第十四話 順調
週は明け、五月七日の月曜日、午前十時四十七分。
颯太は右手に持っていたボールペンを机上へ置くと用紙を眺め、一つ息をつく。目に映るのは、スパイクの立案書。丁度、四枚目が文字で埋め尽くされたところだった。
「なんとか五枚目まで埋まったな……」
しかし、颯太にとっては「まだ五枚目」の状態だ。発表する時間によって必要な枚数が変わってくる。
颯太にとって五枚はまだ半分にも満たない枚数だ。
「案はしっかり頭の中にあるから、それを文章メインで表現し、興味を惹かせる。口では簡単に言えるけど、実際にするとなると難しい。でも、いいプレゼンができれば、俺が考案した商品が店頭に並ぶかもしれない。そう考えたら……!」
颯太の表情に笑みが浮かぶ。そして、机上へ置いた一冊の雑誌へ左手を伸ばすと、頁を捲る。
「今考案しているのは、中学生以上に向けての商品。だとすれば……」
颯太は一度、雑誌を机上に置く。そして、六枚目の用紙に文字を記していく。
「金具は埋め込んで、樹脂製の素材を……」
そう呟き、更に文字を記していく。
しばらくして――。
「あれ、もうこんなに埋まったのか」
颯太は六枚目の最下段まで文字で埋め尽くしていた。
自分自身に驚くように六枚目の用紙を左手に持ち、視線を上から下へと移す。
「図も入れようと思ってけど、すっかり埋まっちゃったな」
苦笑いを浮かべると、白紙の用紙を右手に持ち、眺める。この時、颯太の頭の中に、資料の構成のようなものが浮かんできた。
「文字だけでは伝わらないから図を入れる。五枚目までは図を入れていたけど、六枚目はすっかり文字を書くことに夢中になって……」
図のない、文字だけの頁となった。颯太は「文章メインとはといってもこれは」とふと思い、書き直そうと用紙を机上へ。
しかし。
「ここまで書いたのに、書き直すのもなあ……」
颯太は気が変わったように六枚目の用紙を眺め、そう呟く。
颯太自身、満足のいく文章を六枚目の用紙へ記すことができていた。
「まあ、図がない頁もあってもいいのかな。主役は図じゃないし」
結局、颯太は書き直すことなく、七枚目の用紙を自身の目の前へ。そして、頭の中に浮かんだ構成に沿って文字を記し、図を描く。
時間は経ち、午前十一時五十八分。
「八枚目まで書いちゃった。思った以上に
颯太はボールペンを机上へ。そして腕を組み、八枚目の用紙を眺める。
「満足のいく内容の資料になっている。九枚目は構成を少し変えていこう」
颯太は一つ頷くと、八枚目までの用紙をデスクの左へ置き、九枚目の用紙を中央へ。
腕具を身をする颯太の頭の中に九枚目の構成が浮かぶ。
「これでいこう」と小さく頷くと同時に正午となり、俊一が席を立った。
「お腹空いたな……」
颯太は九枚目の用紙を眺めながらそう言葉を漏らすと、ゆっくりと腰を上げ、エレベーターホールへと歩を進めた。
「颯太が次はどんな商品を生み出すか、楽しみにしてるんだ。俺と同じ部署の皆も」
颯太と社員食堂の同じテーブルに着いた悟が笑顔で語りかける。
颯太はどこか照れた表情を浮かべ、箸を持つ。
「今、スパイクの新商品の案を考えているんだ。順調だよ」
颯太の言葉に悟は「おお」と口を開く。
「資料の構成は頭の中で出来上がっている。今は、それに沿って書いている状態。自分の中では満足のいく内容になっているよ」
そう続けた颯太は味噌汁の器を左手に持つと、傾ける。あたたかい感覚が喉を通ると器を置き、玉子焼きへ箸を伸ばす。
それからすぐ、千恵が二人の元へ歩み寄る。
「お疲れ様!」
千恵はトレーをテーブルに置き、席に着く。
「お疲れ」
悟の言葉に、千恵は笑顔でこたえると、視線を颯太へ。彼女の目には、美味しそうに玉子焼きを味わう颯太の姿が映る。
やさしい眼差しで彼を見つめていると、颯太が千恵からの視線に気付き、箸を置く。
口が空っぽになるとグラスを傾け、喉を潤す。
「お疲れ」
颯太は笑顔で千恵に言葉を掛け、グラスをトレーにゆっくりと置く。
千恵は笑顔で応え、手を合わせる。味噌汁の器を持つと、再び颯太へ視線を向ける。
「順調? 新商品の開発」
千恵の言葉に颯太は表情を崩すことなく頷く。
「うん。自分の中では満足のいく内容になってる。千恵ちゃんの応援のおかげもあって」
颯太の言葉に、千恵は微笑む。彼女の微笑みは心に潜む、とある感情を抑え込んでいるようだった。
それは、ネガティブな感情ではない。
千恵を見つめる悟には彼女の心に潜む感情の正体が伝わっていた。
「なるほどな」と言うように小さく頷いた悟は視線を颯太へ。
颯太は特に気にすることなく、鯖の味噌煮へ箸を伸ばす。
「千恵ちゃんの応援にこたえることができるように頑張るね。商品開発も、野球も」
颯太はそう話すと箸で身を一掴みし、口へ運ぶ。そして、ご飯茶碗を左手に持つと同時に、頭の中で九枚目の用紙が文字と図で埋まっていく。
最下段まで文字が記されると、颯太は何かを確信するように小さく頷く。
それからすぐ――。
「応援してるからね……!」
千恵のやさしい声が微かに颯太の耳に届く。
彼女へ視線を向けた颯太は「ありがとう」とこたえるように微笑みを浮かべ、小さく頷く。
「頑張るからね……!」
颯太の言葉からすぐ、窓の外では関東方面へ向かう新幹線が勢いよく通過した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます