第四十三話 「いいところに転がしてくるな……」
打球音からすぐ、白球が左中間に飛ぶ。
颯太は木製バットを置くと、白球を目で追いながらファーストベースに向かって走る。
白球をセンターの選手とレフトの選手が追う。
ボールは左中間のフェンス付近まで伸びる。
センターの選手の足が止まったと同時に、颯太はファーストベースを蹴る。
次の瞬間、微かな歓声がスタンドから起こる。
颯太は歓声を聞いた瞬間、足を止める。
左中間方向を見つめる颯太の表情は悔しさに満ち溢れていた。
「距離が足りなかったか……ストライクを取りにくることは分かっていたんだけど……」
悔しさの滲む声を発した颯太の目には、グラブを叩く掲げるセンターの選手の姿が映っていた。
センターの選手がグラブで何かを示してからすぐ、彼に元に赴いた二塁塁審はホームベース方向を向き、右腕を真っすぐ、上に伸ばす。
「アウト!」
二塁塁審のコールを聞き、颯太は小走りで三塁側ベンチ内に戻ると、ヘルメットを棚に置き、ベンチにゆっくりと腰掛ける。
「なかなか、上手く事は運ばないな……」
颯太はそう言葉を繋げ、自身のグラブを左手に持ち、戦況を見つめた。
「アウト!」
スリーアウトを告げる一塁塁審のコールと同時に、颯太は腰を上げる。
静かに息をつくと、やや眼光を鋭くさせ、セカンドの定位置に視線を向ける。
颯太が長年、経験してきたポジション。
颯太が譲れないポジションだ。
しばらくし、守備に就く台府銀行のポジションと選手名がコールされる。
先発ピッチャ―を務める、拓郎からコールされ始め、四人目。
「セカンド、京極」
颯太は自身の苗字がコールされたと同時に勢いよく駆け出し、セカンドの定位置に赴く。
それからすぐ、株式会社ウォーグが製造した颯太のグラブに白球が収まり、気分を高める音を立てた。
「一回の裏、籠崎工業の攻撃は。一番、ショート
拓郎がピッチング練習を終えてからすぐ、籠崎工業のトップバッターがコールされる。
拓郎はしゃがみ込むように膝を曲げ、ロージンバッグに右掌を置く。
数秒後に拓郎はゆっくりと膝を伸ばし、プレートに両足を乗せる。
颯太は台府銀行の先発右腕に、力強く言葉を贈る。
「さあ、いきましょう!」
グラウンドに響くような颯太の声からすぐ、台府銀行の先発出場選手、八人が一斉に声を上げる。
拓郎は自身のユニフォーム左袖部分を右手でつまんだ後、セカンド方向を見つめる。
その瞬間、颯太は拓郎と目が合う。
颯太は拓郎の表情から、あることを察する。
すると、構えに入ろうとした先発マスクを被る翔太がマウンド方向にゆっくりと歩みを進める。
次の瞬間、翔太と颯太の声が重なる。
「落ち着いていきましょう!」
二人からの言葉を聞き、拓郎は何かから解放されたように、リラックスしたような表情を浮かべる。そして帽子のつばを右手の親指と人差し指でつまみ、翔太と颯太に視線を送る。
拓郎の二人への眼差しはまるで「ありがとうございます」とお礼を伝えているようだった。
拓郎は自身に気合を入れるように小さく息をつくと、左バッターボックスに立った籠崎工業の一番バッター、
颯太は春寿の構えを眺めながら、言葉を漏らす。
「バットを少し短く持ってるな……」
バットを短く持つ構えに変更した颯太は唸るように息をつくと、言葉を繋ぐ。
「長く持つよりも、ボールをコントロールしやすい。もちろん球種、コースなどによってコントロールにばらつきが出てくる。それでも、長く持つよりも……」
颯太が更に言葉を繋げようとした次の瞬間、拓郎がモーションに入る。
颯太は体勢を低くし、打球に備える。
拓郎が右腕を振り下ろしてからすぐ、打球音がグラウンドに響く。
白球がグラウンドの土を叩く。その瞬間、颯太はセカンドベース手前に向かうように走る。
「いい所に転がしてくるな……」
颯太は重みのある声を漏らすと、加速する。
白球は拓郎の足元をするりと通過し、ホームベースとの中心とセカンドベースの真ん中を結ぶ線を描くように転がる。
セカンドベースに当たると、白球はどこに跳ねるか分からない。
颯太はそれを回避したかった。
「間に合え……」
颯太は白球まであと二メートルまで迫る。
すると、颯太の左腕が無意識に伸び、グラブが開く。
そして、吸い寄せられるように白球が颯太のグラブに収まる。
白球がグラブに収まる音を聞いた瞬間、颯太は白球を右手に掴み、振り向くような動作でファーストの守備に就く、
颯太が放った白球は良和のファーストミットを叩き、音を奏でる。
良和はファーストミットを開いたまま、動かすことなく捕球した。
それからすぐ、一塁塁審が示したジェスチャーで、関東ドームのスタンドから微かな歓声と拍手が起こる。
「アウト!」
一塁塁審が右腕を真っすぐ真上に伸ばした姿を見て、颯太は「ふぅ……」と息をつくと、拓郎達の「ナイスプレー!」という言葉に、はにかんだ笑みを浮かべながら帽子をとり、頭を下げてこたえた。
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