第七話 颯太自身初の
一回の裏が終了。二対〇。隹海クラブは二点を奪い、二回を迎える。
颯太はベンチでグラブを左手に着け、ベンチを出る。
そして、セカンドの定位置に就くと、一塁側から視線を感じた。
視線を左に移すと、一人の選手と遠目から目が合う。
「良い当たりだったけど、ファインプレーに阻まれた。次の打席では絶対に内野の間を抜く打球を飛ばす……!」
颯太はそう言葉を発するとグラブを構え、健二郎からのボールを受ける。ファーストの健一へ送球すると、再びボールを受け、健二郎へ。ボールが健二郎のグラブへ収まると、颯太はこう続ける。
「そして、勝つ……!」
ボールが裕也のグラブに収まると、二回の表開始のアナウンスが流れた。
「アウト!」
二回の表裏、三回の表は無得点で終了。ベンチへ戻った颯太は三回の裏で回ってくる打席に備え、バッティンググローブを着ける。
「俺が先頭バッター。二点差でリードしてるけど、まだ序盤。油断はできない。なんとか、追加点を奪わないと……」
バットを右手で取るとベンチを出て、ネクストバッターズサークルへ。そして、
初球は何で入ってくるか。心で呟くと同時に、ボールがキャッチャーミットを叩いた。
「三回の裏、隹海クラブの攻撃は。一番、セカンド、京極。セカンド、京極」
アナウンスが終了すると、颯太は右バッターボックス内へ入り、足場を作る。気合を入れるように静かに息をつくと構え、マウンドに立つ、翔吾へ視線を向ける。
翔吾はキャッチャーのサインに一回で頷くと、静止。そして、モーションに入る。
颯太は翔吾のモーションに目を凝らす。
「初球は……」
颯太が呟いてからすぐ、翔吾の左足が上がる。そして、ボールが放たれる。
「ストライク!」
左バッターボックス寄りのボールはストライクとなり、キャッチャーが翔吾へ返球する。
「この打席も外から。でも、球種はストレート。もう一球続けてくるかな……」
キャッチャーと球審に届かない声量で呟くと構え、翔吾へ視線を向ける。
颯太はコースを絞った。
「甘めに入ってきたら……」
そう続けると、翔吾はキャッチャーのサインに頷き、静止。そして、モーションに入る。
左足が上がり、やがてボールが放たれる。
颯太は眼光をやや鋭くすると、左足を僅かに浮かせる。そして、スイング。
カァン。
バットが右バッターボックス寄り、低めのボールを捉える。打球はライナーで三塁線へ。
颯太はファーストへ走らず、右バッターボックス内で打球の行方を目で追う。
「二球目は外から内へ曲がるボール……レフト方向へ打たせてアウトに仕留めようとしたか……」
颯太が言葉を漏らすと、ボールはファールゾーンのフェンスに直撃し、転がる。岩浜クラブのレフトを守る選手がボールボーイへ送球する。
颯太はボールボーイが捕球すると同時に、構える。
「あっという間にツーストライク。三球勝負でくるか、一球、様子を見てくるか」
颯太がそう呟くように口を動かすと、翔吾はキャッチャーのサインに頷き、静止。
そして、投球動作に入る。
翔吾の左足が上がる。すると、颯太の頭の中に映像が流れる。自身がバッターボックスに入っている映像だった。
その映像の中で、颯太は……。
「ボール」
球審のコールと同時に、映像が終了する。颯太は一度、ヘルメットを取る。
「映像の中でも、膝元へ曲がるボールだった。どうして、あの映像が……」
首を僅かに傾げる颯太。それからすぐ、ボールが翔吾のグラブへ収まる。同時に、颯太の頭の中で新たに流れ始めた映像が途切れる。
颯太は気を取り戻したようにホームベースを見つめる。
「ま、いいか。気のせいだ。とにかく、出塁しないと……」
一瞬だけ三塁側ベンチへ視線を向けた颯太は足場を作り直し、構える。
「さあ、次は……」
そして、四球目のボールを待つ。
翔吾は二度首を振り、三度目で頷き、静止。
「何でくる……」
颯太がそう口を動かすと、翔吾は左足をゆっくりとプレート後方に下げる。
左足が上がり、やがてボールが放たれる。
すると、颯太の体は何かに操られるようにボールに反応する。そして、スイングを始めた。
カァン。
バットはホームベース中央、低めのボールを捉えた。打球は再びライナー性の当たりで三塁線へ。しかし、これもファールとなった。
ボールボーイがレフトの選手からボールを受けると同時に、颯太は自身が着用しているユニフォームの左袖口へ視線を向ける。
「自然と体が動いたな……」
颯太は一度、右バッターボックスを出る。そして、一つ素振りをする。木製バットが風を切るとヘルメットを被り直し、再び右バッターボックス内に入る。
「なんでだろ……」
颯太は呟くように口を動かし、マウンド上の翔吾へ視線を向け、五球目を待つ。
「四球目が真ん中低め……五球目は……」
颯太が口を動かしてからすぐ、翔吾はモーションへ入る。そして、左足が上がると、あるコースと球種が颯太の頭の中に浮かぶ。
「くる……!」
何かを確信するように颯太が呟くと、翔吾の右手指先からボールが放たれる。
白球がはホームベース手前まで迫る。
その瞬間、颯太はスイングする。
颯太が僅かに口元を緩めると同時に、木製バットが白球を捉える。
右バッターボックス寄りの真っすぐだった。
カァン。
打球音からすぐ、颯太はファーストベースへ走り出す。右バッターボックス内にバットを置くと、打球を目で追いながら更に加速する。
颯太の目には白球と、打球を目で追う翔吾の後ろ姿が映る。
颯太がファーストベース四メートル程前まで進むと、三塁側ベンチ内から歓声が沸き起こる。
歓声が更に颯太の走りを加速させる。
打球はセンターとレフトの丁度間のフェンスに直撃した。ボールは勢いよく跳ね返り、転々とする。
センターの選手がボールを追う。
颯太はセカンドベースに到達。しかし、センターの選手はまだボールに追いついていない。
「いけるか……!」
颯太はそう言葉を漏らすと、サードベースを狙う。
スタンドの観衆が次々と立ち上がる。
センターの選手がボールに追いつく。そして右手でボールを掴み、そのままサードに送球する。
颯太はサードベース三メートル手前まで駆け抜けた。
ボールは颯太の背後からサードの選手が構えるグラブへ向かう軌道を描く。
颯太はサードベース二メートル手前まで迫った。
「セーフになるんだ……!」
そして、一メートル手前まで迫ると颯太は歯を食いしばり、頭から滑り込む。
それからすぐ、ボールがサードを守る選手のグラブへ収まる。そして、素早くタッチする。
判定は。
「セーフ!」
三塁塁審のコールからすぐ、三塁側ベンチ内とスタンドが大きく沸く。
「いいぞ! 颯太!」
史也達の声と拍手が颯太の耳に届く。
颯太は視線をサードベースに向け、低音の、嬉しさのこもった声を発する。
「初めてだよ……!」
颯太自身初のスリーベースヒットとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます