが滲んだ声を発すると、
それからすぐに打球音が起こる。
白球はふわふわと舞い上がり、やがてセカンドを守る選手のグラブに収まる。
腕を組みながら戦況を見つめる淳伍は唸るように息をつくと、低い声を発する。
「さすがだな。簡単に打たせて取ってくる。二点奪えたらいいほうだな」
渉達コーチ陣は、淳伍の言葉に共感するように頷く。
淳伍の声を聞いた颯太はマウンドに立つ順二郎を見つめながら腕を組み、自身の第一打席を振り返る。
順二郎は初球、左バッターバックス寄り、やや低めに真っすぐを投じた。
颯太はスイングすることなく、白球がキャッチャーミットに収まる音に続いて、球審の「ストライク!」のコールを聞いた。
二球目も待ってみようか、と思った颯太は球種とコースを絞らず、マウンド方向を見つめる。
それから十数秒後に、順二郎は二球目を投じた。
今度は、右バッターボックス寄り、低めの真っすぐだった。
「ボール」
球審のコールを聞き、颯太はホームベース付近から一度離れると順二郎に視線を向け、ヘルメットを被り直す。
次は何を投じてくる。
颯太は心でそう呟き、木製バットのグリップを握り直すと再び、右バッターボックス内のホームベース付近に立つ。
そして三球目、持ち球の変化球が分からなかったため、颯太は真っすぐのタイミングで白球を待った。
そこに、順二郎は颯太の胸元に食い込むような軌道の変化球を投じた。
颯太は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、木製バットのヘッド部分で白球を捉え、そのままスイングした。
颯太が第一打席を振り返り終わってからしばらくして、マウンド上の順二郎はグラブに収まった白球をファーストを守る選手に送球する。
ファーストミットに白球が収まり、一塁塁審が「アウト!」とコールすると、高宮製鉄所のナインは駆け足で三塁側ベンチに赴く。
その背中を眺めながら颯太はゆっくりと腰を上げる。
「第二打席では絶対に、ヒットを打つ……!」
そして、自身に言い聞かせるように小声を発するとグラブを左手に着け、駆け足でセカンドの定位置に就いた。
二回の表、颯太は五番を務める左バッターが放った一、二塁間深くへの打球に飛びつき、捕球する。そして、すぐに起き上がるとファーストの守備に就いている、良和に送球する。
白球は吸い込まれるように良和のファーストミットに収まる。
そして、一塁塁審の「アウト!」のコールからすぐ、関東ドーム内のスタンドのどこからか、口笛のようなものが鳴り響く。
白球を捕球した良和が笑顔でファーストミットを颯太に突き出す。
颯太は笑みを浮かべると良和に会釈をするように頭を下げ、セカンドの定位置に戻る。
それからすぐ、颯太が視線を三塁側ベンチ内に向けると、紙コップを傾け、喉を潤す順二郎の姿が目に飛び込む。
颯太は順二郎を姿を眺め、第二打席でのイメージを膨らませる。
この段階で分かっている順二郎の球種は、真っすぐと右バッターボックス寄りに曲がる変化球のみ。
他にどのような変化球を持ち合わせているのだろうか、と考えながら颯太は順二郎に視線を集中させる。
すると、後続のバッターに集中しろというように、関東ドーム内にアナウンスが流れる。
アナウンスが流れ終わる前に、颯太は我に返ったようにバッターボックス方向に視線を戻す。
そして先発ピッチャーを務める拓郎を鼓舞するように大きな声を出すと体勢を低くし、打球に備えた。
カァン。
四回の裏、ある選手が轟かせた打球音からすぐ、関東ドーム内が歓声と拍手に包まれる。
台府銀行の背番号二十三のユニフォームに身を包んだ野球青年は白球を目で追いながらファーストベースを蹴る。
まるで、獲物を狙う何かの動物のように、颯太の背中はファーストを守る選手からあっという間に遠ざかっていった。
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