戦友からの依頼


 タケさんの計らいで神宮を管理する宮司さんの御家でお風呂を御借りして、戦闘の穢れを落とす事が出来た。

 其処で下着を替え、着てきた服に着替えてから帰り際に「飯代と交通費だ」って、タケさんがぶっきらぼうに3万円と電話番号をくれた。

 そんなタケさんと別れて、家路に着いた私は電車に乗って一駅先で降りた。

 その後。

 私はバイト先が入ってない大きい方のショッピングモールに赴いてサイゼで夕飯を取っている。


 サイゼリア店内は夕飯時もあるのも相まって家族連れやカップル。それに涼子と同年代のティーンエイジャー達等でとても混んでいた。

 そんな混雑する店内の隅にある1人用の席に座る涼子は、小エビのサラダとほうれん草のソテーを独り静かに食べていた。

 数分後。

 小エビのサラダとほうれん草のソテーを食べ終えた。

 涼子はドリンクバーから持ってきたコーラを一口飲むと、店内を静かに見廻していく。

 店内は様々な客達でとても賑わっており、騒々しくもその様子は平和で平穏の証とも言えた。

 そんな光景を目の当たりにした涼子は独り言ちる。


 「明日の夜に此処に居る人達も合わせて100万の人々が死ぬなんて誰も思ってないんだろうな……」


 涼子が仕掛けられた呪物を解除し、キマイラ達を殺さなければ明日の満月の晩。

 彼、彼女等は何が起きたのか?

 知る事も無くバカげた理由で死んで居た。

 そんな自分が得ずして救った人々の営みを眺める涼子は何処か誇らしく想う。

 だが、その反面。

 過去の自分がキマイラと同じ狢であった事に自己嫌悪してしまう。


 あの頃の私は数え切れない人間を殺した最低最悪のクソだった。

 犯した罪を償う事なんて出来ないし、死んだ人達を蘇らせる事も不可能。

 こんな私がのうのうと人生楽しんで良いのかしらね?


 異世界で数え切れない人間達に惨たらしく無惨極まりない死を振り撒いて来た。

 更には非道な実験の検体にもして来た。

 それ以外にも人体実験で悪名高いナチスの連中が裸足で逃げ出す所業も沢山した。

 そんな邪悪の代名詞であった自分が人生を楽しんで居る。

 その事に涼子は何処か間違っているのではないか?

 自己嫌悪と一緒にそうも思って居た。

 しかし、幾ら自問自答した所で解決する訳ではない。

 涼子は考えるのを辞めると、ドリンクバーに赴いてジンジャエールをコップに注いで席に戻った。

 その後はメインが来るまで、ジンジャエールを飲みながらスマートフォンを弄る。


 「うーん……中々、昇級どころか維持範囲までいけないなぁ」


 待っている間にウマ娘プリティーダービーのデイリーの内の3つを終わらせた。

 4つ目に取り掛かっていた涼子は結果が芳しくない事に小さな溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァ……やっぱツキに見放されてるのかしら?」


 ついさっき人を3人も容易く殺した後なんて既に忘れたかの様にゲームで良い結果が出ない事にボヤキを漏らしてしまう。

 そんな涼子であったが、収めた魔導を用いればイカサマは可能であった。

 だが、普通の人間として平和で平穏な生活をしたいのならソレはやってはいけない。

 それを理解している。それに純粋なゲームでイカサマするのは涼子の矜持にも反する。

 それ故、涼子は嘆きにも似たボヤキを漏らす事はあっても、魔法によるイカサマを使用する気は毛頭無かった。

 涼子が4つ目のデイリーを熱心に勤しんで居ると、料理が載ったトレーを手にした店員がやって来た。


 「お待たせしました!ミックスグリルと大ライスになります」


 その言葉と共に注文した品が置かれる。

 涼子はスマートフォンをポケットにしまうと、ナイフとフォークを手に取って早速食べ始める。

 ハンバーグとポップコーンシュリンプ。それに辛味チキンが鉄板に載ったミックスグリル。

 それにプラスしてある白米を黙々と丁寧な手付きで上品に黙々と食べて居ると、自分に近付く慣れ親しんだ気配が現れた。

 その気配の主であるチェンは向かいに座ると、黙々と食事を続ける涼子に前置き代わりの謝罪を告げる。


 「飯食ってる所すまない」


 その前置きに涼子は食べる手を一旦止める。

 それから、コップに半分ほど残るジンジャエールを一口飲んだ。

 そうして、口の中を空にしてから尋ねる。


 「どうしたの?」


 「ウチのお姫様が終始、君へ敵意剥き出しにして睨み続けてた件に関して一応は理由を伝えておこうと思ってな」


 若い女がキマイラ達の死体と涼子が解体した呪物を回収する間。

 ずっと、涼子を敵意を剥き出しにして理由を説明するとチェン。

 そんな彼から言われた涼子は、自分の中で浮かんだ予想を口にする。


 「大方、あの中の誰かさんが彼女にとって大事な人を殺った憎さ極まりない仇。で、その仇とも言える獲物を私に横から掻っ攫われたのが納得がいかずに滅茶苦茶機嫌悪い……そんな所かしら?」


 その予想は図星だった。

 チェンはアッサリと肯定し、具体的に語る。


 「流石だな。その通りだ……幼い頃、彼女はキマイラ達に両親と弟を殺された」


 「それじゃあ、私の事を敵意剥き出しで睨みつけたくもなるわね。自分で幕を引くべき復讐譚が絶対に自分の手で殺したい相手を見ず知らずの他人に殺られるなんて納得出来ない結末迎えたら尚更よ」


 若い女の敵意の理由を納得した涼子にチェンは言う。


 「幸い、君はあのマスクで顔を隠していてくれたから彼女は君とは未だ気付いていない。だが、勘が良いし、頭も回る。だから、ペストマスク=君と知られるのは時間の問題かもしれんがね」


 「そう。なら、キチンと手綱を握っておきなさい。私からは手を出さないけど、向こうがトチ狂って私に牙を剥いたら私は容赦無く叩き潰すわ」


 涼子がキチンと喧嘩を売られたら容赦無く迎え討つ。

 それを明言すれば、チェンは「解ってる。頑張って抑えてみるよ」と返し、若い女の件は終わった。

 それから直ぐに次の話題をチェンが切り出して来る。


 「君の事だから既に気付いて居るんだろう?キマイラの指輪は単なる指輪じゃない事と指輪だけでは意味を成さない事を」


 ストレートに告げるチェンに涼子は興味無さそうに返す。


 「どうでも良いわ。私は成り行きでバカ共を地獄に送って、成り行きで100万の人々を救っただけだから」


 実際、全ては成り行きだ。

 成り行きであっても、涼子が流石に看過出来なかったが故に100万の人間の生命を救った。

 100万の生命を私利私欲から踏み躙ろうとしたバカ3人を地獄に送った。

 ただ、それだけの事。

 だからこそ、その後に続く厄介極まりない厄ネタに対し、涼子は一向に興味を持つ理由も無かった。

 しかし、チェンは涼子のソレを理解した上で敢えて事情を打ち明ける。


 「あの指輪には天使達のトップと悪魔達のトップの兄弟が本気になる程の力が持っていてな……下手したら指輪を巡ってデカい戦争が起きかねない」


 指輪の価値を告げられると、涼子はチェンに問う。


 「で、貴方はどうするつもり?」


 涼子の問いに対し、チェンは正直に自分の考えを答えた。


 「俺としては指輪をこの世から消してやりたい。その際、君に始末を頼みたいとも思ってる」


 「つまり、人助けって事?」


 「人助けさ。勿論、その人助けの対価として相応の金は戴くがね」


 流石はロクデナシの傭兵と言うべきか?

 抜け目が無い。

 そんなチェンの要請に対し、涼子は快諾する。


 「良いわよ。私が危険物を始末してあげる。勿論、タダじゃやらないわよ?」


 魔女も対価を要求する程度に抜け目が無かった。


 「解ってる。ちゃんと君にキチンと対価を払う。先ずはコレを手付として……」


 その言葉と共にチェンは纏っているジャケットの内ポケットから分厚いマニラ封筒を取り出し、涼子の前に差し出す。

 それから自然な動きで涼子の手を両手で握ると、チェンは更に一言告げる。


 「君にしか頼めない」


 チェンに握られた左手に涼子は快諾した。


 「良いわ。望み通り台無しにしてあげる」


 「ありがとう友よ」


 感謝の言葉と共に涼子の左手を手放したチェンに涼子は然りげ無く左手を握りながらポケットに入れ、確認も交えて問うた。


 「貴方の仲間はコレを知ってるの?」


 「2人共、俺の考えに賛同してくれた。勿論、君に任せる点も含めてだ」


 2人の仲間も指輪をこの世から消す事に賛同してくれた事を告げれば、涼子はもう1つの疑問を提示する。


 「指輪はもう1つの物と2つで1つにしなければ効果を発揮しない。それで合ってる?」


 「あぁ、その通りだ。どっちか1つが欠けては本来持つ効果を発揮出来ない」


 「なら、今夜中に始末するけど良いわね?」


 念を押す様に確認すれば、チェンは文句を言う事無く承諾する。


 「是非とも頼む。こんなヤベェ代物は人間の手に有ってはならないし、悪しき者の手に渡るなんて以ての外だ」


 「あら?そんな事言ったら、私なんて悪しき者の筆頭じゃない」


 自嘲と自虐を込めて茶化す様に言えば、チェンはハッキリと答える。


 「確かに君は極悪人だ。だが、同時に素晴らしい善人でもある。そして、君以上に魔道に長けた専門家も居ない」


 チェンの肯定と否定を交えた言葉に対し、涼子はシニカルに笑って答える。


 「善人ならあんな酷い事しないわよ」


 共に異世界で活動していた当時。

 涼子は極悪非道な事をした。

 そんな非道を目の前で見ていたチェンは気にするな。

 そう言わんばかりに返す。


 「アレは君が再三に渡って辞めろと警告したのにバカ共が無視した結果だ。気に病む必要は無い」


 「それが原因で600人の人間を私が殺したとしても?」


 その問いにチェンは当然の如く肯定する。


 「あぁ。そうだ。俺がお前と同じ立場でも引き金を引いて殺ってるし、誰だって同じ結果にするだろうさ」


 チェンの言葉に少しだけ救われた様な気がした。

 涼子はチェンに感謝の言葉を述べた。


 「ありがとうチェンさん」


 「お前さんは優し過ぎる。少しは俺みたいにロクデナシになってみろ。気が楽になるぜ」


 そう告げたチェンは席を立つと「悪いな晩飯の邪魔しちまって」と謝罪を残して立ち去ろうとする。

 だが、途中で踵を返して戻って来た。


 「おっと。忘れる所だった……指輪を狙って人だけじゃない。天使と悪魔も動いてる。もし、尾行されてると気付いたら、神社に駆け込め。それだけで天使と悪魔は手を出さなくなる筈だ」


 「なら、それが人だったら?後、天使と悪魔が神社をガン無視して来たら?」


 「その時は神聖なる神社の主に赦しを乞うてからボコれ。君なら簡単だろ?」


 あっけらかんと言うチェンに涼子は「他人事の様に言わないでくれる?」と、呆れ混じりに返す。

 チェンは「今度は仕事抜きで君と一杯やりたいもんだ。そして、君を巻き込んですまないと思ってる」と、言い残した。

 そして、今度こそ立ち去った。

 独り残された涼子はナイフとフォークを手にすると、冷めたミックスグリルを静かに食べるのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る