第四話 颯太の知名度

 「まもなく、西山取です」



 車掌のアナウンスと同時に、列車は減速を開始。やがて、ホームへと入り、停車。


 進行方向左側のドアが開くと、颯太は静かに息をつき、ホームへ降り立つ。そして、改札口へ歩を進める。


 颯太の目の奥では熱いものがたぎる。



 「勝つぞ……!」



 左手を握り締め、右手で定期券のICカードをタッチし、改札機を通過。そして駅舎を抜け、西山取野球場へと歩を進める。


 その途中、野球の練習へ向かう小学生の少年とすれ違った颯太。少年が通り過ぎると、颯太は振り向き、囁くような声でエールを贈る。


 それからすぐ、正面を向く。



 しばらく進むと、二人の男性の後姿が颯太の目に映る。彼らは黒色の袋のようなものを左手に携えていた。



 「もしかして……」



 そう言葉を漏らした颯太の耳に、男性二人の会話が届く。



 「隹海って確か、あいつがいるクラブだよな」


 「うん。きっと自身の弱点をある程度克服してるはず。簡単には凡退しない。あいつが隹海の中で一番厄介だよ」


 「そうだよな。あいつがバッターボックスに入ったらまずは、あの攻め方で様子を探っていこう」


 「うん」



 男性二人は近くのコンビニエンスストアへ入る。颯太はコンビニエンスストアの前を通り過ぎると、唸るように息をつく。



 「誰のことだろ……」



 あれこれ考えているうちに、颯太の目の前に信号機と横断歩道が。信号機は赤を点灯。颯太は足を止め、青信号に切り替わる時を待つ。


 しばらくし、今度は背後から別の男性二人の会話が颯太の耳に届く。



 「隹海か。簡単ではないよな」


 「勝ち越してるけどな。でも、あいつがいるから、そう上手く事は運ばないよ。弱点、克服してるかもしれないし。仮に克服していたら、守備からの流れで打席に入った時……」


 「ああ。抑えるのは困難だ」



 それからすぐ、信号機は青へ切り替わり、颯太は横断歩道を渡る。


 すると、男性二人の続きの会話が颯太の耳に届く。



 「高校時代、あいつの名前を耳にしたことがなかった。あいつって、高校どこだっけ?」


 「とりはまだよ」



 横断歩道を渡り終えた颯太の視線は一瞬だけ左斜め後ろへ。



 「隹ノ浜…」



 そう言葉を漏らした颯太の視線の先に西山取野球場の外観が。



 「隹海クラブで隹ノ浜出身の選手って……」



 その言葉からすぐ、隹海クラブのチームメイトの颯太を呼ぶ声が。



 「颯太!」


 「おはようございます!」



 颯太は軽く会釈をし、彼の元へ歩を進め、笑顔で言葉を交わした。



 

 午前八時五十分。隹海クラブは練習を開始。ウォーミングアップとランニングなどを済ませた颯太はショートの位置に就き、ノックを受ける。



 「いいぞ!」



 隹海クラブの守備走塁コーチ、橋本勇斗はしもとゆうとの声がグラウンドに響く。


 颯太は難しいバウンドのボールを難なくさばき、ファーストの常盤健一ときわけんいちへ送球。


 ボールは健一が構えたファーストミットへきれいに吸い込まれた。


 その後、六球ノックを受け、颯太は三塁側ベンチへ歩を進める。その途中、颯太の視線は一塁側ベンチへ。すると、岩浜クラブの一人の選手と遠くから目が合う。


 颯太は三塁側ベンチ前で立ち止まり、その選手を見つめる。



 「先発はあの人かな……」



 颯太が見つめるのは岩浜クラブのエース右腕。隹海クラブは彼が先発登板した試合で勝利を収めたことがない。


 

 「早い段階で攻略しないと……。そのためには……」



 その言葉からすぐ、颯太の頭の中に自身が右バッターボックスに立つ映像が浮かぶ。マウンド上には岩浜クラブのエース右腕。


 

 「俺が左右の揺さぶりに弱いってことは認知されている。この前の試合でもそういった攻め方をしてきた。俺はその術中に嵌り、ノーヒットに終わった。この試合でもノーヒットで終わりたくない。そして、負けたくない。練習の成果がどれくらい発揮されるか……」



 颯太の頭の中では、エース右腕が左バッターボックス寄りのボールを放る。そのボールを見送った颯太。


 

 「外に投げたら、次は……」



 その言葉からすぐ、颯太の頭の中で、エース右腕は右バッターボックス寄りのボールを放る。見送ればギリギリストライクというボール。


 颯太は迷うことなくバットを振り抜き、打ち返す。


 ボールはライナー性の当たりでレフト方向へ。そして、そのままレフトを守る選手の前でバウンドした。



 「イメージは掴んでる。あとは、実際の打席でそれができるか……」



 そう呟き、颯太は三塁側ベンチへ入り、ペットボトルに入ったミネラルウォーターで喉を潤す。


 冷たい感覚が喉を通ると、キャップを閉め、視線を一塁側ベンチへ。



 「相性はよくない。でも、絶対勝てないわけじゃない。勝利のきっかけはどこかにある。それを表と裏で見つけていく」



 小さく頷いた颯太はペットボトルを自身のバッグへ。



 「まずは一勝……!」



 その言葉と同時に、颯太は目を閉じ、気合を入れるように右手に握り拳を作った。



 

 

 午前十時過ぎ。両チームの練習が終了。三塁側ベンチでは、この試合のスターティングメンバーが監督の吉岡俊彦よしおかとしひこの口から発表される。


 この試合の一番バッターは。



 「一番、セカンド、京極」



 それからすぐ、やさしい風が三塁側ベンチ方向から吹く。


 まるで、俊彦が発した打順、ポジション、そして選手名を誰かに届けるかのように。


 この都市対抗野球で颯太の知名度はどこまで広がるだのろう。

 


 

 

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