予想
ティータイムの後。
陽子を駅まで送って先に帰らせた涼子が"犬小屋"に戻ると、煙草を燻らせながら紅茶を啜って資料を睨む正樹の姿があった。
「終わったか?」
資料から目を離さずに問う正樹に涼子は少しだけ自信無さそうに答える。
「一応は……」
「なら、良い」
涼子の答えに素っ気無く返した正樹は資料を睨み続ける。
そんな正樹に涼子は尋ねる。
「何してんの?」
その問いに正樹は紫煙と共に返した。
「情報の確認」
正樹が簡潔明瞭に答えると、涼子は向かいに座って煙管に葉を詰めながら尋ねる。
「解った事は?」
その問いに正樹は紅茶を一口啜ってから答えた。
「そうだな……来日してるキマイラ派は数日中に日本から居なくなる事と、八塚会は実質的に壊滅状態になったから関東の裏社会が群雄割拠の戦国乱世になる。そんぐらいだな」
後者は理解出来た。
だが、前者が意味する事が何か?
涼子は首を傾げてしまう。
そんな涼子に正樹は告げる。
「数日中に俺が
簡潔明瞭で単純明快な答えが返された。
キマイラ派が片付くのは時間の問題。
涼子は直ぐに理解し、呆れ混じりに納得するしかなかった。
「成る程ね。確かに数日中に片付くわ……」
そんな涼子に正樹は煙草を燻らせると、紫煙と共に話を続ける。
「だが、問題もある」
「と、言うと?」
「先ずは
「今日の出来事だ」そう締め括る正樹に涼子は渋い顔を浮かべてしまう。
「ソレは不味いわね」
たった1日で襲撃事件と断じ、被害者が何者か?
それすらも大まかながらも調べ上げた警察は優秀と言えるだろう。
そんな警察の事を正樹は更に語る。
「だから、サツは蜂の巣を蹴飛ばした騒ぎになって血走った目で躍起になって犯人を捜してる。何せ、階下に転がった死体やら壁に床には派手にブッ放した時の軍用弾の弾頭が残ってる……確実に本気モードになってると見るべきだろうな」
爆破の痕跡と無事な犯行現場に残る派手にブチ撒けた弾丸。
それ等が揃ってしまっている以上、警察が本気で犯人捜しをするのは自明の理と言えるだろう。
「そうなると、派手に動くのは不味いわね」
「あぁ、俺だったら1年は大人しくしてる状況だな」
涼子の言葉に同意する様に言う正樹であった。
だが、正樹は今晩も標的達を殺しに行く。
「でも、気にせずに俺は狩りに行くけどな」
嗤って告げる正樹に涼子は呆れてしまう。
「貴方、周りから頭イカれてるって言われてるでしょ?」
呆れ混じりに問われれば、正樹は満面の笑みで肯定した。
「おう!その度に肯定してるし、正気か?って聞かれる度に正気じゃないって毎度返してる」
陽気に答える正樹に涼子は益々呆れる。
だが、同時に道化とも言える仮面を被って素顔を隠す、
そんな正樹に涼子は敢えて尋ねた。
「復讐を棄てようと思わなかったの?」
愚問とも言える問いを投げられると、正樹は読んでいた資料をテーブルに置いた。
それから、灰皿に置いていた煙草に手を伸ばそうとする。
だが、煙草はフィルターの根元まで燃え尽きていた。
それ故、新たな煙草を出して咥えて火を点す。
「すぅぅ……ふぅぅ……」
神妙な面持ちで煙草を燻らせ、紫煙を吐き出して一息吐いた正樹は答える事無く沈黙する。
煙草を燻らせる正樹の様子は、涼子の目には言葉を慎重に選ぶ為に思案しているかの様に見えた。
一頻り煙草を燻らせ、煙草の先に積もった灰を灰皿に落とした正樹は紫煙と共に口を開いた。
「負けて、くたばって、目が覚めたら元の世界。俺の部屋のベッドの上だった……」
そう語り、言葉を留めた正樹は再び煙草を燻らせると紫煙と共に続きを語る。
「最初は困惑。いや、混乱したさ……何せ、道連れ覚悟に核爆弾で跡形も無く消し飛んだのに生きてるんだからよ……」
怨敵に敗北した。
敗北が確定し、死に至ろうとしていた。
死ぬ事が確定し、避けられぬ。
なればこそ、正樹は怨敵を地獄への道連れに核爆弾を用いて散華した。
しかし、結果は見ての通り。
そんな当時の事を語った正樹はポツポツと思い出す様に、続きを語っていく。
「で、何日か経った後に落ち着いて、元の生活に順応出来る様になってからは
復讐を忘れようとした。
正樹から放たれた答えは予想とは懸け離れた、意外なものと言えた。
意外そうにする涼子を他所に正樹は言葉を続ける。
「過去は決して戻らないし、変えられない。人はどんな形であれ、どんな方向であれ、前にしか進めない……だから、その時の俺は平和で平穏な世界で面白可笑しくノンビリ生きる事を選んだ。そうすれば、あの時の事を忘れられる。頭の中から消える。そう想い、信じてな……」
そう語った正樹は「だが……」そう前置きすると、自嘲的な笑みを浮かべてシニカルに答えた。
「消えなかった。忘れる事が出来なかった」
其処で言葉を切ると、正樹は煙草を燻らせる。
一拍置く様に煙草を燻らせた正樹は紫煙と共に続きを語る。
「すぅぅ……ふぅぅ……駄目だった。無理だった。忘れようと必死に努力したつもりだが、あの時の事が忘れられなかった。ずっと、頭に焼き付いて離れなかった」
愛する者を喪った時の事が忘れらない。
頭に焼き付いた喪失の時が、片時も頭から離れない。
そう答えた正樹に涼子は何も言えなかった。
涼子が沈黙と共に続きを促す。
正樹は「それにな……」と、前置きしてから続きを語った。
「そりゃ当然だよな。
復讐を選んだ理由を語った時の正樹の何処か泣きそうにも思えた。
だが、正樹はそんな表情から一変させて自嘲し、皮肉った。
「しっかし、滑稽だよな……テロリストとして散々酷い事を沢山して、他人の愛する者達を奪い続けて来たクソ野郎が自分の番になったらこうして無様に苦しんでるってのはよ……マジで笑えるだろ?」
笑うか?
笑わないか?
ソレは別にしても、どんな人物であろうとも愛する者を無残に奪われた事への哀しみや痛みは、誰にでも強烈に襲い掛かる。
確かに人はどんな形であれ、時間の長短に限らず、必ず絶対に死ぬ。
しかし、死ぬにしても納得のいく形。
病死等の自然死や、純粋な……人為的な思惑とか抜きにした不幸な出来事としての事故。
そうした納得のいく形の死ならば、愛する者を喪ってしまった残された者は時間の長短が有ろうど、区切りを付ける事が出来る……筈だ。
だが、そうじゃないならば……
正樹の様に狂う事になるのだろう。
「マジで笑えるだろ?なぁ?笑えよ」
自嘲的に語り掛ける正樹に涼子はハッキリと否定した。
「悪趣味過ぎて笑えないわよ」
睨み付けながら否定すれば、正樹は何時もの仮面を被り直して謝罪して来た。
「…………悪かった。すまね」
謝罪する正樹に対し、涼子も謝罪する。
「謝るべきなのは私の方よ。余計な事を聴いてしまって御免なさい」
心の素から申し訳無さそうにする涼子に正樹は平然と返した。
「気にしなくて良い。お陰でスッキリした」
実際、正樹は誰にも語れなかった胸中を吐き出す事が出来てスッキリしていた。
流石に両親や喧嘩別れした
それ故、涼子と言う他者に吐き出す事が出来たのは正樹にとっては僥倖と言えた。
胸中のモノを吐き出してスッキリした正樹は咥え煙草になると、再び資料を手に取って情報の確認を始める。
資料を読み終えると、正樹は煙草を燻らせながら涼子に告げる。
「改めて言うと、キマイラ派の方は混乱してガッタガタ。何せ、陣頭指揮を取っていたルーって黒人とそのパートナーのアンジーってデカい白人女が死んだからな……来日して残った連中は浮足立った状態と言って良い」
キマイラ派の生命は風前の灯火。
そう告げる正樹に涼子は尋ねる。
「
「そっちに関してはビジネスマン曰く、動きは確認出来てないそうだ。来日する気配も今の所は無いとも言ってる」
老人派とも言える老人の配下たるチャイニーズマフィアの動きは不明。
そう正樹が答えると、涼子は正樹の仮説。
否、予想を尋ねた。
「老人派はどう動くと思う?」
その問いに正樹は少しだけ考える。
煙草を燻らせながら考えた正樹は、仮説とも言える予想を述べた。
「そうだな……あの手のヤクザ連中はトップが殺されたら、殺した相手に報復、復讐を絶対に完遂しようと躍起になる」
「と、言う事は絶対に来日するのは確定と言う訳ね?」
涼子の問いに正樹は紫煙と共に肯定すると、理由も述べていく。
「当然だな……親とも言えるトップを殺られた以上は、殺した相手にキッチリ復讐して死体を晒し、見せしめにしなかったら周りから嘗め腐られる。周りの連中から嘗められたら、商売が出来なくなる。そうなったら、組織として終わりだ」
正樹の言葉が意味する事を察したのか?
涼子は心底ウンザリとした様子で嘆く様にボヤいてしまう。
「そうなると、私は中国のクソも相手始末しなきゃならない訳?ガチで嫌ンなるんだけど……」
「あの手のヤクザ連中は息の根を止めない限り、しつこいぞ」
他人事の様に告げる正樹に涼子は尋ねる。
「貴方はどう対処したの?」
その問いに正樹はアッサリと返した。
「皆殺し」
「皆殺して……そんな簡単じゃないでしょ?」
参考にならない答えに呆れる涼子へ、正樹はアッケラカンに答える。
「情報と装備さえ揃えば、出来なくないぞ」
「本当なの?」
訝しむ涼子に正樹は答える。
「連中の
陽気に答える正樹に涼子は益々呆れてしまった。
「でも、相手はチャイニーズマフィアで、日本には
「有るぞ」
「何処に?」
「八塚会」
正樹から返ってきた思わぬ答えに涼子は首を傾げてしまう。
そんな涼子に正樹は説明する。
「老人派が欲の皮を突っ張らせる底無しの強欲な連中なら、コレをチャンスと判断して組織の掌握に乗り出す」
正樹の言葉に涼子は訝しむ。
「まぁ、ヤクザ者なんてバカな業突く張りだろうけどさ……そんな事する?敵討ちはどうするのよ?」
「ソレはとても大事な優先課題だ。だが、日本と言う巨大な販路を逃がす手は無いと思うぜ?特に崩壊寸前の八塚会と言う巨大なコングロマリットが持つ販路とシノギなら尚更な?」
反社会勢力が上げる年間の収益はおよそ、数千億円にも登る。
勿論、八塚会も年に数千億円の収益を獲ている。
そんな強大で巨大な金のなる木を得られるチャンスが舞い込んで来たら、誰もが群がる。
特に、業突く張りで強欲なヤクザ者達なら尚更だ。
そう指摘する正樹に涼子は益々訝しんでしまう。
「そんな上手く進むの?」
「まぁ、どっちにしろ連中が選りすぐりの精鋭達を近い内に来日させる事は確実だから……なので、その前にキマイラ派を皆殺しにする」
断固たる意志と共に告げる正樹に涼子は少しだけ心強さを覚えると、正樹は涼子に告げる。
「キマイラ派は俺が始末するから、君は家でノンビリ過ごすと良い……あ、捕虜は居るか?」
捕虜は居るのか?
そう確認されると、涼子はハッキリ答えた。
「要らないから殺しといて」
「良かった。生け捕りは面倒臭いからな……殺す方が断然楽だ」
そう返した正樹は、ニッコリと嗤った。
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