第三十三話 颯太が思い描く、会心の当たり。

 カァン。



 颯太がバットを振り抜くと、白球は弾丸ライナーで左中間のフェンスに直撃した。


 天然芝の上を転がる白球を目で追う、颯太の表情はどこか険しかった。



「会心の当たりではないな……」



 颯太はため息をつくと、ヘルメットを取る。そして、バッティングピッチャーの和己へお礼を伝え、頭を下げた。




「休憩!」



 午前十時三十五分、淳伍の一声で、休憩となった。


 颯太はゆっくりとした足取りで一塁側ベンチ内へ入る。


 自身のバッグを前に立つと静かに息をつく。そしてバッグから水筒を取り出し、ベンチへ腰掛ける。


 颯太は喉を潤しながら、左中間のフェンスへ視線を向ける。



 練習と試合で、たくさんボールを打ってきたけど、会心の当たりと思える自身の打球に出会えていない。練習期間中に出会えるかな……。


 颯太は心の中でそう呟くと、水筒を口から離す。


 

「会心の当たりに……」



 心の中の言葉に続けるように声を発する。それからすぐ視線を上空へ移すと、青空の下に浮かぶ小さな雲が颯太の目に映る。


 

「俺が思い描く会心の当たりは、あの雲に届くような高い弾道の打球でもなければ、三塁線へ強く引っ張る打球でもない」



 颯太は続けるように言葉を発すると、頭の中に自身が思い描く会心の当たりを映像にし、流す。


 頭の中では、会心の当たりを放つことができた。だが、実際にバッターボックスに立つと、理想が現実とならない。


 颯太はこれまでに、それを繰り返してきた。


 

「頭の中で想像することは簡単だけど、実戦になると、なかなか難しいな。まあ、当たり前か」



 自身を納得させるように言葉を発した颯太は、視線をセカンドの定位置へ移す。


 同時に、やや眼光を鋭くさせ、口元を緩める。



「セカンドとして、起用していただけるように……!」



 重みのある声で呟いた颯太は、自身が使用しているグラブを右手に取る。そして、株式会社ウォーグのロゴを見つめ、小さく頷く。


 

「見守っていてくださいね……!」



 頭の中に浮かんできた、株式会社ウォーグの社員に言葉を贈ると、颯太は覚悟が窺える表情で、再び上空へ視線を移した。

 



 午前十時五十分、グラウンドに淳伍の声が響く。


 颯太と台府銀行の選手はマウンド付近へ走る。そしてマウンド上に立つ、淳伍を囲むように整列する。



「次は、一人ずつノックを受けてもらう。順番はこちらで決めさせてもらう」



 淳伍はその言葉に続けて、順番を発表する。


 颯太は最後となった。



「いくぞ!」



 淳伍の声がグラウンドに響いてからすぐ、木製バットが白球を捉える音が颯太の耳に届く。


 颯太の視線の先では、雄平が難しいバウンドを難なくさばき、ファーストへ送球した。


 

「上手い……」



 颯太は低い声を漏らす。


 雄平は内野であればどこでもこなせる。颯太のライバルの一人である。


 颯太はセカンドが本職だが、学生時代にショートを守った経験もある。


 高校を卒業し、隹海クラブに入団して以降はセカンドに専念し、練習を積み重ねた。そして見事に、セカンドのレギュラーを獲得した。


 しかし、颯太は危機感を抱きながら練習に取り組んでいる。


 レギュラーはいつ、奪われるか分からないのだから。



「ありがとうございました!」



 雄平は帽子を取り淳伍へお礼を伝えると、小走りで一塁側ベンチ内へ赴く。


 颯太は雄平が一塁側ベンチ内で水筒を傾ける姿をしばらく見つめる。



「俺は、補強選手として呼ばれた。チームを強くするために呼ばれたんだ。試合に出なくても、チームに貢献できる方法はある。だけど、呼んでいただいた以上、試合に出たい。俺は、選手なんだから……!」



 雄平を見つめながら小声で言葉を漏らした颯太は、一歩前に進む。同時に、淳伍の声がグラウンドに響いた。



 

「ありがとうございました!」



 ノックを受けた寛人が帽子を取り、頭を下げる。


 颯太は寛人が一塁側ベンチ内へ入ったと同時に、一歩足を進める。


 そして帽子を右手で取ると、グラウンドに大きな声を響かせる。



「お願いします!」

 


 颯太は頭を下げ、帽子を被る。


 淳伍は颯太を見つめながら小さく頷くと、かごに詰められた白球を一つ、左手に取る。


 

「いくぞ!」



 淳伍は力強く言葉を発すると、木製バットで白球を転がす。


 打球はやや、セカンドベースよりのゴロになってしまった。


 淳伍が謝罪の言葉を述べようと口を開き、声を発しようとした。


 しかし、彼の言葉は声になることはなかった。



 パシ。



 白球がファーストミットに収まる音からすぐ、台府銀行の選手の声がグラウンドに響く。



「オッケー!」



 ファーストの位置で颯太のボールを受けた、上野慶憲うえのよしのりは颯太に向け、ファーストミットを突き出す。


 颯太は慶憲のジェスチャーにこたえるように、頭を下げる。


 颯太が元の位置へ戻ると、淳伍は唸るように息をつく。



「正式に、うちの選手になってほしいくらいだ。だが、そんなこと隹海クラブさんと、ウォーグさんが許すはずもない」



 淳伍が一瞬思い描いた夢は、一気に崩れた。


 白球を一つ掴んだ淳伍は視線を颯太に向ける。



「バットがボールを捉える前に、打球のコースを予測したような守備。やっぱり、いい選手ですね、京極さん」



 淳伍の背後で選手にアドバイスを贈っていた、守備走塁コーチの乾渉いぬいわたるが颯太を見つめ、言葉を漏らす。


 淳伍は颯太を見つめたまま、渉の言葉に共感するように、ゆっくりと頷いた。


 

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