第十話 一試合で二本
「ファールか……」
そう言葉を漏らした颯太はファーストベースから三メートル先の位置で足を止める。
打球は僅かに左に切れ、ファールとなった。
「いい当たりではあったんだけど……」
颯太は初球のバッティングに満足していた。しかし、打球はフェアゾーンに転がらなかった。
「初球の読みは当たった。二球目は何を投げてくるか……」
颯太は一瞬だけ、マウンド上で球審からボールを受け取る翔吾の背中に視線を向け、小走りで右バッターボックス内に戻る。
バットのグリップを両手で握り締めると、一つ深呼吸し、構える。マウンドに視線を向けると、サインに頷く翔吾の姿が映る。
「初球がギリギリストライクのフォークボール。二球目でストレートを放ってくる可能性もあるな。軌道は途中まで同じだから、それを利用して……」
翔吾が静止すると、颯太の眼光がやや鋭さを増す。
「振らせてくるかもな」
颯太がそのように口を動かすと、翔吾の左足が上がる。やがて、スパイクの底が土を踏む。
颯太は表情を変えることなく、ボールを待つ。
「初球と同じようなボールで」
そう呟いた颯太の目には翔吾の右手指先から放たれた白球が映る。
「振らせようとしてるみたいだけど」
颯太がそのように口を動かしてからすぐ、ボールはホームベース上でバウンドし、キャッチャーミットに収まる。
「ボール」
颯太は悠々とボールを見送ると、ホームベースから二、三歩下がる。
「そう簡単には振りませんよ」
そう呟いた颯太は一つ素振りする。バットが風を切ると、翔吾のグラブにポールが収まる。
颯太はバットを寝かせるように両手て持ち、屈伸する。
「さすがに、三球続けてはこないか。そもそも、変化球に頼るピッチャーじゃないし」
膝を伸ばすと位置へ戻り、構える。
翔吾はサインに頷くと、一瞬だけ颯太に視線を向ける。その瞬間、颯太は無意識に口元を緩める。
「きっと、三球目は違うボール……」
颯太が呟いてからすぐ、翔吾の左足が上がる。
「同じ変化球が二球連続。それはきっと、そのボールを意識させるため」
ボールが放たれると、颯太は小さく頷く。
「ストレート主体のピッチャーだもん」
ボールは変化することなく、左バッターボックス寄りの軌道を描く。
颯太はボールをよく見て、スイングする。
カァン。
バットがボールを捉える。颯太がバットを振り抜くと、ボールはセンター方向に高い軌道を描く。
颯太は翔吾が着けている背番号が目に映ると、バットを右バッターボックス内に置き、駆け出す。
岩浜クラブのセンター、
ボールが軌道を下げると、勇樹がジャンプ。ボールは勇樹のグラブの僅かに上を通過し,フェンスによって跳ね返される。
勇樹は転々とするボールを追う。彼が右手でボールを掴むと同時に、颯太はセカンドベースに到達する。そして、そのままサードベースを狙う。
「再びスリーベースを許すもんか」と言うように、勇樹は右腕を思い切り振る。
颯太は一瞬だけセンター方向に視線を向ける。同時に、三塁側ベンチ内から颯太に向けて声援が送られる。
「いけるぞ!」
史也の声が響いた瞬間、颯太は加速。同時に、岩浜クラブのサード、
「追加点……!」
颯太は低い声で言葉を発すると、勢いよくヘッドスライディング。それからすぐ、光俊が構えたグラブにボールが吸い込まれる。やがて、彼のグラブは颯太にタッチする。
颯太の右掌にはベースの感触が伝わる。
判定は。
「セーフ!」
三塁塁審のコールからすぐ、三塁側ベンチ内が沸き立つ。そして、スタンドから歓声と拍手が起こる。
その中で、光俊が颯太に言葉を掛ける。
「凄いな、君。なかなかいないぞ、一試合で二本のスリーベースヒットを打つ選手なんて」
颯太が僅かに顔を上げると同時に、光俊が右腕を振り、翔吾に送球する。
颯太は白球がグラブを叩く音を耳に入れるとゆっくりと立ち上がり、ユニフォームに付着した土を払う。
「更に汚れちゃったな……」
苦笑いを浮かべると、土を払う手を止める。
「ま、いいか。試合に出場できているという証拠だ。これからも試合に出続けることができるように頑張らないとな……!」
颯太は口元を緩めると、ヘルメットを取り、汗を拭う。
「二番、ショート、常盤」
そして、アナウンスが流れるとヘルメットを被り、右バッターボックスに歩を進める健二郎を目で追う。
「追加点、獲りにいきましょう……!」
健二郎に言葉を届けるように呟くと、僅かなリードをとり、マウンド上の翔吾へ視線を向けた。
隹海クラブは二番に座る健二郎の犠牲フライで一点を追加し、五対〇と突き放す。
颯太は七回の裏に回ってきた第四打席で二番手としてマウンドに上がった左腕、
八回の表の守備では、ライトへ抜けそうな強い当たりを飛びつくように捕球し、アウトにしてみせた。
迎えた九回の表、ツーアウト。
カァン。
打球はセンター方向。颯太はセカンドベースの後ろに回り込み、正面で捕球すると、健一に送球する。
ボールはそのまま、健一のグラブに吸い込まれる。
「アウト!」
一塁塁審のコールがグラウンドに響くと同時に、颯太はマウンドに駆け寄り、裕也達と笑顔でハイタッチを交わした。
隹海クラブは六対〇で勝利し、一回戦を突破した。
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