第六話 「予想通り」

「アウト!」



 隹海クラブは三者凡退で一回の守りを終えた。颯太は小走りで三塁側ベンチ内へ。グラブをベンチへ置き、ペットボトルを傾ける。


 

「ふぅ……」



 一つ息をつき、ペットボトルのキャップを閉めると、ボールがキャッチャーミットを叩く音が颯太の耳に届く。


 ペットボトルをバッグへしまうと、マウンドに立つ翔吾のグラブへボールが収まる。


 翔吾はボールを握り、球種を示すとモーションへ移る。そして、再びボールがキャッチャーミットを叩く。



「真っすぐに左右への横の変化、そして……」



 颯太の言葉からすぐ、ボールは翔吾のグラブへ収まる。そして再び球種を示し、モーションに入る。



「下への変化」



 続く颯太の言葉からすぐ、ボールはホームベースを叩いた後、キャッチャーミットに収まる。


 

「左右を意識させて下の変化っていう攻め方もあるかもしれないな……」



 颯太は囁くような声を発すると、静かに息をつく。



 初球は右バッターボックス寄りのボールか、左バッターボックス寄りのボールか。そして、球種は。


 あれこれ考えながら、颯太はバッティンググローブを着ける。そして、木製バットを右手で取り、ベンチを出る。


 翔吾がピッチング練習を終えると、颯太はゆっくりと右バッターボックスへ歩を進める。



「一回の裏、隹海クラブの攻撃は、一番、セカンド、京極。セカンド、京極。背番号、二十三」

 


 アナウンス終了と同時に、右バッターボックス内に左足から入る。


 ヘルメットのつばを親指と人差し指でつまみ、足場を作る。木製バットの先端でホームベースを軽く叩くと、構える。視線の先には、マウンドに立つ翔吾の姿が映る。


 独特な雰囲気が漂う翔吾の姿に、颯太は思わず圧倒されそうになった。しかし、雰囲気に飲まれまいと、眼光をやや鋭くし、視線を翔吾向ける。


 一瞬颯太と目が合うと、翔吾はキャッチャーとサインを交わす。


 颯太は目前を見据える。



 サインが決まり、翔吾は静止。そして、モーションへ移る。


 颯太はグリップを強く握り締める。



 一球目は。



「ボール」



 颯太から逃げていく軌道の変化球だった。


 ボールが翔吾のグラブへ収まると、颯太はホームベースを見つめる。



「一球目は外。二球目は……」



 そう呟くように口を動かすと構え、翔吾を見つめる。


 翔吾は一度サインに首を横へ振る。二度目で首を縦に振ると、静止。そして、モーションに移る。


 純平の意識は右バッターボックス寄りのボールに向く。


 

 翔吾の左足が上がり、右手指先からボールが放たれる。


 

 二球目は。



「やっぱり……」

 


 キャッチャーと球審の届かない声量で呟くと、ボールがキャッチャーミットに収まる。



「ストライク!」



 右バッターボックス寄りのコースだった。



 颯太がマウンド方向へ視線を向けると、キャッチャーを見つめ、小さく頷く翔吾の姿が映る。


 

「さあ、次は……」



 颯太は翔吾を見つめながら小声で言葉を発し、三球目のコースを探る。



「内か外か……」



 そう言葉を続けると、右バッターボックス内の外側のライン手前まで下がり、ヘルメットを被り直す。


 そしてホームベース付近の位置まで戻ると、マウンド方向に視線を向ける。



 翔吾はキャッチャーのサインに三度首を振り、四度目で頷き、静止。


 翔吾が振りかぶると、颯太はグリップを強く握り締める。



 颯太はコースを絞れないまま、ボールを待つ。

 

 翔吾の左足が上がる。そして、右手指先からボールが放たれる。


 次の瞬間、颯太は再び右バッターボックス内の外側のライン手前まで下がる。それからすぐ、球審のコールが聞こえた。



「ボール」



 右バッターボックス寄りの高めの真っすぐだった。


 

 キャッチャーがボールを翔吾へ返球する。ボールがグラブに収まる音を聞き、颯太は数秒前まで立っていた位置に戻る。


 

「外、内、内……次は…」



 呟くように口を動かした颯太の頭の中には一つのコースが浮かぶ。


「もしかしたら……」と言うように木製バットを見つめる。そして、構えに入る。


 颯太の頭の中に浮かんだコースは……。



 翔吾は再び三度首を振り、四度目で頷く。それから静止し、モーションに入る。


 同時に、颯太の意識は頭の中にあったコースへ。グリップを強く握り締めると同時に、翔吾の左足が上がる。


 そして、ボールが放たれた。



「予想通り」



 そう口を動かした颯太は迷うことなく、スイングする。


 一球目と同じ、颯太から逃げていくようなボールだった。



 カァン。



 木製バットがボールを捉える。白球はライナーでレフト方向に飛んだ。


 颯太は右バッターボックス内にバットを置き、ファーストベースに走る。


「抜けろ!」と颯太は心で念じながら走る。気付くと、颯太の足はファーストベース三メートル手前まで進んでいた。


 その足取りはやがてゆっくりとなる。そして、セカンドベースへ向かおうとしたところで足を止める。



「ファインプレー」



 笑顔に近い表情を浮かべながら、颯太は悔しそうな声を漏らす。視線の先には、うつ伏せのような体勢になるショートを守る岩浜クラブの選手の姿があった。


 スタンドからは拍手が沸き起こる。その中を颯太は三塁側ベンチへ向かって走る。颯太がネクストバッターズサークルを通り過ぎる直前、二番バッターの健二郎が彼に言う。



「打ち崩せるぞ、中山さんを」



 颯太はネクストバッターズサークルを少し通り過ぎた場所で立ち止まり、振り向く。


 その表情には笑みがあった。



「ええ。間違いなく……!」

 


 颯太の言葉に口元を緩めた健二郎は右バッターボックスに向け、歩みを進める。


 ツーストライクから三球ファールで粘ると、左バッターボックス寄りの低めのボールをセンターへ弾き返し、出塁した。


 颯太ベンチ内で手を叩き、出塁した健二郎へ「ナイスバッティング!」と、左バッターボックスへ向かう史也へ「頼みますよ!」と笑顔で言葉を掛ける。


 その笑顔は純粋な野球小僧、そのものだった。

 

 


 

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