有能なる魔王は愛する魔女を口説こうとする


 全身から漂う硝煙の臭いを洗い流して用意していた別の着替えに着替えた2人は夕方には"犬小屋"を後にして家路に着いた。

 涼子がトランクを手にスムーズに1時間と少し後に地元に帰ってくると、コンビニのチキンを頬張る魔王が改札の向こうで暢気に手を降って来るのが見えた。

 傍から見れば、陽キャとも言える人間にしか見えない彼に涼子は心の中で「相変わらず溶け込むのが得意ね」と歓心しながら魔王と合流すると、魔王に尋ねる。


 「どうして此処が解ったの?」


 「僕と君は契約してるからね。パスが繋がってるの忘れたのかい?」


 魔王の言葉に涼子は「そういえばそうだったわね」と興味無さそうに返すと、魔王は興味深そうに涼子へ報告する様にして尋ねる。


 「果てしない遠くから紅い魔女エレオノーレの気配がしてるんだけど、何か心当たりあるかい?」


 魔王の疑問に涼子は歩きながら答える。


 「多分、この世界の戦場を眺めてるんでしょうね。アイツどうやってか知らないけど、私の術式を手に入れて世界を渡れる様になってるから」


 自分の気になっていた疑問の答えをアッサリと答えられれば、魔王は心配そうな顔をしてしまう。


 「マジ?それは不味くないかい?」


 「不味いわよ。でも、私の聖域を侵さない限りは放置しても問題無いのも事実なのよね」


 自分にとっての平和と平穏を愛する涼子にすれば、日本の外。海を隔てた先にある果てしなき遠くの大地でエレオノーレが問題を起こしても構わなかった。

 それに……


 「奴は私との決着を付ける事が唯一無二の渇望。だからこそ、私はそれを利用して奴に枷を嵌めた」


 「当ててやろうか?彼女に戦場を高みの見物しても手出しはするな。今の自ら弱体化させた君が本来の力を取り戻して決着を付けに行くまでは君に手出しもするなって確約させたんだろ?」


 アッサリと見ていたかの様に見透かす魔王に涼子は肯定する。


 「当たり前じゃない。確かにアイツは戦闘狂で私の持つ称号を欲してる。でも、同時にアイツは性根は高潔で真面目なタイプでもあるからこそ、今の私ではない全力の私と正々堂々戦って首を取りたいという拘りもある。だからこそ、私はそれにつけ入って枷を嵌めさせる事が出来たのよ」


 あの時のエレオノーレに告げた言葉に嘘はない。

 そして、エレオノーレの性格を熟知しているからこそ涼子は己の本心すらも利用した上でエレオノーレを自分にとって都合の良い形で言い包める事が出来たのだ。

 

 「相変わらず君はペテンが得意だね」


 「ペテンじゃないわよ。ただ、私はアイツが欲する言葉を察した上で正直に答えただけ……断じて嘘は吐いてないわよ」


 詐欺師よろしく舌先三寸を見せる涼子に魔王は改めて呆れてしまう。


 「そんなんだから君は色んな連中から嫌われるんだ。で?エレオノーレとは本当に決着を付ける気はあるのかい?」


 その問いに涼子は答える。


 「あるわよ。私としてもアイツとの決着は望む所でもあるしね」


 涼子の言葉は本心からの物であった。

 だが……


 「だけど、それは君が人としての生をこの地で迎えたと判断した後の事だろ?」


 「当たり前じゃない。私は平和と平穏の為に過去を棄てたのよ?それが終わりを向かえるまでは過去に向き合う気は無いわよ」


 自分が人としての生。

 これから過ごすだろう50年から70年の時を経た後に永年の決着が付かぬ闘争をする。

 エレオノーレにすれば不愉快極まりない涼子の条件であった。

 だが、永劫の時を生き続ける魔女であるからこそ先の楽しみとして甘んじて涼子の条件をエレオノーレは呑んでいた。

 それは涼子も承知していた。


 「まぁ、魔女同士の約束は破ったら強烈なペナルティと言わんばかりに報復して来るからね。だからこそ、魔女は魔女同士の契約ともいえる約束は絶対に護る」


 「私は嘘偽りは一切言ってないから問題無いわね」


 「そう言う所が嫌われるんだって」


 悪辣な涼子に魔王は苦笑いと共に呆れると、本題とも言える要件を告げる。


 「狩りの方だけど数は其処まで居なかったよ。それとこの世界での大きな街の事を市って言うんだけ?」


 「えぇ、市って言うわね」


 「暇つぶしがてらにこの市を中心に隣接する他の市も巡って狩り尽くしたから当面は君の言う魔が発生する事は無いよ」


 魔王が涼子の住む市だけでなく、隣接する全ての市も巡って獲物を全て狩り尽くした。

 そんな仕事が早い魔王からの報告に涼子は雇用主としてボーナスを払う事にしたのだろう。財布から1万円札を出すと魔王に差し出す。


 「これはボーナスよ。引き続き夜の警戒お願い」


 「良いよ。それと君が聞きたいだろう僕の私見だけどね、獲物達に統制された様子も指揮官と思わしき存在も無かった。勿論、司令部やアジトの様な所も無かった」


 涼子との付き合いの深い魔王が涼子が知りたがっていた妖怪達の統制の有無と指揮官の存在が無い事を告げれば、涼子は少しだけホッとした。


 「良かったわ。これで指揮官が居る上に統制が取れている連中だったら目も当てられないから」


 「狩り尽くしたばかりの後に補充されたら話は別だけどね」


 魔王の言葉は尤もな意見と言えた。

 それが意味する事を理解する涼子は言う。


 「そうなったらそうなったで敵に司令官的な奴が居て、それだけの増援を送れる手段を有してるって言う事が解るからそれはそれで都合が良いわ」


 「なら、今夜と明日も警戒に当たって来たら全部狩るよ。あ、勿論1匹か2匹は生け捕りにして君風に言うインタビュー拷問はしておくよ」


 ヴィジランテ自警団よろしく今夜と明日の夜も警戒すると共に敵が現れたら一部残して狩り、生け捕りにした残りは拷問して情報を得る旨を魔王が告げれば、涼子は「その方向でお願い」と命令を下す。

 それから、魔王と共に駅を後にしていつもの様に自宅への近道である裏道を歩みながら涼子は魔王が昨晩喚んだ時の装いと同じ事に気付くと、この地に生きる人間達の常識を指摘する。


 「服は毎日着替えなさい」


 「あぁ、此処では誰でもこのチキンの様に服が安価に手に入るから毎日着替えるんだっけね。忘れてたよ」


 文明のレベルが天と地ほどに懸け離れているが故に異世界での常識で居た魔王は涼子から獲た知識を失念していた事にボヤく。

 そんな魔王は「後で着替えるよ」と告げると次の話題を振って来た。


 「君が土曜日の夜とやらに大きな狩りをするみたいだけど、手を貸そうか?」


 まるで友達へ遊びに行くなら一緒に行っても良いかい?と気軽に尋ねる様に助太刀として志願する魔王に涼子は少しだけ考える。


 コイツが来てくれるなら諸々の問題は解決する。

 だけど、狩りの夜にエクソシスト連中がコイツを滅ぼすべき魔と断定して刃を向けて来る可能性が濃厚。

 そうなると穏便に終わらなくなる。

 さて、どうしたものかしらね?


 魔王はエクソシストや退魔師達から見れば見敵必殺の精神で滅ぼすべき魔そのもの。

 その為に魔王が居る事で展開が余計な方向へ拗れる可能性があった。

 だからこそ、最高の戦力である魔王が助太刀を志願してくれる事は大変ありがたかった。

 同時に話が余計な方向に拗れる可能性を避ける為に拒否するべきか?

 涼子は迷ってしまう。

 そんな魔王は涼子へ屁理屈を捏ねてみせた。


 「記憶を読んだ時に君の今の立場を知ったけどさ、君はこの巨大な島の神々に雇われた傭兵なんだろ?なら、君にこうして雇われている僕は君の配下同然。つまり、実質的には僕も巨大な島の神々に仕える存在でもあるわけだよね?」


 魔王の屁理屈に涼子は少しだけ誘惑されてしまう。


 「確かにその通りよ。でも、上は貴方に懐疑的で貴方が問題起こしたら私は貴方を殺さなければならない立場でもあるわ」


 そう魔王が日本国内で問題を起こして神々の怒りを買った時。

 涼子は喚んだ当事者として責任を取る為に魔王を殺さなければならない。その上、神々に於いて武を馳せる武神と戦わなければならない。

 そんな立場である事を涼子が言えば、魔王は問題無いと返した。


 「なら、その契約を君と僕が守れば些細な問題にすらならないじゃん」


 「確かにその通りよ。でも、向こうの気分次第で私と貴方は殺られるわよ?」


 「その時は一緒に神殺しと洒落込もう。例え、それが理由で死ぬにしても君と一緒に討ち死に出来るならそれはそれで良い幕引きだよ」


 暢気ながらも本心から覚悟ガンギマリの言葉をサラッと言ってのける魔王に涼子はボヤく様に言う。


 「私って男運が良いのかしら?どいつもこいつも良い男過ぎるんだけど?」


 未だ少しだけの付き合いにも関わらず正樹は覚悟ガンギマリな良い男。

 魔王も覚悟ガンギマリな良い男。

 無論、邪悪であった自分が人の心を取り戻して邪悪なる魔女から独りの少女に戻れたキッカケとも言える愛した男も最高の男であった。

 そんな良い男達が自分に集まる事に何処か嬉しく思う涼子に魔王はさも当たり前の様に言う。


 「知らないのかい?良い女には良い男が集まるってさ?まぁ、その分クソみたいな奴等が倍以上集まるけどね」


 「初めて聴いたわ」


 「君より長く生き、人間を見続けて来た魔族の僕が言うんだ。間違いない」


 魔王の殺し文句に涼子はくすりと笑ってしまう。


 「貴方って昔から愉快ね」


 「僕は気に入った相手には嘘を付かないし、気に入った相手が笑っている方が好きなんだ」


 にこやかに本心を告げる魔王に涼子は少しだけ心が揺れてしまった。


 「やだ。少しだけ貴方の女になっても良いと思ってる私が居る」


 「ホント?君が僕の后になってくれるんなら何時でも喜んで迎え入れる。本気だよ」


 惚気にも似た遣り取りをする涼子と魔王は傍目から見れば、仲睦まじい歳の差カップルに見えた。

 そんな2人は何時の間にか真面目な仕事の話をそっちのけにして、和気藹々と楽しそうに話を弾ませていく。

 そうして、涼子の家の近くまで来た所で楽しい時間は終わった。


 「じゃ、僕は夜まで適当に時間を潰して狩りに出掛けるよ」


 「えぇ御願いね」


 「あ、助太刀に関しては対価要らないよ。僕からの好意的なサービスだ」


 そう言い残して立ち去る魔王を見送った涼子は尊き日常の己に戻る為の仮面を被ると、自宅へと再び歩みを進める。

 そして、愛する我が家の扉を開けて元気に声を上げるのであった。


 「ただいまー!!」





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