交渉
「貴方は私に借りがある。そうおっしゃりました。それは今も変わりませんか?」
電話の相手である悪魔の王にそう問えば、悪魔の王は肯定する。
「あぁ、確かに言った。だが、君は私に
悪魔の王が涼子の面の皮の厚さに嫌味をぶつければ、涼子は気にする事無く淡々と告げる。
「なら、私がこれからする御願いを通してくれれば私と貴方の間に貸し借りは無くなります。それに貴方ほどの方が部下達の前で私に誓った自分の言葉を撤回するのは些か不味いと思いますが?」
嫌味を交えた屁理屈にも似た涼子の要求を通せという言葉に悪魔の王は涼子の理屈を認めて要求を呑む意思を見せた。
「少しばかり不愉快であるが君の言う通りだ。私は王であるからこそ、配下の悪魔達に対して悪魔として契約を護るというルールを護らなければならないのも事実。さて……君の要求は何かね?」
悪魔の王たるルシファーが涼子の要求を呑んで借りを返す意思を見せれば、涼子は要求を告げる。
「貴方の弟さんである天使達の長……ミカエルから日本国内で政治的な思惑から活動するエクソシスト達が帯びている日本国内に於ける政治的な力を得る為の工作を完全凍結させる様にエクソシストのトップに働きかけて戴きたい」
涼子の要求にルシファーは問う。
「それで得られる君の利益は何かね?」
嘘は一切許さない。
そんな意志に満ちた問いに涼子は正直に答える。
「僅かばかりの平和と平穏です」
その言葉にルシファーは笑った。
大笑いだ。
ルシファーは愉快そうに笑い続ける。
暫くして笑うのを辞めたのだろう。
ルシファーは涼子へ更に問い掛ける。
「そんな事の為に君は私との借りをチャラにしようというのかね?悪魔の王たる私を顎で好きに使える権利をこんな事の為に棄てると言うのかね?」
悪魔の王たる己に絶対遵守の命令下せる権利を実質的に放棄する。
そんな涼子へルシファーが興味深そうに問えば、涼子はさも当たり前の様にハッキリと答えた。
「平和と平穏は身近ながらも尊い。だからこそ、私はバチカンの連中が画策している戦争を止めたい。例え、それが仮初めでしかない短い平和と平穏しか獲られないにしても私は戦争を食い止める為なら貴方を好きに出来るたった1度だけの権利を此処で使います」
涼子が自分の覚悟を見せれば、ルシファーは快諾した。
「良いだろう。弟に話を通してバチカンの連中が企てを凍結する様にしてやる。だが、流石に君への借りを返すと言うだけでは私にも体面がある関係上、私達へのリターンが足りない」
勿論、対価を要求した上でだ。
対価を要求するルシファーに涼子はタケさんから確保したカードを早速切った。
「では、そちらが身柄を欲しがってる男を引き渡す。これならどうです?」
涼子がこの交渉の場に出したカードを知れば、ルシファーは歓心と共に敢えて問う。
「私達が身柄を欲しがってる男と来たか。そうなると間違いがあるといけないな……私達が求めている男の名前を言え。ソイツが正解なら弟を上手く説得してやろう」
偉そうに。実際、偉いが。
尊大なルシファーからの問いに涼子はハッキリと正解を答える。
「キマイラ」
「ほう?何故、私達が未だに奴を欲していると思う?あの指輪の脅威は消え、奴に価値が無いと思わないのかね?」
教師が生徒に問題の答えをどう導いたのか?それを問うようにして根拠を問われれば、涼子はタケさんのメッセージに付随されていた情報も交えた上で根拠を述べていく。
「貴方達は例の指輪の脅威が失せたにも関わらず、何故か日本の神々へ再三に渡ってキマイラの引き渡しを要求し続けているのは私も
根拠にプラスして正式にキマイラを引き渡せる様にした件も告げれば、ルシファーは仕方ないと言わんばかりに涼子に確認する。
「ほう。その言葉に嘘偽りが無いとどう証明するのかね?」
どう証明するのか?問われた涼子は淡々と答えた。
「それでしたら
日本の神々のトップ陣に入るビッグネームを出して証明とすれば、ルシファーは涼子に告げる。
「良いだろう。確認が取れ次第、私の名において絶対に弟を説得しようじゃないか」
ルシファーが確認出来次第要求を呑むと宣言すれば、涼子は感謝の言葉を述べた。
「ありがとう御座います。あ、日本国内での妖怪退治は継続する形でお願いしますね♡」
勿論、涼子にも自分にとって都合の良い形で事が済むようにする抜け目なさがあった。
そんな涼子の要求にルシファーは「小娘ごときが俺を良いように使うとはな」と少しだけ苛立ちを見せながらも何処か愉快そうに返した。
それから……
「他にも要求有るんならこの際だ。聴いてやろう」
「サービスと言う奴だ」そう締めくくって涼子へ要求が他にも無いのか?問うルシファーに涼子は当たり前の様に答える。
「それでしたら、連中が画策している大妖怪討伐を
涼子の要求にルシファーは応じた。
「良いだろう。弟には"君達"が画策しているプランに沿った形で要求が実行される様にする事を確約しようじゃないか」
よっしゃ!
言質撮ったぞ!!
「ありがとう御座います」
ルシファーが承諾すれば、涼子は改めて感謝の言葉を述べる。
こうして涼子の要求を呑んで貰う為の交渉はスムーズに終わった。かの様に見えた。
だが、ルシファーは涼子へ依頼して来た。
「これは私個人から君への依頼なんだが、対価は君が望むモノを与える事を確約する。引き受ける気は無いかね?」
依頼内容を言わずに対価だけ提示するルシファーに本能が警鐘として危機を告げれば、涼子は拒否する。
「お断りさせて戴きます。私は平和と平穏を愛する善良な女の子なのでそうした事とは距離を置きたいので」
涼子の距離の姿勢に対し、ルシファーは気にする事無く。否、無視する様にして話を続けた。
「あの指輪はある真っ赤なダイヤモンドとセットでなければ意味を成さない。だが、実際は
突然の内容に涼子は一瞬だけ驚いてしまう。
だが、指輪を破壊する前に解析した時に指輪自体は一種の増幅装置である事を思い出した涼子は渋面を浮かべながら静かに耳を傾け続ける。
「件の赤いダイヤモンドは私も含めた我等悪魔にとって危険な存在とも言える能力を内包している。悪魔が握ればその悪魔が私にとって代わって王となり、過激な天使に渡れば我々を絶滅させ、悪に満ちた人間が手に入れれば我等を操って悪虐の限りを尽くせる。そんな存在なのだよ」
ルシファーから告げられた指輪と対をなす深紅のダイヤモンドの力に涼子は頭痛を覚えてしまう。
「要するに誰の手に渡っても最悪な代物と言う訳ですか」
「そう言う事になるな。さて、コレを知った君はどうするのかな?」
今の涼子が持つ良心に問い掛ける様にルシファーが告げれば、涼子は思わずウンザリとした大きな溜息を漏らしてしまった。
「ハァァァァァ……」
そんな涼子にルシファーは淡々と告げる。
「私は他者に強要させる事は嫌いじゃない。寧ろ、好きな方だ。だが、同時にこうして他者に依頼した時には強要させたくはない矛盾とも言える感情も持ち合わせてもいる。特に気に入った相手に対しては尚更その感情が強い」
「その割には焦りを感じますけどね」
「あぁ、焦ってるさ。件の代物は未だ誰の手にも渡っていないとは言え、何れは時間の経過と共に悪しき者の手に渡るのが目に見えている。だからこそ、邪悪でありながら善良でもある魔女たる君を信用して依頼したいのだよ」
「…………」
ルシファーの身勝手な言葉に涼子は沈黙で返すと、ルシファーは涼子に身勝手な解釈をした。
「その沈黙は私の依頼を受けると見るが?」
その解釈に涼子は吐き捨てる様に返す。
「絶望と共にくたばれ!」
吐き捨てた涼子は電話を切ると、また大きな溜息を漏らしてしまう。
「ハァァァァァ……ほんと最悪」
ウンザリとした様子でボヤく涼子に事情を知らぬ狩りの支度を済ませたばかりの正樹は暢気に他人事の如く尋ねた。
「どうしたん?」
正樹の問いに涼子は答える。
「…………良い知らせと悪い知らせがあるわ」
涼子の勿体ぶった言い方に何かを察した正樹はクイズの解答者の如く言う。
「当ててやろうか?良い知らせは相手の説得が上手くいった。悪い知らせは相手が説得に応じる代わりにクッソ厄介なクソトラブルを押し付けて来た。違うか?」
「えぇ、その通りよ。しかも、私を御指名と来てるわ」
涼子の言葉に正樹は暢気に尋ねた。
「なら、そのクソトラブル解決の為に人材欲しくないか?」
「え?」
正樹の唐突な志願で呆気に取られた涼子に正樹は言葉を続ける。
「天使と悪魔。それに碌でもない糞共が絡んだクソトラブルなんだろ?運が良ければ、俺がブチ殺したい奴と遭遇出来るチャンスが来るかもしれねぇ訳だ。そうなると俺はブチ殺したい奴に出会える可能性を見過ごす訳にもいかねぇ……コレで俺が行かない理由は見当たらなくなったな。それに……」
「それに?」
「君から手付で煙草1カートンと10万。成功報酬でジョン・ウィックが飲んでたブラントンの一番良い奴を請求すれば、俺は俺の獲物が来なくてもタダ働きにならずに済む」
チャッカリ報酬を請求して来る正樹に涼子は呆れながらも平然と死地に飛び込まんとする正樹に心強さを覚えた。
それ故に……
「良いわよ。その対価を払って貴方を雇うわ」
涼子は正樹を相棒として雇う事を選んだ。
だが、それでも……
「でも良いの?下手したら上を怒らせる結果になるかもしれないのよ?」
涼子が心配する様に言えば、正樹は暢気な様子で平然と告げる。
「煙草1カートンと
「…………上を怒らせる結果に終わって酷い結果が来ても私は償えないわよ?」
念を押すように問えば、正樹は鼻で笑って涼子に本心を答えた。
「ふっ……償いなんて償いを求める奴の自己満足にしか過ぎねぇよ。それにな?俺は
自嘲的に答える正樹に涼子は哀しそうに言う。
「貴方の心は未だ向こうに残ったままなのね」
「憐れみなら辞めてくれ。不愉快だ」
不快そうに返せば、涼子は思わず謝罪してしまった。
「御免なさい」
「謝罪も要らねぇよ。俺は俺の納得が出来る理由で戦場で自己満足の為に君を利用するだけの話なんだからよ」
そうハッキリと告げた正樹はキャメルの黄色い箱を手に取ると煙草を1本抜き取って咥えて火を点す。
そして、静かに紫煙と共に煙草を燻らせるのであった。
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