賭けに負けた魔女が『疫病』『紅蓮』と呼ばれたる一端


 涼子から放られた試験管が飛び出した2人の間の地面に落ち、パリンと甲高い音と共に割れる。

 そうして、薬液がブチ撒けられた瞬間。

 2人は突如として喉を押さえ、藻掻き苦しみながら地面に崩れ落ちた。

 2人はジタバタと苦しみにのたうち回る。

 そんな2人の様子からキマイラは即座にハンカチで口元を覆い隠した。

 涼子はペストマスクの中で邪悪な愉悦に満ちた笑みを浮かべると、キマイラに告げる。


 「凄いでしょ?私特製の呪い付きの毒ガスは?」


 その言葉を証明するかの如く、苦悶に満ちた表情と共にのたうち回る2人。

 2人は程無くして全身から血を噴き出しながらピクリとも動かなくなった。

 それは毒と呪いで苦しみ抜いた末の惨たらしい終わり

 そう言っても良かった。

 そんな様子を平然と見ていたキマイラは口元にハンカチを当てたまま、涼子を手放しに称賛する。


 「チャンと冴子がこうもアッサリ殺されるとはなぁ……お嬢ちゃん凄いな」


 称賛された涼子はキマイラにブローニングハイパワーの銃口を向けながら問うた。


 「安心して良いよ。その毒ガスは空気中の水分で時間経過と共に直ぐ無毒化されるからさ……で?どうする?未だ殺る?」


 その問いにキマイラは答えなかった。

 だが、代わりに口元からハンカチを離して好き勝手にボヤキを漏らしていく。


 「お嬢ちゃんの事が益々欲しくなるなぁ……でも、此処で殺さないと俺も死ぬっぽいんだよなぁ」


 そうボヤキを漏らしたキマイラは被っていたカウボーイハットを脱いだ。

 それから、帽子の頭を被せる部分を地面に向けながら涼子に尋ねる。


 「なぁ、君は犬派か?それとも猫派か?」


 「犬も猫も私はどっちも好きよ♡」


 余裕と共にそう返せば、キマイラは「なら、君なら気に入る事間違い無しだ」と告げた。

 すると、帽子から巨大な3つの首を持った犬の怪物が勢いよく飛び出すようにして現れた。


 「コイツは俺のペットのケルベロスだ。コイツは良い子なんだが、困った事に女の柔らかな肉に目がないんだ」


 キマイラがそう言うと同時。

 ケルベロスが地を蹴ってロケットの如く勢いよく飛び出して来た。

 涼子はそんなケルベロスの突撃を紙一重で躱す。

 躱されて前に飛び出して止まったケルベロスの後ろから、ブローニングハイパワーの引き金を2度引いた。

 くぐもった2発の銃声と共にケルベロスの後ろ脚。

 其処の膝裏に命中して、バランスを崩して大きな隙が出来た矢先。

 涼子はケルベロスの背に飛び乗った。

 ベストから飛刀投げナイフを1本引き抜くと、ソレを力強く深々と突き刺した。


 「キャイーン!!?」


 3つの首から可愛らしい悲鳴があがる。

 だが、涼子は容赦無くもう1本の飛刀を抜くと、別の箇所にも深々と突き刺した。

 涼子がケルベロスから飛び降りると、ケルベロスがガクガクと身体を震わせ始める。

 そんなケルベロスを尻目に涼子は優雅に歩みを進めると、ケルベロスは3つの口から大量の泡を吐きながらドサッと地面に崩れ落ちた。

 そして、ピクリとも動かなくなった。


 「投げナイフに毒を仕込むのは紳士淑女の嗜みでしょ?でも、可愛いワンちゃんを殺すのは心が痛むわぁ……」


 挑発する様にキマイラへケルベロスの死を告げれば、キマイラの顔は余裕のあるものから一転。

 一気に真剣な表情となる。


 「テメェ、マジで何者だ?」


 その問いに涼子は敢えて質問で返した。


 「貴方は何者だと思う?」


 涼子の答えにキマイラは苛立ち混じりの怒りを露わにする。

 その怒りをぶつける為、再び帽子からモンスターを召喚した。


 「なら、今度はコイツだ」


 次に現れたのは、巨大な胴体を持った頭が9つある巨大な蛇であった。


 「ヒュドラの猛攻に勝てるか!!?」


 キマイラが挑発する様に言うや、ヒュドラがケルベロスよりも高速で突っ込んで来た。

 ヒュドラは涼子の前に飛び出すと、9つの首が其々異なるタイミングで首を突き出して涼子を喰らわんとする。

 だが、涼子が喰われる事は無かった。


 「とんでもねぇクソアマだな。ヒュドラの猛攻を全て躱すなんてよ……」


 キマイラはヒュドラの9つの頭から繰り出される9つの高速の猛攻。

 それ等全てを躱していく涼子にドン引き。

 そんな涼子は全てを的確なステップを交えた体捌きで躱しながら、M26破片手榴弾を手にした。

 安全ピンを抜いて握り締める涼子は9つの首からの猛攻が延々と続く中。

 9つの内の1つが、丁度良いタイミングで攻撃し来た。

 ソレを躱したと同時。

 その首の口の中へM26破片手榴弾を放り込んだ。

 それから4秒から5秒ほどが経った。

 その瞬間。

 M26破片手榴弾を投げ込まれた首が口内で起爆。

 その頭は項垂れ、ぐったりとして動かなくなった。

 そうして、9つの内の1つを倒した涼子は2個目のM26破片手榴弾を手に取ると、またピンを抜いた。

 それから、次の首の攻撃を躱すと同時。

 その首にM26破片手榴弾を放り込んだ。

 再び口内で爆発が起こる。

 2つ目の頭も1つ目と同じ様に項垂れ、動かなくなった。

 2つの頭を倒した涼子であった。

 だが、涼子は喜ぶ事無くペットマスクの中で飽きて退屈そうな表情を浮かべると、試験管を1本手に取った。


 「もう面倒臭いからさっさと殺そ」


 ポツリと呟いた涼子がタイミングを合わせて3つ目の首の口へ試験管を放り込めば、後ろへ大きく跳んでヒュドラと距離を取る。

 ヒュドラが獲物であり、弟分であるケルベロスの仇を討たんと、再び勢い良く高速で突撃をしようとした。

 だが、突如としてヒュドラが巨大な火柱と化した。


 「な……」


 突然のヒュドラ大炎上にキマイラが大いに困惑する。

 涼子は業火によって勢い良く燃え盛るヒュドラに何が起きたのか?

 未だ困惑し続けるキマイラの膝に向け、ブローニングハイパワーの引き金を引いた。


 「がっ……」


 呻き声と共に右膝を撃ち抜かれたキマイラが地面に跪く。

 すると、涼子は銃口から硝煙立ち昇るブローニングハイパワーの引金をまた引いた。

 くぐもった銃声が響く度にキマイラの左膝、左肩、右肩、右上腕に左上腕が撃ち抜かれていく。

 キマイラは銃創からダラダラと流血させながら完全に動けなくなった。

 涼子は静かに硝煙立ち昇らせるブローニングハイパワーを向けたまま、ペストマスクの中で辟易としながらキマイラの元へと歩み寄る。

 程なくして涼子はキマイラの前に立った。

 そして、硝煙が濃く臭うブローニングハイパワーの銃口をキマイラの眉間へと向ける。


 「悪趣味なクソアマだぜ。嬲り殺しかよ……オマケにそのマスクも最悪だ」


 キマイラは毒づく。

 涼子は沈黙を保ったまま、悪趣味と罵られたペストマスク越しにジッとキマイラの死の恐怖に染まる青い双眸を見詰め続ける。

 ブローニングハイパワーの引き金が引かれた。

 くぐもった銃声と共に夥しい流血で視界が霞むキマイラの眉間が穿たれ、後頭部の射出孔から頭の中身であった物が地面にブチ撒けられる。

 地面に倒れたキマイラは二度と動かなくなった。

 勝者である涼子は敗者の末路とも呼べるキマイラの死体を静かに見下ろす。

 それから、ペストマスクの中でウンザリとした面持ちで溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァァァ…………」


 こうした殺しの日々から抜け出したいが為に何とか日本へと帰った。

 1年と言う短い期間で私は幸いにも真っ当な女の子に戻る事が出来た。

 でも……


 「この夜が最後になれば良い。でも、それは無理な相談なんでしょうね」


 物悲しく誰に言う訳でもなく独り言ちる。

 涼子は今宵が武器を握る最後となる事を祈る。

 だが、同時にこの夜が最悪な日々の始まりにもなる予感を感じていた。

 すると、そんな彼女の背後から拍手が送られた。

 拍手をした者を見ると、其処にはタケさんの姿があった。


 「スゲェなお前さん。使ケルベロスとヒュドラを殺すなんてよ」


 タケさんの言う通り、涼子はこの戦闘の間ずっと魔法は用いていなかった。

 魔法で作った物騒な薬品は使いはしたが……

 そんな涼子にタケさんは更に言葉を続ける。


 「魔法を使わないでコレだけ巧みな戦闘が出来るんなら、魔法を使った本気のお前さんはどれだけのもんなんだ?」


 そう問われた涼子は沈黙で返した。

 無礼な態度とも捉えられる涼子にタケさんは快く告げる。


 「ダンマリか……まぁ、良い。お前さんはお前さんの言葉通り、見事に姉貴と俺の要求を成就させた。対価は何れ支払われるが……俺からもボーナスって奴で俺の名に於いて与えたい。何が良い?」


 涼子は見事に依頼を成し遂げた。

 それ故、涼子に自分からボーナスを与える。

 そう告げるタケさんに対し、涼子は要求するボーナスを告げた。


 「賭けの支払いの免除と二度と私に戦いを挑もうとしない事の確約。この2つだけです」


 戦いをしたくない涼子はハッキリと告げた。

 タケさんは素晴らしき武士もののふとの対決を断念せざる得なかった。

 それを残念そうにしながらも大神として快諾する。


 「そうかぁ……俺も俺の名に於いて与えると明言した以上、確約しねぇと駄目だよな。良いぜ!その対価を認めよう」


 タケさんと言う懸念事項を解決した涼子は燃え盛るヒュドラを見ると、恐る恐る尋ねる。


 「あのー……この燃やしたヒュドラが理由で消防の人達来ませんよね???」


 涼子の意外かつ常識的な問いに呆気に取られたタケさんは笑い出す。

 一頻り笑って満足したタケさんは涼子を安心させる様に告げる。


 「あ?そんな事を心配してたのか?安心しろ。あのクソバカ共が境内に足を踏み入れた時点で狭霧に神宮内が見えない様にさせてるから通報とやらはされねぇよ」


 涼子はタケさんの答えにホッと胸を撫で下ろした。

 それからペストマスクを脱ぐと、今から帰る旨を告げた。


 「なら良かったです。あ、私は着替えたら帰りますね」


 「帰る前にひとっ風呂浴びてけや。お前さん、酷い臭いだぜ?」


 タケさんの言う通り、涼子は酷い臭いをさせていた。

 銃を撃ったが故の硝煙の臭い。

 ヒュドラの頭を2つ爆破したが故の死臭。

 そして、至近距離からキマイラを撃ち殺した時の死臭が涼子にこびり付いていた。

 それ故、涼子は酷い臭いを醸していると言えた。


 「初夏に花火をしたって事で誤魔化せないですかね?」


 「無理だろ?強い死臭までしてっからよ……」


 タケさんの言う通りだった。

 硝煙と酷い死臭を身に帯びたまま人前に出るのはマナーとしても不味い。

 それ故、涼子はタケさんの好意に甘える事にした。


 「じゃあ、お風呂の用意をお願いしてもいいですか?」


 「おう!任せとけ!」


 そう言う事になった。

 だが、その前に刑事コロンボよろしく気になる事を思い出した涼子はタケさんに尋ねる。


 「そう言えば、この惨状の後始末って誰がするんですか?死体とか薬莢、私が解体した呪物をそのままにしておくと流石に不味いと思うんですけど……」


 「あ?その件ならウチで始末するから気にするな。なーに、人の子の言う事件とやらには絶対になんねぇし、お前さんが警察に捕まるなんて事にもならねぇから安心しな」


 「そうですか。因みに彼等キマイラ達はどうするんです?」


 涼子が不遜と不愉快。

 この2つ極まりない所業を犯そうとしたキマイラ率いるバカ3人をどうするのか?尋ねる。 

 その疑問に対し、タケさんは少しだけ不満そうに答えた。


 「お前さんが殺った後に直ぐ火車に連中の魂を問答無用で無間無間地獄に送らせたんだが……まるでタイミングを図った様に妙な横槍が入って来た」


 不穏な内容に涼子が訝しむと、タケさんは話を続ける。


 「己を愛するが如く隣人を愛する事を説く勢力が見計らったかの様にお前さんが始末した直後、姉貴に連中の頭目キマイラの魂の引き渡しを要求してきた」


 「それはおかしな話ですね。まるでずっと連中を監視していたかの様な感じで」


 「してたと見て間違い無いだろうよ。で、この後に自分達の雇った手下てかに連中の死体を回収したい旨も向こうさんは言ってきてな……俺は立会人って言う立場でこうして来た理由なんだが、同時に姉貴から連中の事を探れとも言われてる」


 アッサリと秘匿すべき事を涼子に言うと、その意味を察した涼子は確認する様に問うた。


 「つまり、私に調べろと?」


 「お前さんの方がこう言うの得意だろ?」


 そう言われた涼子は仕方ない。

 そんな想いが込められた溜息を漏らすと、キマイラの死体の前に赴いてしゃがむ。

 自分が射殺したキマイラの死体をその場で漁って、持ち物を全て出して検分していく。


 「スマホに煙草、財布に最新のベレッタM9A3と予備マガジン3本とパスポート……魔術的に目ぼしい物は……」


 其処で言葉を止めた涼子はキマイラの右手に視線が釘付けとなった。

 ジッと視線をキマイラの右手。

 厳密には右の人差し指に収まる金色の大きな指輪に向ける。

 涼子はキマイラの右手を取ると、指輪を更に注意深く見詰めた。


 「連中の確保したいブツは多分、コレです」


 「指輪か?」


 「持ち帰って具体的に調べないと何も言えませんが、多分この指輪が回収したい本命なんじゃないですかね?」


 指輪を注視しながら涼子はそう答えると、ふと違和感に気付いた。


 「アレ?でも、コレ……」


 「おっと!連中の手下が来るぞ!」


 タケさんからの通知に涼子は、慌ててキマイラから剥ぎ取った持ち物を死体に戻していく。

 持ち物を全て死体に戻したと同時。

 死体を回収しに来たであろう者達が境内に姿を見せた。

 涼子はペストマスクとフードを被り直して顔を隠すと、タケさんの後ろに控えて遣り取りを眺めていく。


 「お前さん等が"孝行息子"と"放蕩息子"の遣いか?」


 タケさんの問いにやって来た手下達……チェンとあの2人は答える。


 「はい。この度は不躾な申し出を受け入れて頂きまして誠にありがとう御座います」


 先頭に立つ若い女がそう答えれば、タケさんは面倒臭そうに返す。


 「そんな前置きは良い。さっさと死体と其処のゴミ解体した呪物を持って帰れ」


 タケさんからさっさと持って帰れと言われれば、若い女の後ろに控えていたチェンと白人の男は手にしていたボディバッグ死体袋で3つの死体を詰め込んでいく。

 それから程なくして、神宮の境内に面した駐車場に1台の白塗りのハイエースがやって来た。

 ハイエースの後部に3つの死体と涼子が解体した呪物を納めれば、手下達はタケさんに挨拶してからハイエースで走り去って行った。

 走り去るハイエースを見送ると、タケさんは若い女が此処に居る間。

 ずっと自分を敵意剥き出しで睨み続けて居たのか?

 首を傾げていた涼子に尋ねる。


 「お前さん、あの指輪に何か違和感を感じてたみてぇだが?何があった?」


 「あったと言うよりは事に違和感を感じたっていうのが正しいですね」


 金色の大きな指輪を見た時。

 足りない物があった。

 短い間にそんな違和感に気付いた涼子は言う。


 「多分ですけど、何かしらの宝石ないし魔石が収められていたんだと思うんですが、ソレが指輪の台座部分に無かったんです」


 「つまり、あるべき場所にあるべき物が無かったって言う訳か?」


 「そうなりますね」


 「そうか……ありがとよ。お陰で姉貴からの仕事は果たせた」


 「じゃ、早速なんですがお風呂浴びに行きたいです」


 「おう。悪かったなつまらん事に付き合わせちまって……待ってろ。今、迎えを呼ぶからよ」


 タケさんがスマートフォンを取り出して何処かへ電話すれば、涼子はフードとペストマスクを脱いだ。

 そして、漸く仕事終わりの一息を吐くのであった。



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