ハートロッカーの後に鐘が鳴る


 「さて、何が出るか?見てみますか……」


 戦支度を終えた後。

 そんな呟きと共に本殿の真下に潜り込んだ涼子は園芸用の小さなスコップを手に土を掘り返していく。

 術者の魔力と霊脈から流れる霊気に生気の流れを辿りながら土を何度も掘って穴を深くしていく内に目的の物が露わとなった。


 「……多数の木簡もっかんと錆だらけの鉄棒を周囲にぐるりと針金で厳重に縛着してある素焼きのかめと言うか壺?」


 土を取り除いて穴の中から茶色い緻密な文字が書かれた木簡と錆だらけの刻印がビッチリと打ち込まれた鉄の棒。その2つが交互に多数ビッシリと針金で縛着してある口が厳重に封印された素焼きの糠漬けが作れそうな壺が露わとなると、涼子はその壺の周りの土を地雷を掘り出すかの様に慎重にスコップで退かしていく。

 そうして完全に土を退かした所で涼子は早速壺の鑑定、分析を始めた。


 木簡は霊脈を通じて霊気と生気を吸い上げ、鉄棒は魔力を吸い上げる。そうなると、壺が陰気の原因と見るのが妥当。

 中身は明らかにアレよね?


 「蠱毒こどくか……蠱毒とか穢れその物を神聖な神社に仕込むとか罰当たりも甚だしいわね」


 口が厳重に封印された壺は蠱毒と呼ばれる穢れに満ち溢れた猛毒であった。

 だが、そんな穢れに満ち溢れた猛毒と言える蠱毒の周りに交互にビッシリと縛着された木簡と鉄棒も問題であった。


 「木簡に記された祝詞は血で書かれてるし、鉄棒も鉄棒で血とハラワタに漬け込んでわざと錆だらけにしてると来てる……仕掛けた奴は相当時間を掛けて儀式の準備をしてた訳ね」


 木簡に記された茶色い文字は涼子の見立通り、血で記されていた。

 赤い筈の血文字が茶色く変色しているのは時間を経て変色した為である。

 そんな木簡は解るが、問題は鉄棒の方であった。


 「此処まで血とハラワタで錆だらけにするなんて偏執的過ぎる。でも、穢れを増幅させる為の方法としては最高なのも事実か……」


 未だハラワタに収まる糞便の臭いがする錆だらけの鉄棒も蠱毒ほどではないが、穢れそのものと言えた。

 此処までして穢れに満ち溢れた呪物を仕込んだ"偏執的な誰かさん"が何者なのか?未だ解らない。

 しかし、仕込んだ呪物から"偏執的な誰かさん"のプロファイリングは出来た。


 此処まで穢れに全振りした呪物を作るとか頭おかしい奴ね。

 でも、呪物としては最高級の逸品と言っても良い。こんなの創る執念と技術も含めて一流の術者と判断しても良い。

 同時に自分に対して絶対の自信を持った自信家の完璧主義者と見ても良い。


 "偏執的な誰かさん"のプロファイリングを仕込まれた呪物たる壺から行った涼子は呪物の本格的な分析と鑑定を始める。


 魔術的な罠や警報は仕込まれていない。

 でも、蠱毒の封印を破った瞬間に辺り一帯に壺の中の呪いが一気にブチ撒けられてダーティーボムみたいになるんだったら、私なら……


 其処で思考を一時中断した涼子は確信と共にスコップで壺の下の土を慎重に突いていく。

 すると、程無くしてスコップの先が硬い何かにぶつかった感触が手に伝わった。


 「マジかぁ……ミリヲタしてて良かったわ」


 そうボヤいた涼子はスコップの先に当たった硬い物の正体を知る為に慎重に土を退けていく。

 数分後。硬い物の正体が露わとなった。


 「マジかぁ……コレ米軍のM67じゃん」


 土を退けて現れたのは、まさかの米軍が使用しているM67と呼ばれる破片手榴弾であった。

 M67破片手榴弾の安全ピンは抜けており、壺を退かした瞬間に安全レバーが外れると同時に信管が作動して起爆。爆発と共に壺と解除しようとする者を木っ端微塵に粉砕すると同時に辺りに殺傷性の極めて高い穢れに満ちた呪いをブチ撒けるオカルトやファンタジーバージョンのダーティーボムとも言える悪辣な罠と化していた。

 そんな仕掛けを看破した涼子は冷静に分析を続ける。


 「コレ仕掛けた奴は柔軟な思考も持ったたちの悪い奴でもある訳ね……ん?よく見ると壺自体にも何かある。コレは……はぁ?」


 冷静さを明後日の方向にブン投げて困惑を露わにした涼子は壺そのものをジッと見詰めて分析、鑑定すると解った結果に頭を抱えてしまう。


 「コレが発動したらこの市に全ての人達が死ぬ!!?しかも、別の2箇所にも同じ様な仕掛けがある!!?」


 壺そのものに仕込まれていた魔導的な仕掛けには霊脈の上に立つ者達全てが死に、夥しい数の死者達の魂を此処へと集積する悍ましさ極まりない効果が付与されていた。

 そんな仕掛けが効果を発揮した瞬間。

 どれだけの死者が出るのか?涼子は計算する。


 「3つの市を跨いでるから其れ等全てを合わせたら……100計算になるわね。最悪過ぎて笑える」


 余りにも責任重大な状況に乾いた笑いを浮かべてしまった涼子。

 だが、彼女は同時に仕掛けた者偏執的な誰かさんへの悪戯心を芽生えさせる。


 「コレだけ大掛かりな仕掛けを台無しにしてやったら最高に面白い顔が見れそうね」


 愉悦に満ちた笑み浮かべる涼子はM67破片手榴弾に魔導的にも物理的にも仕掛けがされてない事を確認すれば、慎重かつ大胆にM67破片手榴弾を掴み取った。

 そして、M67破片手榴弾の安全レバーが外れないようにシッカリと握り締める涼子は神社の外に立つタケさんに大声で要求する。


 「タケさん!!ガムテープ!!大至急!!!」


 「ガムテープ?何に使うんだよ!?」


 「良いから早くもってこい!!!」


 大神相手に無礼にも怒鳴り返せば、タケさんはガムテープを捜しにその場を離れた。

 タケさんがガムテープを持って来るまでの間、涼子はM67破片手榴弾を強く握り締め続ける。

 暫くするとタケさんがガムテープを手に戻って来た。


 「おら!持ってきたぞ!!」


 ガムテープを手に神社の下まで潜り込んで来たタケさんに涼子は慎重にM67破片手榴弾を握る手を動かしてタケさんがガムテープを巻ける様にすれば、そのままガムテープを厳重にぐるぐる巻きにさせた。

 そうして、M67破片手榴弾が爆発しないように簡単ながらも安全に処置を済ませれば、涼子は呪物たる壺を取ってタケさんと共に神社の外へと出た。


 「ハァァァ……コレが未だ幾つも有るのかぁ。最悪」


 「で?この穢れに満ちた汚い壺は何だ?」


 「蠱毒ですよ。この蠱毒内に貯蔵された強大な呪いを霊脈を通じて3つの都市に住む全ての人々を呪殺する為の。謂わば、核兵器並に被害を撒き散らかすダーティーボムみたいなもんです」


 「マジか……で?コレで大丈夫なのか?」


 「いいえ。残念ながら未だ安全じゃありません。多分、此処に仕掛けられた全ての呪物を取り除き終えるまで安全とは言えません」


 「じゃ、早い所頼むわ」


 「てな訳で早速次に行きます」


 その1時間後。

 涼子は本殿を除く全ての神社に仕掛けられた呪物を解除し、取り除く事に成功した。

 そして、最後に残る本殿に仕掛けられた呪物を鑑定、分析して本殿に仕掛けられた呪物が3つの市を跨ぐ3箇所の霊脈の要にも仕掛けられた全ての呪物を起動させる為の起爆装置でもある事が解れば、直ぐに解除した。

 こうして、約100万の市民の死を回避した涼子はこの場で取り除いた全ての呪物を纏めると、1つ1つ慎重に解体し始める。


 「取り除けば終わりなんじゃねぇのか?」


 約100万の死を回避出来たにも関わらず、涼子が呪物を解体する事に首を傾げるタケさんが尋ねれば涼子は作業の手を進めながら暢気に答える。


 「折角なので解体して完全に安全化を図ろうと思いまして」


 「本音は何だ?」


 「仕掛けた奴の間抜け面が見たいからです」


 「ブッチャケるなぁ……でも嫌いじゃないぜ」


 そんな和気藹々と遣り取りしながら呪物を解体していく涼子は数分後には全ての呪物を解体し終えた。

 そして、其れ等を境内の中心にこれ見よがしに綺麗に並べれば、仕掛けた者へのメッセージは完成となる。


 「コレでよし。後は仕掛けたバカ野郎が来るのを待つだけですけど……正直言うと、来るのか?怪しいんですよね」


 「どういう事だ?」


 「コレほど迄に良い技術を持った奴のオツムはバカとは言い難いです。もし、危機管理能力をキチンと持っているなら昨晩に私が下っ端を殺した時点で潜伏。同時に状況の掌握が完了するまでは様子見に徹します」


 涼子がプロのロクデナシが取るだろう動きを解説すると、タケさんは益々首を傾げる。


 「そんなら来るんじゃないのか?」


 「その状況の掌握の時点で危険と判断したら30秒フラットで高飛びする可能性の方が高いです。それに大丈夫と判断して此処へ来るにしても全ての呪物が解除されてしまった事に勘付いたらやはり、30秒フラットで高飛びする」


 「なるほどな。船が沈む事に気付いたネズミが逃げ出す様なもんか」


 「まぁ、そんな感じです」


 涼子がタケさんの言葉を肯定すると、タケさんは提案する。


 「なら、一丁賭けないか?俺は来る方に賭ける」


 「良いですよ。私は来ない方に賭けます。因みに賭け金は?」


 「俺はビールと煙草1箱で良いぞ。お前さんは?」


 「私も同じので」


 こうして、賭けが成立すれば魔女と大神は静かに獲物が来るのを手ぐすね引いて待つ。

 その間、退屈凌ぎに2人は会話していた。


 「所で何故、タケさんは下手人が来ると思うんですか?」


 「お前さんが1つ目を取り除いた時、下手人は完璧主義の偏執的な自信家な野郎って分析したろ?」


 「えぇ、しましたよ」


 「そんな奴が計画の最終段階で失敗したなんて地団駄踏んで尻尾巻いて逃げるわけが無ぇ……そう言う奴は大概、自分の完璧な計略を完全に手放しに信じ切って失敗してるたぁ思わねぇもんよ」


 「まぁ、そう言うタイプも居ますね。大概はカモなので簡単に殺れて好きですけど」


 タケさんの言葉に同意すると共に涼子は、そうした自信家は簡単に殺せると言って退ければタケさんは言葉を続ける。


 「で、そう言う奴は裏返せば自分に自信が無いもんだ。それに明日は満月の夜で儀式を決行するには最高の時だ。なら、自分の計画が成功するか?それを確認する為に今夜、人気が無い時を見計らって確認しに来る」


 タケさんの根拠に涼子は理解して納得すると、目から鱗が落ちた様な気分になった。


 「あー、明日の満月の夜が儀式決行の時と考えれば、最終段階実行の為の確認しに来ない訳が無いよなぁ……」


 「つまり、そう言うこった。後で煙草とビール寄越せよ?何なら、現金でも良いぜ?」


 「なら、現金で。流石に未成年の女の子がビールと煙草を買うのはコンプライアンス的に滅茶苦茶不味いんで」


 賭けに負けた事を察した涼子はそう言って項垂れると、トランクから異世界で魔女していた頃のトレードマークであった黒のペストマスクを取り出し、頭全体を覆うようにスッポリと被った。


 「何だそれ?」


 「ペストマスクです。実はこう言うのが造形的に好きなんです。で、顔を隠すのにも都合がとても良いんで愛用してるんです」


 涼子の答えにタケさんは呆れる。


 「良い趣味してんな」


 「ありがとう御座います」


 「褒めてねぇよ」


 ペストマスクを被った涼子は未だ纏っておらぬ黒のローブを身に纏ってフードを被った。

 そうして魔女としての姿となった涼子はブローニングハイパワーをホルスターから抜き取ると、トランクから取り出した黒くて太い筒を取り出してブローニングハイパワーのネジが切られた銃身に取り付け始めた。


 「何だその筒?」


 「サプレッサーです。銃声を少しだけ静かにさせて遠くの人達に解らない様にする効果があります。まぁ、至近距離に居る人達には直ぐバレますけどね」


 キュッキュッとサプレッサーをブローニングハイパワーに取り付けながら答える涼子はブローニングハイパワーを手にしたまま獲物を待った。


 「人の子って相変わらず便利な物を作るもんだな……」


 それから暫くすると、夕日が沈んで夜となるとタケさんは「銃声が派手に響いても通報されねぇようにしとくから安心して思う存分に暴れろ」そう言い残して消えた。

 そして、独り残された涼子の前にタケさんの目論見通り、獲物達がノコノコと姿を見せた。


 「なっ!!?」


 先頭に立つ白人の男が境内にこれ見よがしに綺麗に並べられた解体された呪物を目の当たりにすると、驚きを露わにする。

 その後ろに立つ背中の曲がった小躯のアジア系の老人も呪物が解体されている事に気付いて困惑し、小躯の老人の隣に立つキツイ性格をしていそうなウルフカットの眼鏡の女も想定外の状況に困惑した。

 そんな彼等の表情に涼子はペストマスクの中で愉悦の笑みを溢すと、3人に語り掛ける。


 「ねぇ?どんな気持ち?自分達の完璧な計画をブチ壊されてどんな気持ち?ねぇ?ねぇ?」


 煽り立て挑発するペストマスクに黒いローブの不審感極まりない女から問われると、3人の形相は憤怒に満ちたものとなり、涼子は益々愉悦と共に更に語り掛ける。


 「こんな糞みたいな呪物を捨駒さんに陽動させている間にシコシコチマチマと地道に仕掛けていたのに全部台無しにされてどんな気持ちなのか?教えてよぉバカなオジサン達とオバサン」


 「何だテメェ?」


 オバサンと言われて額に青筋を浮かべるウルフカットの眼鏡の女に涼子はさらなる挑発で追い打ちを掛ける。


 「きゃーオバサンが怒ったーこわーい」


 「テメェ!!」


 怒鳴り声と共に何かしようとした矢先。先頭に立つカウボーイハットの白人が冷静に手で制止すると、彼は口を開いた。


 「なぁ、ペストマスクのお嬢ちゃん。お前さんがコレをしたのかい?」


 冷静で流暢な日本語と共に問われた涼子は肯定する。


 「そうだよー。良い仕掛け方をしてたけど、簡単に解除出来たよー……オカルトやファンタジー関係しかしてない人だったら直ぐに解除失敗する様な罠もあったけどねー」


 「そうかぁ……結構自信あったんだけどなぁ……自信無くすなぁ」


 カウボーイハットの白人の男が困ってボヤく様に言うと、小躯の老人が口を開いた。


 「ホンマや……あの蠱毒と木簡符は儂が苦労して作り上げたんやで?それを得体の知れん小娘ごときに容易く解除されるとは歳は取りたくないもんや」


 関西弁で頭を抱える老人に涼子はペストマスクの中で真剣な面持ちになると真面目に尋ねる。


 「オジサン達が約100万の無辜の人々を殺して獲ようとしたモノって何なの?」


 その問いにカウボーイハットの白人の男は笑顔を浮かべた。


 「ほう!お嬢ちゃん、アレの仕組みも理解してるのか!?凄いなぁ……計画を台無しにされてムカついてたけど殺すのは辞めだ。なぁ、お嬢ちゃん俺達と一緒に組まないか?お嬢ちゃん程の実力者なら俺は大歓迎だぜ!!」


 本心から満面の笑顔と共に仲間として勧誘するカウボーイハットの白人の男に涼子はハッキリと拒絶する。


 「悪い人達の仲間になんてなるとママに怒られるから嫌です」


 涼子の拒絶にカウボーイハットの白人の男は実に残念そうな表情を浮かべてしまう。


 「そうかぁ……残念だ。実に残念だ」


 「何の為に約100万の人間の生命とその他諸々の生命を引き換えにしてまで得たいモノを教えてくれたら考えても良いかな?」


 「嘘つけぇ。聞いた上でお嬢ちゃんは拒絶するだろ?まぁ、失敗しちまったんだからネタバラシをしても良いな」


 そうカウボーイハットの白人の男が言うと小躯の老人は「止さんかい!!キマイラ!!」と怒鳴って止めようとする。

 だが、キマイラと呼ばれたカウボーイハットの白人の男は気にする事無く絶対的な自信と共に語り出す。


 「目的は単純さ。お嬢ちゃん……俺達4は不老不死を獲ようとしたんだ100万の命を4等分しても25万の生命を元にして不老不死になる予定だった。まぁ、昨日の夜に仲間の1人が不幸にも死んじまって3人になっちまったがな……」


 「あー、あの虎っぽい獣人を操ってた人ね。その人なら私が殺したわよ」


 アッサリと答える涼子にキマイラは残念そうに言う。


 「マジかぁ……じゃあ、もう殺すしかなくなっちまったなぁお嬢ちゃん。まぁ、あのバカは死んでも別に良いんだけどな」


 その言葉と共に小躯の老人とウルフカットの眼鏡の女が飛び出した。

 すると、涼子はローブの中でブローニングハイパワーを握る右手とは反対の左手に握る薬液の詰まった試験管を飛び出して来た2人の間に投げるのであった。



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