第九話 何かの前触れ?

 「捕る……!」



 颯太のグラブとボールまでの距離、およそ十センチ。



 「絶対に……!」



 颯太は歯を食いしばり、左腕を更に伸ばす。


 それからすぐ。



 パシ。



 颯太のグラブにボールが収まる。一瞬だけ安堵の気持ちが生まれた颯太だが、すぐに気を引き締める。



 「アウトにする……」



 難しい体勢。ボールを右手で掴み、送球しても間に合わない。そう思った颯太は一か八か、グラブを振り上げるような動きを見せる。


 それからすぐ、ピッチャーの裕也がセカンドベースへ走る。


 ボールはセカンドベースの丁度真上。裕也が左足でセカンドベースを踏むと同時に、彼のグラブへボールが収まる。


 太一はスライディングでセカンドベースにスパイクの底をつける。


 

 判定は。



 「アウト!」



 二塁塁審は握り拳を作った右手を真上へと上げ、コール。それからすぐ、スタンドから歓声と拍手が。


 

 「ナイスプレー、颯太!」



 ライトを守る史也の声でうつ伏せのような体勢からゆっくりと立ち上がる颯太。ユニフォームに付着した土を右手で払いながら歩を進め、史也の丁度正面の位置となる土の上で彼と正対。そして、帽子のつばを親指と人差し指でつまみ、頭を下げる。


 それからすぐ、岩浜クラブの三番バッターのポジションと名前がアナウンスされた。




 「アウト!」



 史也のグラブへボールが収まり、スリーアウト。颯太は三塁側ベンチ内へ。



 「よく追いついたな、あの打球に」



 バッグからペットボトルを取り出した颯太に健二郎がそう言葉を掛ける。


 颯太は照れ笑いのような表情を浮かべ、キャップを緩める。



 「豊田さんが初球でバントの構えをしなかった。あの人がバントをする場合、ピッチャーがモーションに入る前からその構えをとる。だから、打ってくると分かって。豊田さんは内側のボールに対しては基本的にセンター返し。大野さんは内側に構えていた。だから、豊田さんが打つ前にセカンドベース方向へ走ったんです。勿論、リスクは承知の上で」



 「なるほど」と言うように腕を組む健二郎。


 颯太は喉を潤すと、視線を一塁側ベンチへ。



 「僕の弱点が知られているのは分かっています。だったら、こっちは選手の特徴を掴もうと思って。弱点というよりも、状況によるその選手の動きとか、そういうものを。初回の僕のプレーは本当にたまたまですけどね」



 颯太は笑みを浮かべると、キャップを閉める。


 健二郎は小さく数回頷くと、セカンドの守備に就く一真へ視線を向ける。



 「どんな選手にもプレースタイルというものがありますから。僕の場合、バッティングでは基本的に初球は見送り、シングルヒット、ツーベースヒット、四死球ししきゅうでの出塁を狙う。守備では、バッターがボールをバットで捉える前に打球を予測し、動く。これが、僕のプレースタイルです」



 そう続けた颯太はペットボトルをバッグへしまう。同時に、一真のグラブへボールが収まる。それと同時に、健二郎は颯太へ視線を向け、僅かに口元を緩める。



 「そのプレースタイルで野球界に名を轟かせろ、颯太」



 颯太は健二郎のやさしい声に頷く。そして、二人が同時にベンチへ腰掛けると、四回の裏の開始を告げるアナウンスが流れた。




 四回の裏と五回の表は三者凡退で終了。五回の裏は颯太が先頭バッター。



 「そういえば、三打席連続で先頭バッターだな。珍しいこともあるもんだな……」



 これは何かの前触れなのか。そのようなことを考えながら颯太はベンチ内でヘルメットを被り、右手にバットを持つ。ネクストバッターズサークル内へ入ると、ボールがキャッチャーミットを叩く。


 滑り止めのスプレーを自身のバットのグリップへ噴霧させた颯太はマウンドに立つ翔吾を見つめる。


 

 「一回戦からいきなり、相性の悪いクラブとの対戦。その試合の相手クラブの先発がエースで、隹海クラブが今まで打ち崩すことができなかったピッチャー。これは、やっぱり……」



 その先の言葉を遮るように、一真の大きな声がグラウンドに響いた。





 「四回の裏、隹海クラブの攻撃は、一番、セカンド、京極。セカンド、京極」



 颯太はアナウンスが終了すると、ネクストバッターズサークルを出て、右バッターボックス内へ歩を進める。


 

 「出塁……」



 右バッターボックスのライン手前で一度足を止めそう呟き、静かに息をつく。そして、右バッターボックス内へ入り、足場を作る。


 ヘルメットのつばを右手親指と人差し指でつまんだ颯太は翔吾へ視線を向ける。



 「第二打席では真ん中低めのボールも使って揺さぶりをかけた。もしかしたら、内と外を意識させて……」



 颯太の右手がバットのグリップを掴むと、翔吾はサインに頷き、モーションへ移る。


 グリップを強く握り締め、初球を待つ颯太。



 「真ん中低めの……」



 翔吾の左足が上がり、やがてスパイクの底がマウンドの土を踏む。



 「途中まで真っすぐの軌道の……」



 翔吾の腕が振り下ろされ、彼の指先からボールが放たれる。


 ボールは颯太の言葉通り、途中まで真っすぐの軌道。



 「フォークボール……!」



 そう呟くように口を動かした颯太はスイング。



 カァン。



 颯太の木製バットが捉えたボールはライナー性の当たりでレフト線へ。颯太はバットを右バッターボックス内へ置き、駆け出す。


 

 「フェアか、ファールか」



 颯太はボールの行方を目で追いながらそう言葉を発すると加速し、右足でファーストベースを踏んだ。


 

 



 

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