第二話 知名度は低くても
四月二十日、午前十時四十七分。
「中島部長がお呼びだ」
デスクに向かい、ボールペンを走らせていた颯太に史俊が声を掛ける。
「はい」
颯太はボールペンを机に置くと立ち上がり、史俊に連れられるように会議室に歩みを進める。
「失礼いたします」
史俊がゆっくりとドアを開けると、奥のテーブルの椅子にグッズ開発部部長、
彼の姿が目に映った瞬間、颯太の心に緊張が走る。
俊一が目の前の二人に椅子を勧めると、颯太と史俊は一言入れ、椅子に掛ける。
俊一は小さく頷くと、机上の封筒から数枚の書類を取り出し、左手に持ち、眺める。
それは。
「君の案、見せてもらった。なかなかいいじゃないか。我が社にはこういった商品がなかった。売り上げを上げるには、絶対的な主力商品が必要不可欠。君がプレゼンしたというこの商品にはその可能性が潜んでいると私は感じている」
颯太の口元が僅かに
書類を眺めていた俊一の視線は颯太に向く。
「皆の案はどれも素晴らしかった。だが、素晴らしいだけでは商品は売れない。一番の強みを持った商品。使用することで得られるもの。それらがなければ、お金を払う価値はない。本宮君の問いに君は詰まることなくこたえていたと聞いた。スムーズな捕球から送球の流れ。コンマ一秒の違いが試合を大きく左右する。そのコンマ一秒を縮める。それが、この商品。きっと、選手のファインプレーを演出してくれる。そして、この会社の顔となる商品になってくれる。君の案、採用させてもらう」
腕を組み、俊一は微笑む。
颯太の口元が更に綻ぶ。
「ありがとうございます!」
その後、三人はしばらく談笑する。
「そういえば、京極君は野球のクラブチームに所属していると聞いたが?」
「はい。
「おお、隹海か。どうだ、どこまでいけそうだ?」
「皆さんのご期待に沿う結果が出せるかどうかは……」
「おいおい。頑張ってくれよ」
颯太の答えにやや呆れながらも、俊一は笑顔でこたえる。
「会社独自の特別休暇も設けている。心配は無用だ。思い切りプレーしてきなさい」
颯太は俊一の言葉で笑みを浮かべる。
「はい! ありがとうございます!」
昼休みの社員食堂。
「え、よかったじゃん!」
「ありがとう。安心したよ」
テーブルを挟み、向かい合う千恵の言葉に照れ笑いを浮かべ、颯太はこたえる。
「颯太が考案したグラブがお店に並ぶのか……! 自慢できちゃうな」
「おいおい。大袈裟だよ」
「だって、同期入社で同い年。しかも、こうして接点のある社員が考えた商品だよ? より自慢したくなっちゃうよ」
千恵は嬉しそうに話す。
颯太は何も言わず、千恵を見つめる。
「私はね、ボツになった颯太の案を見せてもらった時からずっと思ってたの。会社の顔となる商品は颯太が生み出すんじゃないかって。こんなこと言ったら申し訳ないけど、これまでの颯太の案はどこか一つ物足りなかった。でも、その物足りない部分を補ったら購買意識をそそる商品が誕生するって感じてね。そして今回、その可能性を秘めた颯太の案が採用された」
颯太は表情を変えない。
「
力強い千恵の言葉に、颯太は頷く。
「颯太達グッズ開発部の人なしで商品は生まれない。颯太達がいてこそのこの会社。だからこそ、私達はこうしてスポーツに携わる仕事をすることができている。本当に感謝だよ」
千恵は微笑む。
颯太はどこか照れた表情で自身が注文したかつ丼へ視線を向ける。
小学校二年生から高校まで野球を続けてきた颯太。高校卒業後にこの会社へ入社し、店舗運営部接客サービス課での二年間の店舗勤務の後、入社前から希望していたグッズ開発部に配属となった。しかし、出だしは厳しく、プレゼンテーションで史俊からの厳しい眼差しを受けるということが繰り返された。しかし、決してネガティブに陥ることなく、颯太は案を出し続けた。
そしてこの日、見事に採用を掴み取った。
颯太の視線は千恵に向く。
「製造部の人がいてこそ、俺が考えたグラブが形となる。千恵達、店舗運営部の人がいてこそ、俺が考えたグラブが店頭に並ぶ。今は製造する前の状況だけどね。でも、近いうちにそれが現実となる。皆のおかげで。こちらこそ、本当に感謝だよ」
颯太は微笑む。
千恵は表情を崩すことなく、小さく頷く。
「プロ選手に専属契約を結んでいただけるくらいのメーカーを目指していこう、千恵ちゃん!」
「うん!」
その後、二人は箸を持つ。
そして、食事を済ませると、友人に近い、同期入社で同い年の二人はスポーツの話題で盛り上がる。
「応援に行こうかな」
「え。い、いいけど……」
「どうしたの?」
「いや……と、とにかく、頑張る!」
「頑張ってよ!?」
翌週の土曜日に始まる都市対抗野球の一次予選。颯太はどのような活躍を見せるのだろうか。
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