魔女の本音


 その日の夜。

 時間にして9時7分。

 アルバイトを終えて帰宅した涼子は風呂と食事を済ませ、自室で過ごしていた。

 そんな涼子は無言のまま、椅子に座って天井を静かに眺め続けて居る。


 私のチンケな自己満足。

 それの為に私は成功報酬の50万円を棒に振った。

 昔の私なら絶対に考えられない事。

 でも、昔は昔。

 今は今。

 今と昔が異なるのは当たり前。

 だから、自己満足の為に50万を棒に振って、あの娘に手を差し伸べた。

 後悔はしていない。

 それに、色々と面倒臭いけど必須な手続きや何やらを全て飼い主に押し付けられるんだったら、50万円の出費なんて安過ぎる。


 涼子が陽子に救いの手を差し伸べたのは、ひとえに自己満足の為であった。

 自他共に認める邪悪そのもの。

 そう呼ばれていた頃では考えられない。

 だが、昔は昔。

 今は今。

 そんな具合に人は良くも悪くも変わる。

 それは涼子も例外じゃなかった。


 さて、私は宣言した以上はロクデナシのクソアマとして振る舞わなければならない。

 だけど、タケさんに言った言葉に嘘は無い。

 九尾の種を直接受け付けられた退魔師の娘。

 例え、それが戯れからの産物だとしても九尾の実の娘。

 そんなサラブレッドである事には変わりない。

 同時に彼女には才能と善良な性根もある。


 陽子を素晴らしい原石。

 それをタケさんと当人に言った。

 そして、それは魔女として見て感じた本心であった。

 そんな涼子は陽子と言う原石に必要なモノが何か?

 ソレも理解していた。


 後は善き師を用意すれば良い。


 ダイヤモンドを始めとした宝石の原石。

 それ等は全て原石と言うだけで高い価値がある。

 だが、原石の価値を更に高めたい。

 そう思うならば、最高の腕を持った職人の手による加工が欠かせない。

 それは人も同様であった。

 才能と言う原石を伸ばす為の職人。

 即ち、善き師が陽子には必要と言えた。

 しかし、涼子は己が師になるべきなのか?

 迷っていた。


 私には千年以上もの人生がある。

 そんな年月で獲た知識と経験。それに技術もある。

 だけど、師としての才があるのか?

 そう問われたら、自信は全く無い。


 確かに涼子は最高の技術と知識を持った魔女だ。

 しかし、指導者としては素晴らしいのか?

 そう問われば、涼子自身は否定するだろう。


 優れた選手が優れた指導者になるとは限らない。

 私も他の連中みたく弟子を取れば良かったわ。


 皆から恐れられ、蛇蝎の如く嫌われる邪悪な魔女に弟子入りを乞う者は早々居ない。

 居ても、邪な企みを持った碌でもない者ばかり。

 そう言う者達は大概、涼子の眼鏡に敵わなかった。

 そして、全て生ける屍体と化した。


 そう言う奴等は殺してからアンデッドにした。

 まぁ、中には検体にして実験に使ったりもしたけど……

 でも、最後は殺してから、死霊術でアンデッドとして蘇らせた。

 勿論、その後でキッチリ二度目の死を与えた。


 アンデッド。

 即ち、ゾンビやグールと言ったホラー映画の定番と言える存在にした。

 何の為に?

 そう問われれば、返って来る悍ましい答えに意味を知る者達は恐れ慄くだろう。


 アンデッドと化した者が二度目の死を迎えた時。

 魂は天国に逝けない。

 勿論、地獄にも逝けない。

 アンデッドは全て無となり、輪廻からも弾かれる。

 救いも安らぎも無い。

 感覚も無い。

 文字通りの虚無。

 それが終わる事無く永遠に続く。


 コレは涼子が向こう異世界で恐れられていた。

 その理由の1つと言えた。

 人々は死後に安らぎを求める。

 だからこそ、それすらも奪い取る涼子が用いる死霊術は禁術として扱われた。

 死後の安らぎすら奪い取り、摂理に反するとして……


 話を戻そう閑話休題


 涼子は天井を眺め、陽子をどう仕上げるか?

 それを考えながらボンヤリと考えていると、スマートフォンが鳴り響いた。

 電話して来たのは新たな登録者となった陽子であった。


 「今晩は。どうしたの?」


 涼子の問いに陽子は、ただ一言だけ答えた。


 「貴女の言った通りになった」


 「そう」


 陽子から自分の予想通りになった。

 そう聴いても、涼子は驚きはしなかった。

 そんな涼子に陽子は言葉を続ける。


 「奴等は貴女の言った通りだったわ。私が生贄に志願すると言えば、他の奴等は私をボロクソに好き放題抜かして来た。その上、ありがたくも思ってない本音を隠さずに私の尊い犠牲を忘れないですって……ふざけるな!!」


 退魔師達に怒りを募らせ、今までの鬱憤を一言に集約させた陽子は自嘲に満ちた言葉を並べていく。


 「お母さんが昔に死んで、私は皆に認められたくて必死に頑張って来た。でも、奴等は認めなかった。その上、私が生贄に志願すると言ったら最初から私を生贄にするとまでほざいた。選別の儀は体面を整える為にやってるだけ。ねぇ……私は生きてちゃいけないのかな?」


 陽子から涙の混じる悲痛過ぎる言葉を聞いた涼子は、静かに淡々と問うた。


 「ねぇ……退魔師達には九尾を殺した者を退魔師達のトップとする。そんな遺言ってあったりしない?」


 「え?何でソレも知ってるの?」


 陽子が驚きと共に肯定すれば、涼子は「やっぱりな」と、嗤った。

 そして、陽子に問う。


 「奴等に今までの鬱憤を晴らす為に復讐したくない?」


 「どう言う事?」


 「単純な話よ。聴いてたら、私もムカついて来た。だから、連中が誰か……厳密には嫌ってる奴に対して必死に御機嫌取りして、ゴマすりして来る姿を見たくない?」


 涼子の策謀に陽子は首を傾げてしまう。

 だが、退魔師達の抱える問題を思い出し、直ぐに確認する様に口にした。


 「退魔師達をエクソシストの配下にするって事?」


 その問いに涼子は否定する。


 「それも良いわ。割とマジで良い案だし……でも、違う」


 「なら、何を考えてるの?」


 陽子の疑問に涼子は答える。


 「簡単よ。九尾の首さえ有れば、連中を奴隷的な立場に出来る」


 そう。

 遠い先祖の遺言には九尾を殺した者を退魔師達の頭とする。

 そう記されている以上。

 九尾の首さえ獲ってしまえば、西洋のエクソシストであろうと。

 半妖の娘であろうと。

 魔女であろうと遺言の効力が発揮される。

 それが意味するのは……

 

 「つまり、貴女が九尾の首を持って生きて帰った瞬間。連中は忌み嫌い、虐め続けた貴女に平伏しなければならなくなる」


 「私に退魔師の頭になれ。そう言うの?」


 「貴女がソレを望むなら。でも、私は違う」


 其処で言葉を切った涼子は陽子に説明する。


 「役立たずなタマナシしか居ない組織であっても、永い期間の間ずっと活動してきた組織っていうのは大概の場合、優れた資金調達システムを必ず有してると言っても良い」


 有名な民間企業や有名な犯罪組織。

 それに有名な反政府テロ組織。

 これ等全てに共通する点がある。

 それは、長い年月の間ずっと活動し続けている点と言っても良い。

 そして、ソレを可能にする為には優れた資金調達システムが必ず存在しなければならない。

 涼子が述べた通りに。


 「私なら今までの虐められた時の賠償も含めた慰謝料を戴いて縁を切って二度と会わない様にする」


 「魔女としてなら?」


 涼子の手慣れた様子から何かを察した陽子から問われると、涼子は正直に答える。


 「勿論、暴力で返すわ。嘗めた奴に唯一やって良いのは殺す事。私なら皆殺しにもするわ。だけど……」


 「だけど?」


 「私としては矛盾するだろうけど、貴女には表の世界で普通に生きて貰いたいと言う気持ちもある。だから、貴女には私の様な邪悪な人間になって貰いたくない気持ちもある」


 「つまり、金で我慢しろ。そう言いたいの?」


 陽子の問いに涼子は肯定する。


 「そうよ。文明社会に於ける生きる為の糧たる金が有れば、貴方は人生をやり直し、本来の人生を歩む事も出来る。幸い、貴方は良い学校に入れる程の学力と日常を暮らしていけるだけの一般常識を持っているからこそ出来る事ね」


 「勿論。その対価として幾らかのお金は貰うけどね」そう涼子が締め括れば、陽子は不安そうに言う。


 「でも、私なんかが普通に生きても良いのかな?」


 今まで周りから無体に。無碍に扱われ続けていたからこそ、陽子は自分が幸せに生きても許されるのか?

 正直言うと、解らなかった。

 そんな不安を露わにする陽子へ涼子はハッキリ告げる。


 「誰にでも幸せを求めて生きる権利がある。例え、そいつが悪党であっても権利が有る事には変わりないわ」


 「え?」


 「だから、貴女は幸せを求めて生きても良いのよ」


 陽子に涼子は優しく述べた。

 そんな優しい言葉を与えてくれた涼子へ、陽子は心の底から感謝する。


 「ありがとう。薬師寺さん」


 「落ち着いたなら、確認するわよ?貴女は私の予想通りになった。そう言ったわね?」


 話を切り替える様に作戦の話をすれば、落ち着きを取り戻した陽子は答える。


 「えぇ、言ったわ。貴女が望んだ通り、私は生贄の儀の当日である土曜日まで自由に行動しても良いと言う事にもなった。アイツ等曰く、私へ与える最後の恩情ですって」


 「なら、明日の予定は空いてるわね?」


 「えぇ、討伐もしなくて良いって事にもなったから好きに動けるわ」


 陽子に予定が無い事を確認すれば、涼子は告げる。


 「明日の放課後。家で着替えを済ませた後、学校のある駅に来て。其処で待っててくれたら、私が迎えに行くわ」


 「解ったわ」


 「その時に貴女の具体的な役目を教える」


 待ち合わせる理由を告げれば、陽子は涼子に告げる。


 「私は永年続くこのバカげた因習に終止符を打って二度と起きない様にしようと思ってた。その為に貴女に助けを求めようと思い、あの時、貴女の誘いに乗った」


 本来の陽子の思惑は陽子自信が述べた通り、自分の父たる九尾を殺して永年続いた因習に幕を下ろしたい。

 その為の助太刀を涼子から得たい。

 コレに尽きた。


 「なるほど。貴女は優しいのね……でも、私が貴女が助力を乞うても断る。そうは思わなかったの?」


 当然の疑問をぶつければ、陽子は正直に答える。


 「思ったわ。私は何て図々しいんだろうって……でも、他に縋る相手も居なかった。だから、駄目で元々って気持ちで当たろうとしたら……」


 陽子が涼子を都合良く利用しようと思った。

 そんな本音を暴露すれば、涼子は平然と返す。


 「でも、貴女の予想に反して私は貴女にとって都合の良い展開にした。安心して。貴女を責める気は毛頭無いわ。私も貴女を好きに利用する。だったら、貴女が私を好きに利用しても問題無いし、寧ろするべきよ」


 「何で平気なの?」


 「あのねぇ……人が持ちつ持たれつで互いに利用し合うのは生きていく上では当たり前の事よ?何なら、リスクを伏せた上でメリットだけを並べ立てて焚き付け、ヤバくなったら梯子を外して捨て駒にするのも珍しくない話。だったら、貴女の様に正直に利用するって話してくれる方が逆に健全だし、信頼関係を結びたいって思わせるわ」


 「だからこそ、私は貴女に手を差し伸べる事にした」そう締め括れば、陽子は感謝の言葉を述べた。


 「ありがとう。本当にありがとう」


 「礼なら要らないわ。私がやりたいからやるだけだし、プランが成功した時にはキッチリとお金も貰うから。じゃ、また明日ね」


 そう言い残して電話を切れば、涼子はスマートフォンを机に放った。

 それから静かに思考を巡らせ、大まかながらに作戦の確認をしていく。


 敗残兵掃討の問題はアイツ魔王が使えるから、アイツに丸投げで良い。

 エクソシストに関しては戦争が起きない為の根回しは出来てる。

 勿論、向こうエクソシストが敵対行動を取って来た時に殺害しても良い。

 その許可もタケさん達と、兄弟ルシファーとミカエルから言質込みで取れている。

 シンプルに皆殺しで良い。

 そんな当初の予定とは大きくかけ離れた形になった。

 だけど、作戦を遂行した後の面倒や作戦決行時の面倒が山積みだったのをクリア出来たのは大きい。

 残る問題は現地の具体的な情報と、あの娘陽子の今後ね。


 狩りの舞台となる現地の情報に関しては、このまま継続的に偵察を続ければ良い。

 その為、一番の問題。

 否、悩みは陽子と言えた。


 「私としては普通の人生を過ごす事を選んで欲しい。でも、私と共に暗い世界を生きる事を選ぼうとする可能性が高い……あの手の愛に飢えた娘は自分を認めてくれた者の身近に寄り添いたがる。その為なら、喜んで真っ当に生きられるチャンスを自ら棄てもする」


 涼子はどんな形であれ、愛の持つ力を知っていた。

 だからこそ、陽子が母親以外で自分を認めてくれた涼子に寄り添いたいが為に真っ当に生きられるチャンスを棄てる。

 そう感じて居た。


 「一応、選択肢は用意する。真っ当に生きる道を選んでくれる事を願って……でも、私と共に来る事を選んでしまったなら、容赦はしない」


 自分が選択肢を与えた時。

 陽子が出すであろう答えは既に察していた。

 その為、タケさんに要求した。

 だが、それでも陽子が真っ当な世界で生きてくれる。

 それを願う事は悪い事じゃない筈だ。

 涼子はままならない現実に対し、少しだけウンザリとした溜息を漏らすのであった。



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