第八話 センター返しの打球

 「ナイスバッティング! 健二郎!」



 俊介の声からすぐ、颯太がホームへ生還。



 「ナイスバッティング」



 ネクストバッターズサークルで颯太へ言葉を掛ける史也。



 「ありがとうございます!」



 颯太が笑顔で応えると、史也はファーストベースに左足を置く健二郎を見つめながら呟くようにこう話す。



 「颯太はこのクラブの顔ともいえる選手。いずれは……」



 その先の言葉を発することなく、史也はゆっくりと左バッターボックスへ歩を進める。



 「三番、ライト、高山」



 アナウンスが流れると、四番を務める健一がネクストバッターズサークルへ。そして、颯太が被るヘルメットへ左手を置く。



 「ナイスバッティング」



 健一が颯太に言葉を掛ける。颯太は少し遅れて健一と正対。



 「ありがとうございます」

 


 そして頭を下げ、ベンチ内へと歩を進めた。



 

 隹海クラブは三回の裏、二点を追加し、四対〇と突き放す。


 しかし、颯太は決して気を緩めない。


 ベンチ内でグラブを左手に着けると、視線を一塁側ベンチへ。



 「四回は一番から。ランナーがいる状況で豊田さんに打席が回ってくると厄介だ。バントに見せかけて素早くヒッティングに切り替える。それがあの人の武器の一つ。前進した内野の頭を越え、ボールが外野に。そこからチャンスが広がり、得点に繋がっていく。何としても、藤井さんを抑えないと」



 颯太はそう呟くと視線をスパイクのつま先部分へ向け、ゆっくり腰を上げる。



 「そういえば、豊田さんって……」



 何かを思い出すように言葉を発した颯太は三塁側ベンチから出る。小走りでセカンドの定位置へ就くと、ネクストバッターズサークルで素振りをする太一へ視線を向ける。


 それからすぐ、颯太が構えたグラブにボールが収まる。颯太は我に返ったように視線を自身のグラブへ。


 颯太へ送球したのは健二郎。


 颯太は健二郎へ視線を向ける。目に映ったのはグラブを構える健二郎の姿。


 

 「すみません……」



 颯太は謝罪の言葉を述べると帽子を取り、頭を下げる。


 健二郎はグラブを構えたまま小さく頷く。颯太は帽子を被り、グラブに収まっているボールを右手で掴む。



 「考えすぎちゃうのも僕の弱点で……」



 苦笑いに近い表情を浮かべると、颯太は右手指先からボールをリリース。それからすぐ、健二郎のグラブにボールが収まる。

 

 再び健二郎からボールを受けた颯太は素早く健一へ送球。


 ボールは真っすぐの軌道で、健一が構えたグラブに吸い込まれるように収まった。




 「四回の表、岩浜クラブの攻撃は、一番、ライト、藤井。ライト、藤井」



 アナウンスからすぐ、裕也のグラブにボールが収まる。


 颯太は裕也がロジンバッグへ右手を伸ばすと、左バッターボックスへ向かう太一を目で追う。


 

 「二巡目。きっと何か仕掛けてくる。もしかしたら、揺さぶりをかけてくるかもしれない……」



 颯太が囁くように言葉を発すると、太一は足場を作り、構える。


 裕也はプレートへ足を乗せると、俊介とサインを交わす。


 一度首を振り、二度目で頷く。そして、静止。


 同時に、颯太は体勢を低くする。



 「初球から振ってくるかも……」



 颯太が呟いてからすぐ、裕也はモーションへ。左足が上がる。そして、右手指先からボールが放たれる。


 初球は。



 カァン。



 木製バットがボールを捉える。打球はサードとショートの間。健二郎はボールへ飛びつく。しかし、僅かに届かず、そのままレフトの天然芝の上を転がる。レフトを守る、小川武おがわたけしが捕球すると、健二郎へ送球。太一はファーストベースを少し過ぎた位置で止まる。そして、ファーストベースを踏む。


 先頭バッターが出塁。


 一瞬だけ太一へ向けた颯太の視線はネクストバッターズサークルで控える二番バッターへ。



 「二番、セカンド、豊田」



 コールからすぐ、岩浜クラブの二番バッター、豊田一真とよだかずまが右バッターボックスへ歩を進める。


 颯太は一真を目で追う。



 「中盤で四点差。まだまだ分からない。となると」



 颯太の眼光はやや鋭くなる。


 一真は右バッターボックス内へ入ると足場を作り、ヒッティングの構えで初球を待つ。


 颯太の目に一瞬だけ太一の姿が映ると、裕也は俊介のサインに頷き、セットポジションで構える。


 そして、左足が上がる。


  

 次の瞬間。颯太の足がマウンドのそばへと動く。


 一真はヒッティングの構えのまま、ボールを見送る。



 「ボール」



 ボールが俊介のキャッチャーミットへ収まる音を聞き、セカンドの定位置へ戻る颯太。



 「守りでしっかり抑え、攻撃で一点ずつ返していけば、まだまだ逆転できるイニング。バントは十分あり得る。でも、初球はヒッティングの構え」



 視線を一真へ向けた颯太はこう続ける。



 「多分、この打席でバントはしてこないな……」



 その言葉からすぐ、ヒッティングの構えをとる一真。


 俊介のサインに頷いた裕也はセットポジションで構えると、一瞬だけ太一へ視線を向ける。

 

 そして、俊介のキャッチャーミットを見つめ、静止。


 

 「バントはしてこないけど……」



 颯太が呟くと、裕也の左足が上がる。同時に、太一がスタートを切る。


 颯太は打球音が聞こえる前にセカンドベース方向へ走る。



 カァン。



 颯太がセカンドベース二メートルほど手前に達すると、打球音が。鋭いライナー性の打球となったボールは一瞬で裕也の右を通過。


 センター返しの打球。


 セカンドベースの一メートル手前でボールはバウンド。健二郎が飛びつくが届かない。


 ボールはセカンドベース上を通過。


 今度は颯太がボールへ飛びつく。


 同時に、ファーストランナーの太一はセカンドベースの三メートルほど手前まで迫っていた。


 

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