第十五話 颯太が予想する試合展開
午後五時五十七分。颯太はボールペンを机上へ置くと、天井を見つめる。
「なんとか、十枚目まで書き終えた」
「やっと十枚」なのか、「まだ十枚」なのか。颯太自身にも分からない。しかし、十枚書き終えたことに変わりはない。
視線を時計へ移すと、午後五時五十九分。就業時間まで残り一分となった。
「今日はここまでだな。続きは明日。プレゼンは十六日。まだ余裕がある。でも、明日で完成させるくらいの気持ちで」
颯太は自身にそう言い聞かせ小さく頷くと、立案書を封筒へ。
「明日は何枚書けるかな……」
颯太はそう呟くと封筒を鞄へしまい、ゆっくりと腰を上げる。
「手に取ってもらえるスパイク……」
颯太はそう続けると幸仁達に挨拶をし、エレベーターホールへ歩を進めた。
午後六時三十分過ぎ。
颯太は帰宅し、机の脇に鞄を置くと、椅子に腰掛ける。
「あと五枚は必要だよな……」
颯太は呟くと、腕を組む。
最低でも、あと五枚。颯太が考える資料の枚数だ。
「持ち時間は
颯太は視線を机の脇に置いた鞄に向ける。一瞬だけ、右手が鞄へ伸びそうになったか、すぐに下ろす。
「まあ、大丈夫か……構成は頭の中で出来上がってるし。あと二、三日あれば……」
颯太は気持ちを抑えるように言葉を発すると腰を上げ、寝室を出てキッチンへ。
「今日はうどんでも作ろうかな」
颯太は冷蔵庫から材料を取り出す。冷蔵庫の扉を閉めると、キッチン上部に設置された棚の戸を開ける。
「鍋、鍋……と……」
棚から取り出した鍋に水を入れ火にかけると、うどんの器へ調味料とめんつゆを入れる。
「よし……! 次は」
颯太はまな板の上へ野菜を置くと、慣れた手つきで刻み始める。
一人暮らしを始めた当初は自炊が苦手だった颯太だが、日を重ねていくうちに、料理作りが徐々に好きになっていった。
そしてこの時、料理作りが趣味の一つになろうとしていた。
「もっとレパートリーを増やしたいな。今度、レシピ本でも買ってこようかな」
颯太の表情には笑みが。
高校卒業までこれといった趣味がなかった颯太だが、一人暮らしの中で趣味のようなものを見つけた。それが、颯太の生活に彩を加えている。
「お……」
颯太が鍋へ視線を向けると、お湯が沸騰していた。颯太は野菜を刻む手を止めると火を弱め、冷凍うどんを鍋へ入れる。そして再び、野菜を刻む。
数分後、颯太は鍋の火を止める。そして、お湯と茹でたうどんを器へ移し、刻んだ
これで完成だが、颯太は彩を加えるためにもう一つ手を加えたくなった。
「他に何かなかったかな……」
颯太は冷蔵庫の扉を開け、材料になりそうなものを探す。すると、パックに入った温泉卵が目に映る。
颯太の右手は自然と温泉卵へ伸びていた。扉をゆっくりと閉めると殻を割り、うどんの上へトッピングする。
「おお。いい感じ」
颯太の口元が緩む。
「完成!」
颯太は笑顔で頷くと器と箸を持ち、ダイニングテーブルの椅子へ腰掛ける。
「見た目は美味しそうだけど、問題は味だな」
苦笑いに近い表情を浮かべると、手を合わせる。
「いただきます」
颯太は箸を右手に、器を左手に持ち、麺を啜る。
お味は。
「うまっ!」
自画自賛の出来だった。
「ごちそうさまでした」
うどんを完食した颯太はテレビを点ける。画面にはプロ野球中継の映像が。
マウンドに立っていたのは―。
「
颯太が検索し、開いた動画の中でマウンドに立っていたピッチャーでもある。
颯太は食い入るように画面を見つめる。
画面の中では、暁人がキャッチャーのサインに頷き、静止。数秒後、ゆったりとしたモーションの後、右手指先からボールをリリースする。
次の瞬間、颯太は背中に何かが走る感覚を覚える。
それからすぐ、実況を務めるアナウンサーの声が響く。
「空振りー! この試合最速の百五十四キロのストレートで四番の
颯太は三塁側ベンチへゆっくりと歩を進める暁人を見つめ、唸るように息をつく。
「なんだ、あのストレート……球速表示以上に早く見えたぞ……」
颯太が先日、閲覧した動画以上に。
暁人はプロの世界へ入り、更なる成長を遂げていたのだ。
コマーシャルに入り、颯太は器と箸を洗うためにキッチンへ。背後から届くテレビの音を耳に入れながら器と箸を洗う。
「松本さんからホームランを打った選手はまだ利堂クラブにいるらしいからな……十二日、どっちが勝ち上がるか」
台府銀行と利堂クラブの試合は五月十二日の午前十時に試合開始。試合会場は岩浜野球場だ。
隹海クラブはその日、九時から十一時まで練習となっている。
「練習が終わったら行ってみるか」
颯太はそう呟くと水を止め、タオルで器と箸の水気を拭き取る。それからすぐ、野球中継の映像へ切り替わる。
「どんな試合になるかな」
颯太が器を棚へしまったと同時に、五回の表の開始を告げる場内アナウンスが流れる。
颯太はキッチンから戦況を見つめる。
数分後――。
「
颯太はアナウンサーの声を聞き、閉めた棚の戸へ視線を向ける。
「もしかしたら」
颯太が呟くと、再びアナウンサーの声が響く。
「空振り三振!」
それからすぐ、再び颯太の口が開く。
「投手戦になるかもな」
そしてキッチンを出ると映像を背に一度、寝室へ赴く。机上に置かれた携帯電話を右手に掴み寝室を出ると、再びダイニングの椅子へ腰掛ける。
そして――。
「昼前の電車だと……」
携帯電話の画面を点灯させ、岩浜野球場までのルートを調べた。
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