魔女は救いの手を差し伸べる
昼休み。
何時もの様に美嘉と明日香と共に昼食を食べた。
昼食を終えた後。
涼子は2人に図書室で本を読むと告げて別れると、自分を注視する安倍 陽子に念話を送った。
『話があるんなら来なさい』
突然の念話に驚く安倍 陽子。
だが、涼子は気にせず教室を後にする。
廊下を進んで階段を登り、屋上に出た涼子はスマートフォンを手に正樹へメッセージを送った。
内容を端的に言うならば……
退魔師側に協力者を作る。
その協力者は場合によっては自分達の仲間にするかもしれない。
そんな内容のメッセージを送れば、正樹から直ぐに返信が来た。
『指揮官は君だ。君に任せる』
正樹は承諾してくれた。
涼子は正樹が承諾してくれた事に涼子はホッとすると、客人を待った。
客人は直ぐに現れ、涼子に問う。
「薬師寺さん。貴女は何者なの?」
その問いに涼子は答える。
「私は平和と平穏を愛するだけの魔女よ」
魔女。
そのキーワードを聞いた瞬間。
安倍 陽子は身構える。
だが、涼子は気にする事無く言葉を続けた。
「私は貴女を殺す気は無い。それに貴女は私に何かを頼みもうとしている。違うかしら?」
涼子から見透かされる様に言われれば、安倍 陽子は構えを解いて願いを口にする。
「あの夜。私を助けてくれた貴女に助けて欲しいの」
安倍 陽子の願いを聴くと、涼子も問うた。
「それは貴女から感じる妖気と関係がある事かしら?」
「な!?」
驚く安倍 陽子に涼子は言葉を続ける。
「貴女が私に気付いた様に私も貴女に気付いてる。そうは思わない?まぁ、今は関係無いわね」
にこやかに前置きを告げれば、涼子は改めて問う。
「貴女の願いは何かしら?」
「今、ある強大な妖怪の封印が解けかけている。その影響で妖魔達が活発化して、私を始めとした退魔師が活発化した妖魔の対処に奔走している。だから、強い力を持つ貴女にも手を貸して欲しい」
事情とも言える理由を交え、願いの内容が安倍 陽子の口から告げられた。
その願いに涼子は指摘する。
「ねぇ?貴女は強大な妖怪の封印が解けかけている。そう言ったわね?」
「えぇ。言ったわ」
「こうは考えないのかしら?既に封印は解けていて、退魔師達は九尾に尻尾を降る狗と化していると」
涼子の言葉に安倍 陽子は驚き、言葉を失う。
だが、涼子は気にする事無く言葉を続ける。
「貴女が事情を知ってるのか?私には解らないし、どうでも良い事。だけど、毎年この時期に生贄を捧げ続けなければならないのはおかしい話よね?」
遠回しに。否、ストレートに九尾と退魔師の関係を知っている。
そう告げれば、安倍 陽子は問う。
「貴女は何処まで知ってるの?」
「そうねぇ……選択肢が無かったとは言え、本来であれば覚悟を決めて九尾を倒そうとしなかった当時の退魔師達が愚か極まりないタマナシな事と、今の退魔師達がカスな事ぐらいかしら?私が知ってるのは」
遠い過去と今の退魔師を侮辱する涼子であった。
だが、安倍 陽子は激昂しなかった。
寧ろ、素直に認めた。
「貴女の言う通りよ。退魔師は私を含めてカスよ」
「あら?てっきり、怒ると思ったんだけど……何か訳ありみたいね」
予想とは反した反応に涼子は意外そうにする。
同時に其処に安倍 陽子の願いの根幹がある。
そう確信した涼子が問えば、安倍 陽子は語る。
「貴女の言う通り、私には妖怪の血が流れている。それも封印されている筈の九尾の血がね」
其処で言葉を止めた。
涼子は沈黙と共に安倍 陽子へ続きを促した。
「私は確かに血筋的には退魔師の血を継いでいる。今は小さい頃に亡くなった母は九尾の種で私を孕んだ後、お腹の中の私を護る為に家を出た。私を退魔師にしない為に。でも……」
「母は死に、独り残された幼い貴女の身元引受けを退魔師達がやった。そして、貴女は選択肢が無いまま退魔師となった。そんな所かしら?」
「そうよ。それからが私にとって今も続く地獄の始まりだったわ」
その後。
安倍 陽子は己の事を語った。
九尾の血を引く自分は退魔師達から忌み嫌われ、虐められた。
自分が退魔師として認められれば、それが終わると思った。
だが、退魔師として1人前になった後も周りは自分を認める事は無かった。
そんな胸糞悪い内容に涼子は質問する。
「それなのにどうして、貴女は退魔師を続けているのかしら?」
涼子の問いに安倍 陽子は質問で返した。
「薬師寺さん。家族の居ない天涯孤独の子供が生きていく為に何が必要だと思う?」
その問いは答えと言えた。
「なるほど。選択肢が無かった貴女は生きる為に退魔師を続けざる得なかった。幾ら日本でも、未成年の女の子が独りで生き抜くには厳しいものがある」
世知辛い現実と言えた。
だが、それでも安倍 陽子は腐らなかった。
寧ろ……
「だから、私は生き抜く為に努力を続けた。何れ、奴等を見返して認めさせる為に」
折れぬ事無き強い心を持っていた。
そんな安倍 陽子へ涼子は言い難そうにしながら言う。
「悪いけど、貴女のその望みが叶う事は無いわ」
「どうして?」
何故?
そう問われた涼子は淡々と答える。
「貴女は既に察してる筈。でも、認めたくないから目を逸らしてる」
安倍 陽子が内心で無意識に察しているだろう事を指摘した涼子は更に言葉を続ける。
「人間は感情で生きる。そして、異物を忌み嫌う。特に退魔師やエクソシストの様な連中は自分達が滅する存在の血を引く者を断じて仲間として認めない」
魔女として生きたからこそ、涼子は自信を持って告げる。
安倍 陽子の必死で健気な努力は認められる事は無い。
そう断言すると、安倍 陽子は涙を浮かべてしまう。
「そんなの解ってる。解ってるよ……でも、私には他に選べなかった!!」
限界を迎えた様に涙を流して泣く安倍 陽子に涼子は自分らしくない。
そう思いながら手を差し伸べた。
「なら、私の下で働かない?運が良ければ、お金にプラスして住居と保護者も手に入るかもしれないわよ」
「え?」
「貴女が真に望む周りに認められ、自分の安らげる居場所を得たい。その望みを叶える事は魔女の私にも出来ない。だけど、妥協点は用意出来るかもしれない」
涼子の言葉の意味が解らず、安倍 陽子は首を傾げてしまう。
「え?」
だが、涼子は気にする事無く言葉を続ける。
「勘違いしないで。貴女に同情する訳でも、憐れんでる訳でもない。私は貴女の持つ強さと才能に目を付け、貴女を使う為に投資するだけ」
そう告げる涼子の思惑が、安倍 陽子には解らなかった。
「どういう事?」
「カス共の中で腐らせるには勿体無さ過ぎる。カス共が要らないって言うんなら、私が貰っても問題無いわ。勿論、貴女にはしっかりと働いて貰うわよ?タダメシ喰らいは許さないからそのつもりで」
涼子は安倍 陽子を欲する様に言った。
その言葉に安倍 陽子は何故?と疑問を覚えてしまう。
しかし、同時に自分はのの言葉を嬉しく思うのか?解らずに困惑しても居た。
そんな安倍 陽子を他所に涼子はスマートフォンを手に取ると、電話する。
勿論、相手は飼い主の1人とも言えるタケさんだ。
「タケさん?前途有望な新人をリクルートしたいんだけど、私達と同じ給料払ってくれたりしない?」
タケさんが出ると、挨拶や前置きを抜きに涼子は本題を告げた。
「新人?使えるのか?」
「私が隠してる魔力を見破った。それと九尾の血を直接継いでるみたいだから、育て方次第で大きく化けるわよ」
涼子は安倍 陽子をタケさんに売り込んだ。
そんな涼子のセールストークに対し、タケさんは真剣な声色で問う。
「同情や憐れみからか?」
「遣り取りを知ってるなら話が早いわ。私と違って、善良で強い心を持った九尾の血も直接継いでるサラブレッド。そんな滅多に無いレアな存在は調教如何で何れはデカい利益を齎してくれる」
涼子のセールストークにタケさんは折れた。
しかし……
「良いだろう。その代わり、お前に払われる今回の成功報酬は無しだ」
涼子が今回の仕事を成功させた時に支払われる報酬。
50万円と引き換えであった。
だが、涼子は……
「それで良いわ。その代わり、彼女にちゃんとした家。それから、書類上でも構わないから保護者を絶対に用意して……」
躊躇う事無く、タケさんの条件を呑んだ。
「良いだろう。お前さんが成功させたら全部用意してやる事を俺の名に誓って確約してやるし、姉貴にも話は通しておいてやる」
涼子が条件を呑めば、タケさんは快諾する。
「ありがとう御座います」
タケさんに感謝すれば、タケさんは陽気に「気にすんな。お前さんが言う投資って奴だ」と言い残して電話を切った。
涼子は安倍 陽子の居場所を得る事に成功すれば、安倍 陽子に告げる。
「喜んで。今回の面倒が片付いた後、貴女には新居が用意される。勿論、給料も出るわよ」
「え?」
トントン拍子に進む状況に安倍 陽子は訳が解らずに居た。
涼子は困惑し続ける陽子へ更に告げる。
「毎月30万円。仕事を1つ成功させる度に成功報酬として50万円が支払われる」
「どう言う事?」
「私の雇い主に貴女を雇えと売り込んだのよ。で、雇い主は貴女を雇う事にした。今言った給与は貴女へ支払われる給料。後、九尾の件が片付いたら貴女には新居が支給される筈よ」
涼子が陽子に告げると、陽子は困惑しながら問うた。
「何で?」
「何が?」
「何で其処まで私に優しくするの!?意味が解らないわよ!!」
今までの間。
愛を母親からしか与えらなかった。
母親が死に、愛を喪った日。
その頃から愛を与えらずに居た陽子にすれば、赤の他人である自分に此処まで尽くして与える涼子が理解出来なかった。
そんな陽子に涼子は告げる。
「言ったでしょ?前途有望で才能溢れる新人への投資だって……陽子。あ、陽子と呼んで良いかしら?」
「えぇ、呼び捨てでも良いわ」
「確かに陽子の語った言葉に思う所が無い訳じゃない。だけど、断じて同情する訳でも無ければ、憐れんでる訳でもない。さっきも言った様に私は陽子の持つ強さと才能に目を付け、陽子から得られる実益の為に投資する事を選んだ」
自分の名前を呼ぶのを交えながら堂々と自分を利用する。
そう宣言する涼子を陽子は心の何処かで軽蔑してしまう。
だが、同時に自分を必要として求めてくれる。
そんな熱弁とも言える涼子の言葉を嬉しく思っても居た。
それは陽子にとって、母親が死んで以来。
初めての気持ちと言えた。
だからこそ……
「私は何をすれば良いの?」
無意識に涼子の求めに応じようと思った。
涼子は陽子に問う。
「貴女は私が九尾を殺す。その為に貴女を利用すると言ったら、私を信用するかしら?」
突然の唐突な問いと言えた。
涼子の問いに陽子は一瞬だけ戸惑い、躊躇った。
だが、直ぐに己を差し出した。
「私は何をすれば良いの?」
陽子が自分を信用するかの様に問えば、涼子は要求する。
「貴女には生贄に志願して貰いたい」
それは退魔師にすれば「死ね」そう命じられたも同然の要求であった。
だが、陽子は……
「良いわ。志願すれば良いのね?」
躊躇う事無く涼子の要求を呑んだ。
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