魔女は根回しを画策する


 互いに300発ほど的を撃って試射を終わらせると、2人は"犬小屋"で硝煙が色濃く臭うカラシニコフを分解しながら今回の仕事の件で話をしていた。


 「昨日の夜、偵察ついでに貴方が言うパイの奪い合いとやらを高みの見物したんだけどさ……アイツ等なんなの?動きがバラッバラで統制が無いに等しいんだけど?連中は組織なのよね?指揮系統あるんじゃないの?」


 退魔師達の動きをドローン使い魔を介して高みの見物した涼子は退魔師達の粗末過ぎる動きと展開に対し、心の底から呆れるとカラシニコフの部品を磨きながら正樹は呆れる涼子が抱く疑問に答える為に敢えて問う。


 「連中が生贄選定をしてるのは言ったよな?」


 正樹の問いに涼子は思い出す様に答える。


 「えぇ、聴いたわ。まさか……」


 同時に涼子が何かを察すれば、正樹はその答えを告げる。


 「君が察した通りさ。連中はパイの奪い合いのビリを生贄にするっていうクソみてぇなレースをしてやがる」


 「どう言う事よ?」


 事情を全く知らぬ涼子が問えば、正樹は部品を磨く手を止める事無く答える。


 「俺も詳しい事情を知ってる訳じゃないぞ?ちょっと、連中の端末をハッキングして盗聴やら何やらして解ったってだけだからな?で、その覗いたり盗み聞きして解ったのは連中はずっと昔から祖先が封印したとされる九尾に生贄を捧げ続けているって事だ」


 正樹から聴いた内容に涼子は少しだけ不愉快そうにしながら呆れた。


 「なるほどね。令和の世なのに未だに因習村みたいな事を連中はしてるって訳ね」


 「そういう事。だから、連中は自分の身可愛さにパイの奪い合いを必死にしてるって訳だ……これで自分達の正義も説いてるんだから笑えるよな」


 皮肉屋らしく吐き捨てる正樹に涼子は益々不愉快な気持ちになった。

 それ故に……


 「そんな糞みたいな連中に存在価値なんて有るのかしら?」


 退魔師達を殺したくなった。

 だが、正樹は部品を磨きながら「辞めとけ」と止める。


 「連中がくたばったら、誰が害獣駆除するんだ?俺は嫌だぞ?」


 退魔師達が糞みたいな連中であろうとも、彼等が人間に害を為す妖怪を退治する役目を担ってる以上は皆殺しにした後の事を踏まえれば皆殺しにする事は辞めた方が良いのは明らかであった。

 そんな正樹の正論に涼子が不満そうにすると、正樹は更に続ける。


 「確かに連中が正義を気取るのはムカつく。だが、俺達の生活には無関係な話だ。だから、知ったこっちゃない。違うか?」


 「確かにそうだけど……でも、何かムカつくからブチのめしたい」


 「絶対に辞めろ。面倒が増えるだけだ」


 正樹から窘められた涼子は不愉快な気持ちを一旦呑み込んで不満ながらも退魔師達を殺すのを辞めると、正樹に尋ねる。


 「で?他に私が知っておくべき情報はあるかしら?」


 「バチカンのエクソシスト連中が日本国内での政治力強化の為に退魔師連中に混じって害獣駆除してるのは言ったよな?」


 「えぇ、言ってたわね」


 「その絡みでバチカン本国から派遣されたエクソシストがフリーランスのチームと組んで狩りをしてるのは?」


 正樹からバチカンのエクソシスト達の事を問われた涼子は尋ねる様に答える。


 「退魔師連中と違って統制の取れたウルフパック群狼よろしく妖怪を狩ってる奴等が居たけど……ソイツ等の事であってる?」


 昨夜の高みの見物で退魔師達から見たら異質にも思えた統制の取れたチームがあった。

 そんなチームの事か?そう尋ねれば、正樹は肯定する。


 「あぁ、ソイツ等だ。連中は退魔師連中に横槍入れての妖怪退治をして、結果的にパイの奪い合いを妨害すると同時に退魔師達の存在意義に一石を投じてる訳だが……連中は政治力強化を完全な物とする為に俺達の獲物を狙ってもいる」


 俺達の獲物。即ち、件の標的である九尾を狙って居る。

 正樹からそう言われた涼子が首を傾げると、正樹は説明を続けた。


 「退魔師達が長年倒せない上に生贄まで捧げている九尾を殺れば、退魔師達の存在意義が完全に消え失せる。同時に日本国内と言うホームグラウンドであってもバチカンのエクソシストが我が物顔で好き放題出来る様にもなる」


 九尾をバチカンのエクソシスト達が殺す事に成功した後。起こり得るだろう事を正樹が経験から導き出せば、涼子はそれを補足するように言葉を重ねる。


 「そして、最終的には表の世界であっても日本国内に於いてカトリック教会のショタコンレイパー強姦魔共の影響力も増す事にもなる結果になる訳ね?」


 涼子の補足に正樹は淡々と肯定する。


 「最終的にはそうなるだろうな。退魔師の権威を失墜させてからの政治劇の脚本を考えるならな……」


 「そうなると……私達の狩りに連中が絡む事を念頭に置いて作戦立案しなければならないわね」


 涼子がバチカンのエクソシスト達の事を含めた上で作戦を立案しなければならない。そう告げれば、正樹は元テロリストとしての経験から読み取った自分の仮説を述べる。


 「奴等を皆殺しにする方が良いんだろうが……銃弾で殺ったら流石に退魔師に限らず日本の立場が悪くなる。無論、死体を跡形も無く消しても面倒な事になるのは変わらない。政治的には派遣された連中は死すらも前提とした捨て駒だ。だからこそ、連中が人間の手で殺されれば犯人が誰であろうと退魔師と決めつけた上でプランBと言う具合に。恐らく、九尾に挑んで皆殺しにされた後であろうと関係無くな……」


 正樹の読みは大概の者が聞けば、鼻で笑って「陰謀論だ」とバカにする事請け合いと言えた。

 だが、涼子は正樹の仮説をバカに出来なかった。

 それ故に……


 「どうすれば戦争回避出来るかしら?」


 戦争回避の術を正樹に聴いた。

 すると、正樹は思い付いた可能性を述べる。


 「そうだな……奴等が信奉する神から今やろうとしてるバカを辞めろって直接言われれば、流石に引き下がるんじゃないか?」


 遠回しに自分達では回避の術が無い。

 そう告げた正樹を恨めしそうに見る涼子は諦め悪く自分の手札を脳内で確認する。


 私の手元には何が有る?

 奴等を呪殺して心臓麻痺で殺す手口?

 これは駄目。呪殺っていう時点で都合良く退魔師達が犯人という事にされて戦争に突入しかねない。

 銃弾で殺す?

 これも駄目。連中は退魔師に雇われた殺し屋が殺したと因縁を吹っ掛けて戦争へ持ち込もうとするのが目に見えてる。

 なら、正樹が言うように飼い主である天照大御神を通して連中がバカをしようとしている事を止めさせる?

 でも、天照大御神を始めとした日本の神々は自分の土地に他所の宗教が流れ込んでも気にしない。

 その上、人間同士の殺し合いも彼等にとっては些事に等しいから私達が要請しても拒否する可能性が濃厚と言っても良い。


 物理的に殺しても、魔道的に殺しても、バチカンのカトリック教会は退魔師連中相手に戦争を仕掛ける可能性が濃厚。

 その上、涼子と正樹の飼い主達とも言える日本の神々は人間の死を気にしないばかりか、自分達の両親が産んだ日本という大地に他所から宗教が侵出しても全ては在るが儘にと言わんばかりに興味すら示さない。

 何をしても成功しない。

 そう判断せざる得ない中、涼子は真剣に自分の思考を巡らせていく。


 私の手元には何が有る?

 私の手札は?

 思い出せ。

 私には何がある?


 ここ最近の自分の記憶を辿る涼子は思い出した。


 「"あの人"ならこの件を止められるかもしれない」


 思い出すと共にそう呟いた涼子に正樹は尋ねる。


 「あの人って誰だよ?俺達の飼い主の事を言ってんなら諦めろよ」


 「いいえ。飼い主じゃないわ……強いて言うなら、連中の信奉する神の関係者って言うべきね」


 「その関係者なら止められるって言うのか?てか、関係者って誰だよ???」


 涼子の思惑が読めない上に涼子しか知らぬ関係者とやらが誰なのか?それすらも解らぬ正樹が問えば、涼子は先日とある存在から手渡された名刺を手にして答える。


 「使よ」


 涼子の告げた答えに正樹は首を大きく傾げてしまう。


 「天使長の兄?」


 「天使達を束ねる長には兄が居るのよ。その兄はサタンともルシファーとも呼ばれてるわね」


 涼子から詳しい事を聞けば、正樹は目をカッと開いて驚きを露わにすると共に言葉を失ってしまった。


 「な!?」


 「運が良ければ戦争は回避出来る筈よ」


 少しだけ楽観的に思える涼子の言葉に正樹は敢えて問う。


 「駄目ならどうする?」


 「その時は邪悪な魔女らしく連中を殺るだけよ……あ、貴方は来なくても良いわよ?」


 最後の余計な一言に対し、正樹は不愉快そうに返す。


 「俺はカルト連中が大ッ嫌いなんだ。で、そんなカトリック教会のショタレイプする様な糞な連中に弾をブチ込めるチャンスなんて早々無いのに見過ごせって?ふざけんじゃねぇよバカ女」


 無礼に暴言を交えた上で遠回しに自分も参加すると聞けば、涼子は困惑してしまう。


 「貴方、正気?コレは完全に貴方の聖戦復讐とは無関係なのよ?」


 「生憎と色んな奴から俺は毎回正気を疑われるんだ。で、俺は毎回聞かれる度に俺は頭がおかしいんだ……って返してる」


 「なら、私は貴方を容赦無く遣い潰すわよ?」


 警告も兼ねてそう告げれば、正樹は嗤って承諾する。


 「是非ともそうしてくれ。俺も君を利用するつもりであるからよ♡」


 魔女たる己を利用せんとする目の前の邪悪な笑みを浮かべる復讐者に涼子は溜息と共に答えた。


 「ハァァァ……なら、私の方で上手く行かなかったら一緒に殺しましょう。でも、エクソシストの連中には露払いをして貰うから殺すのは狩りが完了してから。コレだけは守って」


 「当然だな。自分の手を汚すよりは他人に汚して貰うほうが気分は少しだけマシだしな」


 そう言う事になった。

 バチカンのエクソシスト達を最悪皆殺しにする事を決定すると、正樹は涼子に尋ねる。


 「で?現地の情報はどのくらい集まったん?」


 現地の情報は例え小さなモノであろうと、今直ぐにでも欲しかった。

 それ故、正樹は涼子に問うた。

 しかし……


 「集め始めたばかりだから提供出来る情報は未だ皆無よ。水曜日までには纏めるから待って貰えると助かるわ」


 実際、涼子は情報の収集を始めたばかりの段階であった。

 その為、正樹に開示可能な情報を未だ持っていなかった。


 「そうか。急かして悪いな」


 「別に良いわ。実際、情報は常に欲さざる得ない状況だしね」


 「確かにな……当日に狩りをすれば良い任務ではあるものの、上の連中はその際に生じる面倒はどうでもいいってスタンスだ。だが、俺達の様な人間にすれば生死の分かれ目とも言える死活問題だからな」


 下手をすれば自分達に飛び火して酷い状況となる。

 それは平穏で平和な生活が遠退くばかりか、最悪の場合は愛する者達を喪うキッカケともなり得る。

 だからこそ、涼子と正樹は頭を悩ませると共に焦りを見せていた。

 そして、焦りから涼子は……


 「最悪の場合、ローマ法王を締め上げて脅せば良いかしら?」


 突拍子も無いとんでもない事を言ってしまう。

 そして、正樹も焦りから……


 「ローマ法王より、エクソシスト達を統括する枢機卿の方が良いだろうな……」


 そう冷静に言いながらも、焦りで変な事を無意識に返してしまう程であった。

 だが、直ぐに2人は正気に戻ると何事も無かったかの様に最悪の展開に備えて方針を定めていく。


 「私のお願いが聞き入られないなら、にして第三者の仕業に見せ掛けるわよ」


 冷酷な涼子の提案に正樹も過去に積み重ねて来た非道で慣れているが故に承諾する。


 「それしか方法が無いだろうな。目撃者は残すなは悪事の鉄則だしな」


 「じゃ、その前にタケさんに電話入れてある事を承諾して貰うわね」


 そう告げた涼子はタケさんに電話をしようとスマートフォンを取り出すと、見計らったかの様にタケさんからメッセージが来た。

 タケさんから曰く。


 『平和と平穏を愛するお前の和平工作に手を貸してやる。その為にキマイラの魂を引き渡す許可は姉貴から取ってある。お前の思う様にやれ。ケツは俺が持ってやる』


 そんな文面を受け取った涼子は少しだけ微笑むと敢えてタケさんに電話した。

 タケさんが直ぐに出ると、涼子は感謝の言葉を述べる。


 「ありがとう御座いますタケさん」


 「感謝は要らねぇよ」


 素っ気なく返したタケさんに涼子は更に言う。


 「感謝の言葉は早い内に送る方が良いですから」


 「本気で俺に感謝してるんなら、本気のお前さんと一手交えさせろや」


 武を司る神として涼子と言う未知の存在と一戦所望するタケさんに対し、涼子はやんわりとしながらもハッキリ断る。


 「それとコレは別ですよ」


 そんな拒否の意思に対し、タケさんは容赦無く告げる。


 「お前さんにとって第二の故郷と呼べる所からヤベェの喚んだ件でお前さんを問答無用で締めても良いんだぞ?」


 昨晩の召喚を既に掌握していたタケさんに涼子は提案する。


 「なら、私が喚んだ存在がこの地日本国内で粗相を働いてタケさん達に迷惑を被らせた時……私は私を全盛期に戻して、喚んだ相手の首を獲ります。そして、その時にタケさんの胸を借ります」


 提案。

 否、喚んだ魔王がヤラかした時に自らケジメとして始末を付けた上でタケさんが望む闘争に応じる。

 そんな覚悟を涼子が示せばタケさんは満足してくれた。


 「約束だからな?破ったら後悔させてやるからな?覚えとけよ?」


 「えぇ。そちらこそ、この国の中限定でヤラかした時というのを忘れないで下さいね」


 タケさんの念押しに涼子はふてぶてしくもそう返せば、電話は終わる。

 涼子は深呼吸して気分を落ち着かせると、電話している間に涼子が使っていたカラシニコフの整備を終えた正樹に向けて告げる。


 「根回しは多分、成功の方に少しだけ傾いたわよ」


 「そうみたいだな。て事は皆殺しのプランBは必要無いって事か?」


 敢えて深い所へは踏み込もうとはせずに必要な事だけ確認する正樹に涼子は淡々と冷酷に告げる。


 「いいえ。寧ろ、万が一に備えてプランB皆殺しも講じるに決まってるじゃない?」


 何を言ってるの君?そう言わんばかりに告げる涼子に正樹は呆れてしまう。


 「酷い奴だな君は……」


 だが……


 「だからこそ気に入った」


 正樹も悪事を積み重ねて来た悪党であるからこそ、涼子の言葉を大いに気に入っていた。

 それ以前にこうした"ヤマ"を踏むならば……


 「万が一に備えてプランBを講じる方が良いに決まってる。講じないのは救いのない底無しのバカ野郎だけだ」


 犯罪映画に出るプロの犯罪者よろしく言う正樹に涼子は黒い名刺を手にスマートフォンで記された電話番号を打ち込みながら告げる。


 「じゃ、早速穏便なプランAを成功させる為に連絡するわよ」


 「なら俺は狩りの支度しとくから頼むわ」


 暢気に返した正樹が自分の持ってきた荷物の元へと赴くと、涼子はスマートフォンを耳に当てて件の相手と言える悪魔の王が出るのを静かに待つのであった。



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