第十一話 俺達から見たら十分、素晴らしい選手。

「ありがとうございました!」



 両クラブの選手、コーチ、監督が整列し、挨拶をする。


 颯太は深々と下げた頭をゆっくりと上げ、正面を見据える。


 そこには、翔吾の姿があった。


 翔吾は颯太の足を止めるように、やさしい口調で彼に言葉を掛ける。



「やっぱり素晴らしい選手だね、君。守りでは難しい当たりを見事にさばき、打撃ではスリーベース二本。振らせようとしたボールは悠々と見送られる。まいったね」



 翔吾は苦笑いを浮かべる。



「いえ……僕なんて全然……」



 颯太は謙遜するように首を小さく横に振る。


 翔吾の苦笑いはやさしい笑みへと変わる。



「そんなことないよ。君は俺達から見たら十分、素晴らしい選手だ。君を苦手としているピッチャーは少なくないという話は聞いている。それだけ、優れた選手という証拠だ。二回戦、頑張れよ!」



 翔吾は颯太の左肩に手を置き、そう言葉を掛けると、一塁側ベンチ内に歩みを進める。


 颯太は翔吾が太一と言葉を交わす姿をしばらく見つめる。その後、三塁側ベンチ内に入り、グラブを自身のバッグにしまった。




「隹海に到着です」



 午後二時四十九分。


 颯太は隹海駅のホームに降り立ち、改札口に向かう。



「二回戦は五月十九日……」

 


 颯太は呟くと改札機へ切符を通し、駅舎を出る。



「どちらと当たるか」



 隹海クラブは二回戦で、台府銀行だいふぎんこうと利堂クラブの勝者と対戦する。


 台府銀行は県内の社会人野球の強豪で、毎年のように各種大会で全国の舞台に立っている。


 株式会社ウォーグの取り引き先の銀行でもある。


 

「台府銀行さんが勝ち上がってくるという声が圧倒的に多い。もし、台府銀行さんと対戦することになった場合、うちはどうやって戦っていこう……対戦経験がないから、動画を観て研究するしかないよな。動画、アップされてるかな……」



 赤信号が目の前に映ると、颯太は右手をズボンのポケットに入れ、携帯電話を取り出す。横断歩道の前で止まると、携帯電話の真っ暗な画面を眺める。



「帰ったら、検索してみよう」



 颯太はズボンのポケットに携帯電話をしまい、青信号に変わった横断歩道を渡った。


 

 午後三時一分。


 颯太は帰宅し、寝室へバッグを机の脇にゆっくりと置く。一つ息をつくと、窓に映る外の景色を眺める。


 

「一ヶ月もない間にどれだけ相手選手の特徴を掴むことができるか。得られた情報量によって、試合が大きく変わってくるかもしれない。技術だけでは勝てない。選手の特徴などの情報も必要不可欠。その情報が技術をより引き立ててくれる」



 颯太は呟くと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、動画サイトにアクセスする。



「去年のメンバーはまだ残っているそうだから……」



「台府銀行野球部」と検索すると、多くの動画がヒットした。その中から、直近に開催された大会の動画を開く。


 少しの間の後、動画が再生される。動画を閲覧する颯太の表情は次第に険しくなる。



「確か、三年の夏の県大会決勝で、北東ほくとう相手に七回まで一安打ピッチングしてたピッチャーだよな」

 


 動画の中で背番号十八はダイナミックなモーションから右腕を振り下ろす。ボールがキャッチャーミットへ収まると、球速が表示される。



「百五十四キロか。この速球に加えて……」



 颯太が呟いてからすぐ、台府銀行のエース右腕、小田正人おだまさとは百十キロ台の変化球を放る。


 大きくカーブする軌道を描き、真ん中から左バッターボックス低めの位置でキャッチャーミットに収まる。対戦相手の右バッターはそのボールにバットを出したが、空振り。


 

「このスローカーブを投げる時のフォームが他の変化球と違う。でも、他の球種のタイミングで待っている時にこのスローカーブがきたら、そう簡単には対応できない。ストレートを待っていたらより。狙い球を絞らず、きたボールを叩くバッティングのほうがいいのか」



 颯太はそういったバッティングも取り入れている。しかし、実践するのはごく稀だ。


 狙い球を絞らないバッティングでの打率が二割を切っているからだ。



「俺にはリスキーな選択。成功率はかなり低い。でも、絶対に打てないわけじゃない。打率の数字が『0』ばかりじゃないから。当たる時は当たる。もしマウンドに上がってきたら一打席目で実践してみよう」



 引き続き、動画を閲覧する颯太の目には、この試合で四番を務める台府銀行の右バッターが画面越しに映る。



「この選手は仙谷せんごくで四番を打っていた……」

 


 その言葉からすぐ、白球がきれいな弧を描きながらレフトスタンドに吸い込まれた。



「そりゃ、プロから注目されるよ、こんないい選手」



 苦笑いを浮かべた颯太は画面をタップし、動画の再生をめる。



「でも、だからと言って勝ち上がってくる保証はないよな。何が起こるか分からないのがスポーツ」



 そう呟くと、今度は利堂クラブの動画を検索する。しかし、ヒットした動画は一件のみだった。


 

「五年前の動画……」



 颯太は「仕方ないか」という表情を浮かべると画面をタップし、動画を再生する。それからしばらくすると再び、颯太の表情が険しくなる。



「相手ピッチャーって今、プロでプレーしてる……」



 動画の中で、利堂クラブの三番を務める右バッターは台府銀行のエース右腕が投じた百五十三キロの低めの真っすぐを捉え、弾丸ライナーでレフトスタンドへボールを運んだ。



「どっちがきても手強いよ」



 颯太が再び苦笑いを浮かべてからすぐ、動画が終了。颯太は表情を変えることなく、画面を閉じた携帯電話を机上に置く。


 ゆっくりと腰を上げると、再び視線を窓に映る外の景色へ。すると、颯太の頭の中で翔吾のあの言葉が再生される。



「もっと、自信を持て」



 颯太はこの言葉で外の景色を眺めたまま小さく頷く。そして、翌月迎える二回戦に向け、気合を入れるように右手に握り拳を作り、キッチンに歩みを進めていった。

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