魔を宿す退魔師は気付き、魔女はそれすら利用せんと画策する

消すな 魔を宿す退魔師は気付き、魔女はそれすら利用せんと画策する


 翌日の火曜日を迎えて平和で平穏な日常を象徴する学校に通学した後の朝。

 涼子がチョーカーと腕輪をしていない事に気付いた美嘉が尋ねて来た。


 「あれ?ヤクちゃんチョーカーと腕輪はどうしたの?」


 美嘉の問いに涼子は日常の仮面とも言える穏やかな表情と共に答える。


 「偶には外してみるのも良いかなって思ったのよ」


 「つまり気分で外してるって事?」


 「そう言う事ね」


 涼子の答えに美嘉は「ふーん」と興味が失せたように納得すると次の話題を振って来た。


 「そう言えば最近は通り魔事件が発生してないけど犯人捕まったのかな?」


 美嘉の疑問の答えを知る涼子はポーカーフェイスと共に尋ねる。


 「どうしてそう思うの?」

 

 「ここ何日か事件が起きてないみたいだからさ……もう事件が起きないんなら早く部活再開しても良いのにね」


 何時もの日常に戻って欲しい。そう心から願う美嘉に涼子は冗談交じりに真実の一部を口にする。


 「犯人、もしかしたら誰かに殺されてたりしてね」


 流石に現実的に考えれば絶対に有り得ない涼子の冗談に美嘉は呆れ混じり笑って返す。


 「前にヤクちゃんから勧められた現金輸送車の警備員に扮したステイサムの映画じゃないんだからさぁ……襲われた人達の中にヤバいパパを持つ人が居て、人知れずに犯人が復讐されるって言うのは無いってば」


 涼子の冗談にも似た真実に美嘉は鼻で笑って呆れてしまう。

 しかし、実際は美嘉の言葉とは少しばかり異なるが、美嘉を呆れされた張本人でもある涼子が犯人達を皆殺しにしたのが誰も知らぬ真相と言えた。

 まさに事実は小説より奇なりとは良く言ったものと言えるだろう。

 そんな遣り取りの後。

 美嘉が涼子へ前置きに大きな好奇心を載せた上で尋ねて来た。


 「昨日は聞けなかったんだけどさ……一昨日の日曜の昼にモールのフードコートで一緒にイケメンなお兄さんとヤクちゃん仲良さそうにお昼食べてたっぽかったけど、デート?デートすか?デートなんですか?お姉さん?」


 一昨日の日曜日。

 正樹とのファーストコンタクトを果たした時の事を美嘉から愉快そうに聞かれた涼子は「一昨日の日曜?」と首を傾げて思い出そうと考える。それから直ぐに「あぁ……あの時ね」と今まで忘れていた事を思い出したかの様に前々から用意していた答えを述べる。


 「デートじゃないわよ。アレはあの人が日曜の昼時で滅茶苦茶混んでて座る所が無くて、私に相席を求めたってだけよ」


 嘘は言ってない。

 だが、真実を語った訳では無い。

 そんな涼子の答えを美嘉は野次馬根性と共に否定した。


 「えー……絶対嘘だぁ。だってヤクちゃん、あのイケメンお兄さん正樹と仲良さそうに話してたし、オマケに食べ終わったら一緒にフードコートから出て仲睦まじく駅に向かってたじゃんかさぁ?」


 あの時の様子を見ていたのだろう。美嘉は涼子の言葉を嘘と断じる。

 そんな美嘉に涼子は美嘉の言葉を一部認めた上で呆れながらもやんわりと否定する。


 「確かに話はしたし、駅にも一緒に向かったわよ?でも、私はそのまま家に向かう電車に乗って帰ったし、相手は反対方向の電車に乗って行ったわ」


 流石に真実は言えない。

 それ故に今回ばかりは嘘を答えざる得なかった涼子は「だからデートじゃないわよ」そう締め括ると、美嘉は「えー」とつまらなさそうにしながらも一応は納得してくれた。

 だが、涼子が共に居たイケメンと言える相手もとい正樹の事が気になっているのか?美嘉は正樹の事を尋ねる。


 「ねぇ、あのイケメンって何処から来たの?それに歳はもしかして私達より上?何か身体も滅茶苦茶鍛えてそうな感じもしたけど?」


 矢継ぎ早に好奇心と共に問うて来る美嘉に辟易とする涼子は呆れ混じりの溜息と共に答えた。


 「ハァァァ……知らないわよ。初めて会った人だし、確かに話はしたけど歳や住所まで聴いてないわよ」


 涼子の答えに心の底からガッカリする美嘉はボヤく様に後悔を口にする。


 「えー。そんなぁ……アレだけのイケメンお兄さんならヤクちゃんガン無視して声掛ければ良かったぁ」


 ガッカリする美嘉に涼子は少しだけ愉快そうにくすりと笑って返す。


 「なら、あの時に声掛ければ良かったじゃないの」


 「だって、ヤクちゃんとお兄さんがデートしてるんだったら、邪魔するのは悪いと思ったんだもん」


 2人の恋路を邪魔してはいけない。

 そう言わんばかりに空気を読んで敢えて声を掛けなかったと宣う美嘉に涼子は心から少しだけ愉快そうに笑うと心の中でこうして他愛のない会話する日常は良いと呟く。


 やっぱ普通の日常って良いわ。

 ここ2、3日の間ずっと碌でもない汚れ仕事に集中してたから余計に尊く感じるわね。

 昔の私から見たら考えられないだろうけどさ。


 邪悪な魔女であった頃の涼子を知る者ならば、傍目から見れば普通の女の子でしかない今の涼子の姿を信じられないだろう。

 それは涼子とパスが繋がる魔王も同様であった。


 『昨日もそうだったけど、傍目から見ると君って普通の平和な世界の女の子なんだね』


 念話で面白そうにする魔王が言うと涼子はしっかりと釘を刺す。


 『他の奴にバラしたら許さないわよ』


 『解ってるよ。それに君のこういう知られていない一面を他の奴に見せるなんてつまらない』


 こんな面白い事を他の奴に教えるより、自分だけのモノにして独りで愉しみたい。

 そう返す魔王に涼子は話題を変える様に仕事の話を振った。


 『趣味悪いわね。で?昨日の狩りはどうだったの?』


 『昨日は静かなものだったよ。増援は送られて来る気配すら無かったしね』


 魔王が手早く一晩で辺り一帯の市内に居た悪い妖怪達を皆殺しにした翌日。

 新たなる敵が現れる事は無かった。

 それは喜ばしい事であるが、油断は未だ出来ないのが現状であった。


 『なら引き続き警戒を続けて。後、アンタの参戦が許可降りたから明日の午後は予定空けといて』


 涼子から義勇兵として作戦に参加する事を制式に認められた事を聞いた魔王はガッツポーズをすると、永年の相棒でもあった涼子に自分の役目を問う。


 『僕は何をすれば良いんだい?』


 『当日に仲間引き連れて舞台となる戦場を包囲して私と仲間が取り零した奴等を始末する。これに尽きるわ』


 涼子から大まかな役目を聞いた魔王は少しだけガッカリした。


 『何だよ。てっきり、この魔法無き世界で千年以上も雌伏の時を過ごし続けて復讐と言う果実を熟成させる様な頭の回る油断ならざる敵と戦えるかと思ったんだけどなぁ』


 そんな魔王に涼子は淡々と告げる。


 『なら、私達が負けて死んだ時にブッ殺せ。その為の後詰めとしての役目も貴方にはあるのよ』


 涼子から2つ目の役目を告げられた魔王は心底愉快に笑った。


 『フフ……アッハハハハハハ!君が負けて死ぬだって?何の冗談だいそれは?幾多の敵を殺し尽くし、果ては神すらも殺した伝説の魔女たる君が?面白い冗談だ』


 最も近くで涼子の行いを見てきた魔王だからこそ言える。

 涼子が負ける姿が見えないと。

 だが、今の涼子は全盛期の10分の1程度しか実力を持っていない。

 それ故に今の自分では勝つ可能性が低いと涼子は答える。


 『今の私は全盛期とは比べ物にならないほどに弱い。だから、正直言って勝てる自信はあんまり無いのよ』


 『エレオノーレじゃないけどさ、だったら全盛期に戻れば良い。君の事だ。万が一に備えて何時でも全盛期に戻れる様な手筈は既に整えてあるんだろ?』


 涼子を深く知るが故に魔王は直ぐ全盛期に戻る事が出来る様にしている。

 そう指摘すれば、涼子は認めた上で渋った。


 『貴方の言う通りよ。私に実行する意思さえあれば直ぐに戻る事は出来る。でも、それをしたら完全に戻れなくなりそうなのよ』


 過去の自分に戻ったら戻れなくなる。

 そんな弱音に魔王は事実を淡々と指摘する。


 『でも、戻らなければ勝てない可能性の方が大いに高いのは事実なんだろ?その上、負けたら君の故郷が酷い事になるのも約束されてるんだろ?』


 魔王の言う通りであった。

 涼子達が九尾に負けて死ねば、日本という国は百鬼夜行に蹂躙されて人間が尽く喰われる。

 九尾の復讐は退魔師だけに留まらず、日本と言う島国に住まう人間達全ても復讐の対象であった。

 それを昨晩の涼子が口に出して纏めた思考から察する魔王が言えば、涼子は迷いを覚えてしまう。


 『確かに負けたら全てが終わる。でも、今戻ったら確実に戦争バカ女がすっ飛んで来るわよね?』


 『うん。間違いなくかっ飛んで来るね。君が本来持つ力を取り戻したって感じ取った瞬間、満面の笑みと共に来るだろうねぇ』


 其処が問題であった。

 今も日本からみて遠い果て先にある最もホットな戦場で高みの見物をしているエレオノーレは涼子が本来の力を取り戻した瞬間、即座にかっ飛んで来るのは目に見えていた。

 それが一番の懸念材料と言えた。

 エレオノーレに頭を悩ませる涼子に魔王は「心配しなくても大丈夫だと思うよ」と告げると更に言葉を続ける。


 『エレオノーレは君が本来の力を取り戻した時に転移でかっ飛んで来る。でも、君は彼女と決闘の期日を決めてない契約を結ぶ事に成功してる。その点を利用すれば流石の彼女も直ぐには手出ししないだろうと思うんだよね』


 魔王が楽観的に言えば、涼子は悩むのを辞めた。


 『来たらその時はその時。最悪戦争バカ女にとって最高の展開になって不愉快極まりないけど、そうなったら不愉快な気分を呑み込んでブチ殺してやる』


 完全に覚悟を決めた涼子を魔王は称賛する。


 『それでこそ君だ。じゃ、僕は朝ごはん食べて来るからまた後でね』


 そう言い残してコンマ零点3秒と言う刹那の間とも言える短時間の念話が終わった。

 涼子は何事も無かったかの様に朝の部活動が終わって教室にやって来た明日香へ美嘉と共に挨拶する。


 「おはようスーちゃん」


 「明日香おはよう」


 2人の友人から朝の挨拶を受けた明日香は挨拶を返した。


 「おはよう。何の話をしてたんだ?」


 流れる様に自然と会話の輪に入る明日香に美嘉は陽気に答える。


 「ヤクちゃんが日曜にイケメンとデートしてたって話ー」


 美嘉から唐突な内容を聞かされた明日香は心底意外そうに涼子を見て思った事をそのまま口にする。


 「ほう?涼子がデートとはな意外だな……で?相手は誰だね?」


 その問いに涼子は答えず、デマを流した美嘉を睨み付けて釘を刺した。


 「ミカぁ?デマ流すの辞めないとブッ飛ばすわよ〜」


 事情を全く知らぬ明日香が2人の遣り取りに首を傾げると涼子は説明する。


 「日曜にモールのフードコートでイケメンから相席をお願いされたのよ。で、それをこのチンチクリンが見てて、デート?って茶化されたのよ」


 大まかに事実を告げれば、明日香は少しだけつまらなさそうにする。


 「何だ。てっきり、涼子に彼氏が出来たのか?と思ったんだがな」


 「無い無い。出会いそのものが無いんだからさぁ……」


 嘘を息をする様に吐く己に気付かない美嘉と明日香に心の内で「ゴメンネ。知らない方が良い事もあるのよ」と謝罪と言い訳をした涼子は然りげ無く視線をクラスメイト兼退魔師である安倍 陽子に視線を向けて観察する。


 疲労具合から見てろくに睡眠取ってないわね。

 オマケに何かダメージも抱えてると見て良い。

 無意識に腹部を押さえてる所を見ると、戦闘中に負傷したんでしょうね。

 だけど外傷は見当たらないから肋骨を骨折したと見るべきか?

 それとも打撲程度か?

 何れにしろ雑魚相手に苦労する様では退魔師達に標的の始末は完全に無理と見て良いわね。


 安倍 陽子の様子から退魔師のレベルを大まかに図った涼子は今の退魔師達では標的である九尾の計画を防ぐ事も含めて倒す事は絶対に出来ない。

 そう判断した。

 すると、涼子の視線に気付いたのか?安倍 陽子が涼子の方を向こうとしてきた。

 だが、涼子は目が合う前に明日香の方を見て「明日香と放課後の部活動は未だ出来ないの?」と尋ねて視線は気の所為と思わせようとする。

 だが、安倍 陽子は何故かジッと真剣に涼子を見据え続けた。

 そんな視線を感じ取った涼子は敢えて気にする事無く美嘉と明日香と和気藹々に話を弾ませていく。

 だが、涼子は気付かない。

 安倍 陽子が自分の隠し持つ強大な力に気付いた事を。


 え?

 何で?

 どういう事?

 何で薬師寺さんから強過ぎる魔を感じるの?


 安倍 陽子は唯一の肉親である母親の死後。

 今の苗字である安倍の性を持つ退魔師の家に引き取られた。

 その後は悲惨だった。

 実質余所者である自分は退魔師達に受け入れられず、更には自分と母親を棄てた父親の事で虐められた。

 その時、皮肉にも父親の事を知る事が出来た。

 父は退魔師達が恐れ慄く大妖怪であるだと言う事を。

 それ故に己の身に半分流れる忌まわしき九尾の血が魔力を巧みに制御して隠す涼子の持つ力を見破らせたのだ。

 そんな安倍 陽子は大いに困惑する。


 今まで調伏して来た妖怪達とは比べ物にならない程の圧倒的な力を感じる。

 それなのに今の今までソレを感じさせなかったのはどうして?

 何で?


 今のクラスになってから今の今までずっと感じなかった強大な魔の力を感じ取ってしまった安倍 陽子の脳内は疑問で埋め尽くされた。

 だが、それでも仮説とも言える予想を立てる事は出来ない訳じゃない。


 私と同じ様に魔を有してるの?


 真っ先に浮かんだのは己と同じ様に妖怪の血を受け継いで居ると言う事であった。

 だが、それから冷静になった安倍 陽子は数日前の事を思い出す。


 それだけじゃない。

 先週の夜に妖魔と戦っていた時に感じた私を助けた謎の攻撃と魔力が


 そう。

 あの時、突然の敵の惨たらしい死に安倍 陽子は大いに困惑しながらも涼子の魔力の波長を覚えて居た。

 寧ろ、忘れる事が出来なかったと言っても良いだろう。

 だからこそ、安倍 陽子は涼子の良心に一縷の望みを掛けて決断を下す。

 そして件の人物とも言える涼子は美嘉と明日香と話しながら己を見詰める安倍 陽子が真剣に悩む姿から色々と察していた。


 あの顔は私に面倒を押し付ける顔ね。

 オマケにカフェオレ半人半魔みたいだから私の隠してる魔力を見破っても居ると見ても良さそうね。

 評価を少しだけ上へ修正。


 涼子はずっと前から安倍 陽子が何かしらの魔を継いだ混ざり物。涼子は混ざり物とは呼ばずにお洒落にカフェオレと呼んでいる存在である事を既に見破っていた。

 だが、異世界では半分人間で半分魔物を初めとして半分人間ではない者達を数多く見ていたが故に差別する事をしなかった。

 それ以前に日常で関わりが無きに等しいが故にどうでも良かったとも言えるが。

 そんな安倍 陽子をどうするべきか?涼子は考える。


 私が巧妙に隠している魔に気付けると言う事は才能があると見て良い。

 余裕があるなら、何十年かぶりに弟子を取ってみるのも悪くない。

 だけど、そうなると私はアルバイトを辞めないといけなくなる。

 アルバイトを辞めたら裏の仕事で獲てる現金収入を誤魔化せなくなる上に、アルバイトしてる善良な女子高生って言う表の顔を棄てないといけなくなる可能性も高いのも否めない。


 安倍 陽子に対して考えていたのは仲間に引き込んだ時、自分の生活にどう影響を及ぼすのか?と言うシミュレーションであった。

 それが意味する事は唯一つに他ならない。


 彼女を

 幸い、彼女は作戦に絡んだお願いを私にしようと思ってる。

 それなら彼女の望みを叶えてあげる方が恩義で縛る事が出来て後々動かしやすくなる。

 正樹には事後承諾になって悪いけど、この方が作戦展開に都合が良い。


 邪悪な魔女として涼子は希望に縋ろうとする安倍 陽子を利用する事を決めると、安倍 陽子が接触を図って来るまで尊き日常を謳歌しながら待つ事にした。

 だが、同時に今は善良な少女であるが故に涼子は……


 でも、私は優しいから作戦が終わった後にどうするのか?選択肢を与えてあげるわ。

 普通の真っ当な光の世界に生きるか?

 私達の居る碌でもない裏の世界で生きるか?

 勿論、私は前者を選んでも怒らない。

 寧ろ、前者を選んで欲しいと思ってるくらいよ。

 だけど、後者を選んだら私は迎え入れる。

 しかし、絶対に容赦しないわ。

 私の為にも、貴女の為にもね。


 作戦が完了した後。

 安倍 陽子へ真っ当な表の世界で普通に生きる選択肢を与える事にしたのであった。


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