まさかの依頼(拒否権皆無)


 学校とアルバイト先の最寄り駅から都内へ1駅進んだ先で降りた。

 涼子は改札を潜ると、そのまま歩道を5分ほど進んでいく。

 見えてきたのは、大きな小さな山の上に建つ神宮の大きな石鳥居であった。

 大きな石鳥居の前に立った涼子は、一礼してから境内へと上がる石段を静かに一段ずつ登っていく。

 暫くして2つ目の鳥居を潜って目の前に立つ小さな社まで来た涼子は、御社おやしろの前に赴いた。

 サブバッグを地面にソッと置いて一礼。

 それから財布を取り出し、中から小銭を取って小さな賽銭箱に奉納する。

 その後、一礼して二拍手して天鳥船命と住吉命を祭神とする小さな神社に参拝した。

 参拝が済めば、サブバッグを持って神宮内にある次の神社へ歩みを進めていく。

 次に来たのは須佐之男命を主祭神とし、大己貴神と奇稲田姫命を配祀する神社であった。

 其処でも厳かに真剣な面持ちでサブバッグを置いてから、一礼して賽銭を奉納。

 それから一礼二拍手して参拝すれば、隣に建つ豊受姫大神を祭神として祀る神社へ赴いて同じ様に参拝した。

 この神宮には日本武尊が東征の折にこの地で東国平定の成就を祈願した事が伝えられ、更には当時この地の住民達が日照りに苦しんで居た所を日本武尊が神々に祈雨を念じ、雨を降らせたとも伝えられている。

 そんな由緒正しい歴史に溢れるこの神宮は、地域に於ける膨大な霊脈の中枢とも言えた。

 霊験豊かで膨大な歴史のある広大な神宮内には複数の神社が建てられており、涼子は境内にある全ての神社に参拝すると共に赦しを乞うていく。


 誰かの庭に足を踏み入れて何かしようとするなら、その庭の持ち主に挨拶して赦しを乞うのが筋。

 下手に神を怒らせて良い事なんて1つも無い。

 だったら、こうして御社おやしろに御わす神々に赦しを乞うてからの方が良いに決まってる。


 打算的な思惑はある。

 だが、それが無くとも涼子は神々に対して敬い、頭を下げて真剣に赦しを乞う。

 それが神殿へ来た者の義務であると理解しているが故に。

 最後に天照皇大神を祀る本殿にも参拝した涼子は辺りを見廻していく。

 参拝している間、感じ続けていた境内に広がる陰気とも言える重苦しい空気の出所を捜そうする。

 そんな時だ。

 突如、己の本能が危険過ぎると警鐘を喧しく鳴らしながら「逃げろ!!」と大きな叫びをあげた。


 この気配は!?

 嘘でしょ!!?


 それと同時に全身に強烈な悪寒も感じて居た涼子は、首が千切れん勢いで周囲を見廻す。

 境内にはさっきまで居た参拝客達の姿が何処にも無く、静寂に満ちていた。

 まるで、其処に居るのは涼子ただ独りと言わんばかりだ。

 そんな中、地を擦る様な足音が前から聞こえて来た。

 足音の方を見ると、悪寒が更に強く増すと共に本能が更に警鐘を強く鳴らし続ける。

 そんな恐怖に襲われる涼子を他所に程無くして足音の主が見えて来る。

 足音の主はジーパンに青地に赤い花々があしらわれたアロハシャツとサングラス。それに季節外れのビーチサンダル。

 胡散臭さを感じる風体の妙に体格の良い年輩の黒い髪を短く刈り上げている男であった。


 間違い無い。

 この御仁は絶対に敵に回したら私は確実に死ぬ。


 アロハシャツの男はガクガクブルブルと恐怖に震える涼子の姿を睨め付ける様にして見詰めると、胸ポケットから水色と白の柔らかな紙箱を使い棄ての安物ライターと一緒に取り出しながら口を開いた。


 「よぉ、お嬢ちゃん。こんな所で何してるんだ?」


 そう暢気に問うた男は水色と白の柔らかな紙箱からハイライトと呼ばれる銘柄の煙草を1本抜き取って咥えると、涼子は今の自分の精一杯の勇気を振り絞って告げる。


 「此処は禁煙ですよ」


 涼子の言葉に呆気に取られたのか?

 男は煙草を持つ手を止めると、愉快そうに腹を抱えて爆笑した。


 「ハッハハハハ!!此処は禁煙と来たか!!面白いなお嬢ちゃん!!」


 大いに笑ったアロハシャツの男は煙草を紙箱に戻すと共にライターと一緒にポケットへしまえば、改めて問う。


 「さて、お嬢ちゃん。俺はお前さんが碌でもない魔そのものなのは今年の正月から知ってる訳だが……何の為に此処へ来た?」


 鋭い視線と共に「嘘は許さない」そう含めて問われた涼子は正直に答えた。


 「此処を悪用しようとする連中の企みを台無しにする為に来ました」


 涼子の答えにアロハシャツの男が無言のまま鋭い視線を向けて続きを促せば、涼子は恐怖を押し殺して更に言葉を続ける。


 「誰かが此処を悪用して何かを企んでいます。その証拠に各神社からこの神聖なる神宮にそぐわぬ強い陰気が漂っており、其れ等がこの神宮内に陰気が満ち溢れた原因と思われます」


 その答えにアロハシャツの男は再び問う。


 「つまり、お嬢ちゃんなら何とか出来る。そう言いたいんだな?」


 「お赦し願えるならば、原因となっているであろう物を見つけ出して処理致します」


 ハッキリと勇気を振り絞って言い切れば、アロハシャツの男は涼子を値踏みする様に見詰める。

 一頻り見詰めると、アロハシャツの男は尋ねる。


 「お前さんが此処へは悪事を働く為に来たんじゃないのは解った。寧ろ、その逆の事をする為に来た訳だが……何の為にその逆をしようとする?」


 理由を問われた涼子は嘘偽りを交える事無く正直に答えた。


 「私の平和で平穏な生活の為です」


 そんな涼子の答えにアロハシャツ姿の男は呆れてしまう。


 「こういう時ってよ、普通は"人々の為"とか"正義の為"とかって言うんじゃないのか?」


 呆れるアロハシャツの男に涼子は敢えてバカ正直に答える。


 「目の前に神がおわして問われているのに嘘偽りを申してはソレこそ不敬の極みで。なればこそ、嘘偽り無く本心を答える事がこうして不遜にも神の前に立つ人の子が唯一赦される事ではないでしょうか?」


 「なるほど。嘘偽りを答えるのは不敬の極みだな……後、俺の事は神なんて味気無い呼び方しないで、タケちゃんと呼んでくれよな♡」


 陽気に告げる自らを"タケちゃん"と名乗ったアロハシャツ姿の男の正体を察してしまった涼子は「流石に大神に対してその呼び方は不味いと思いますが?」と渋い顔を浮かべてしまう。

 だが、自称タケちゃんは有無を言わせずに告げる。


 「肝心要の俺がそう呼べって言ってんだ。良いな?」


 「アッハイ」


 目の前に立つタケちゃんと名乗る大神……須佐之男命から言われれば、ソレを守るしかない。

 魔女であってもこればかりは破る事は出来ない。


 「あの、それで……タケさんは私をどうするつもりですか?」


 「タケちゃんで良いって言ったろ?後、そんなに恐がるなよ傷付くぞ?俺達はお前さんが下手人じゃねぇのは。この地とは異なる世界に於いて邪なる存在で、今は善良なる日の本の民なのも


 涼子の全てを知っている。

 そう告げたタケさんに対し、涼子は内心でホッと胸を撫で下ろしながらも問い返す。


 「失礼ですが、答えになっておりません」


 「おう悪い。話が逸れたな。だが、それを答える前に……姉貴ー、この娘に依頼して良いかー?」


 天照皇大神を祀る本殿の方を向いて大声で問えば、本殿の方から男装の麗人とも呼べるワインレッドのスーツに身を包んだ妙齢の女性がやって来た。

 それを見た涼子は直ぐに固まり、思わずボヤいてしまった。


 「嘘でしょ???」


 信じられない者を見る様な涼子の視線を感じたワインレッドの麗人は、柔和な表情と共に恐れ慄く涼子に告げる。


 「安心しろ人の子。確かに貴様は死した後に無間むけん摩訶鉢特摩まかはどまは既に確定している。だが、今は貴様を処する訳では無い」


 ワインレッドの麗人……天照皇大神から告げられた涼子はホッと胸を撫で下ろす。

 そんな涼子をタケさんは意外そうに思いながら好奇心と共に尋ねる。


 「おいおい。地獄確定って姉貴から言われてんのに何でホッとしてるんだ?」


 スーさんから問われた涼子は答える。


 「私の行いは全て知られてるんでしたら、私が死した後に最下層の地獄へ送られるのは残当ですから。それに……」


 「それに?何だよ?」


 「極悪非道を重ね続けて来た邪悪なる魔女が神道に於ける大神が直接殺さない。そう私に確約してくれるんなら御の字ですから……まぁ、その言葉を反故にして殺されても私にはどうする事も出来ないんですけどね」


 涼子が正直にありのまま思ってる事を答えれば、大神達は愉快にゲラゲラと腹を抱えて笑い始めた。

 二柱の大声は一頻り笑った所でピタリと笑うのを辞めると、天照皇大神は弟に告げる。


 「愚弟よ。この娘に依頼しろ」


 「流石姉貴。そうこなくちゃ」


 二柱の大神の遣り取りを見た涼子は尋ねる。


 「依頼とは何でしょうか?」


 その問いにタケさんが答える。


 「なーに簡単な話さ。お前さんはさっき、自分なら企みを阻止出来る……そう自分の口で言ったな?ソレを実行して貰うだけだ」


 タケさんが具体的な依頼内容を告げれば、天照皇大神がその後に続く言葉を告げる。


 「勿論、貴様が成功した暁には貴様が望む対価を支払う事を確約しよう」


 そんな二柱の最も位の高い大神からの依頼に涼子が断れる理由は無かった。


 「謹んで御引受させて戴きます」


 「ほう。望みは言わぬのか?」


 天照皇大神から求める対価は無いのか?そう問われると、涼子は答える。


 「私が望む対価はありません。しかし、強いて挙げるならば私、薬師寺 涼子は今を生きる独りの人間として老いて寿命で死する事です」


 「ほう。不老不死等と言う人の子等が愚かにも求め続ける其れを獲ながら貴様は死を求めるか?」


 天照皇大神から問われた涼子は正直に自分の想いを答える。


 「御存知の通り、私はあの世界で不老不死を獲ました。確かに永遠とも言える生は私に様々なモノを与えてくれました。しかし、同時に幾多のモノも失いもしました。だから、今この時を生きる独りの人間として生き、そして死ぬ。コレだけが私の望みです」


 「なる程な。確かに貴様は不老不死を獲た人ならざる魔である。しかし、魔であった貴様は人に戻ったのも事実……良いだろう。成就させた暁には、その望みを天照皇大神の名において叶えよう」


 涼子の対価要求に対し、天照皇大神が快諾すれば涼子は心の底から感謝して頭を下げた。


 「ありがとう御座います」


 感謝の言葉と共に頭を下げて大神との契約が結ばれれば、タケさんは言う。


 「じゃ、話は決まった事だしよ……お嬢ちゃん、俺といっちょ殺ろうか?」


 「一緒に遊びに行こうぜ」そんなノリで日本に於ける武の最高神たる須佐之男命から一戦交えたい。そうストレートに誘われた涼子は全力で拒否した。


 「絶対に嫌です!!」


 「釣れねぇなぁ……良いじゃねぇか?なぁ、姉貴?」


 弟から水を向けられた姉たる天照皇大神は涼子に助け舟を出してくれた。


 「辞めろ愚弟。その娘は我等の為に一働きするんだぞ?その娘を貴様が殺してどうする?」


 姉から指摘されて一旦は矛を収める弟であったが、それでも引く事無かった。


 「じゃあ、この件が成就した後ならどうよ?ソレなら良いだろ?」


 そんなタケちゃんに涼子はハッキリと拒否する。


 「それでも絶対に嫌です」


 涼子が再び拒否すれば、天照皇大神は弟へ弟の上に立つ主神としてハッキリと命じる。


 「辞めろ。あの娘は対価に人として生きて死ぬ事を望み、私はソレを私の名に於いて受諾した。私が私の名に於いて受諾した以上、貴様が娘と戦うのは絶対にならん」


 天照皇大神の名に於いて依頼成功に対する対価を受諾し、契約が結ばれた。

 契約が結ばれた以上、涼子が依頼を成功させた後は絶対に手出しは厳禁。

 例え、それが弟であっても例外ではない。

 姉から諫言を受けた弟は不満そうにしながらも、渋々と応じざる得ないのも当然と言えるだろう。


 「解ったよ姉貴。あーあ、武と魔を数百年も研鑽し続け、果ては異なる世界とは言えども武士もののふと戦えるって期待したのになぁ……」


 残念そうにするタケさんに涼子は無礼を承知の上でボヤいてしまう。


 「勝てる気しませんってば」


 「そう言いながらお前さん、?」


 タケさんから心を見透かされた涼子は正直に答える。


 「考えましたよ。でも、どれも勝ち目が無いって結論になって考えるの辞めました」


 「ま、俺をどう殺すか?なんて普通の奴は考えすらしねぇんだけどな……けど、もしもだ。俺と殺る気になったら何時でも此処に来いや。喜んで相手してやっから」


 にこやかに誘うタケさんに涼子は改めて拒否を示した。


 「絶対に無いので安心して下さい。後、初詣とか願掛けで参拝しに来たりする事はあっても勘違いしないで下さいね?」


 「そんなのわかってら……姉貴、この娘が自ら望んで俺との一戦を所望したら契約とは無関係だよな?」


 「その場合は知らん。例え、それが理由で死んでも私は契約を破った事にもならん」


 「だから、やりませんってば」


 そんな遣り取りと共にタケさんの誘いを何とか回避する事に成功した涼子は、依頼主たる二柱の大神へ告げる。


 「話は逸れましたが、先ずは仕掛けの位置を確認させて下さい。その後、私が一時帰宅する事をお赦し願いたい」


 「俺は構わねぇよ。姉貴は?」


 「私も構わん」


 依頼主達が涼子の願いを受諾すると、涼子は神宮内に在る各神社を二柱の大神と共に見て廻り始めた。

 結論から言うなら、神宮内に在る全ての神社の御社おやしろの真下から陰気の元と言える気配があった。


 「あー、やっぱりだ」


 そうボヤく涼子にタケさんが尋ねる。


 「やっぱりってなどういう事だ?」


 「神宮内にある全ての御社おやしろを参拝した際、強い陰気の気配を感じたんですよ……で、詳しく見たらやっぱり御社の真下から陰気の原因と思われるモノが仕込まれてました」


 魔女として鑑定した涼子がそう答えると、天照皇大神は尋ねる。


 「それは解ってる。だが、どういう仕組みのモノが仕込まれているのだ?」


 「そうですね。未だ詳しく診てないので何とも言えませんが……診た感じから申しますと、この霊脈の中心とも言える神宮に流れ込む霊気や魔力。それと街に住む人々の生気も吸い上げると共に其れ等を増幅させて溜め込む。そう診て良いと思います」


 詳しくは実際に仕込まれたモノを確認しなければ解らない。

 だが、大まかに診た感じでは周囲の霊脈から霊気や魔力等を余計に吸い上げ、この地にプールして溜め込むと言うのは解った。

 しかし、そうなると何の為に?と言う疑問が残る。


 「貴様なら周囲から吸い上げた力で何をする?」


 天照皇大神から問われた涼子は魔導の専門家として、アナリストの如く説明し始めた。


 「霊気と魔力。それに生気……この3種類の異なる力は実際の所、同じ物なんですよ。元を辿れば生命エネルギーと言っても良い。要は呼び方が異なると言うべきでしょうか?」


 「で?そんな同じエネルギーを集めて、何をするんだ?」


 タケさんが遠回しに「さっさと要点を言え」と急かせば、涼子は答える。


 「極論を言うなら、膨大なエネルギーを利用する。コレに尽きるんですけど……流石に具体的な利用目的は本人達に聞かなければ解りかねます」


 「では、貴様なら何が出来る?」


 「そうですね……有り体に言うなら、


 最初に結論を二柱の大神へ告げた涼子は具体的に何が出来るのか?詳しく挙げていく。


 「この膨大なエネルギーを身に集めて不老不死を叶える事も出来れば、何かしらの願望を叶える願望機を創る事も出来ますし、場合によっては異なる世界へと通ずる門を作り上げる事も可能です」


 涼子の挙げた内容に天照皇大神は確認する様に尋ねる。


 「つまり、犠牲者を出しても構わないと思える程の結果を齎す。そういう訳だな?」


 「そういう事になります。詳しくは実際に仕込まれたモノを見付けて鑑定してみない事には分析は出来ませんがね……他の場所で此処に仕込まれたモノと同じモノが仕込まれていますか?」


 天照皇大神の問いを肯定すると共に質問した涼子にタケさんが代わりに答えた。


 「お前さんの地元にある姉貴を祀る神社と、お前さんの地元の二駅先に在る産土神うぶすながみを祀る神社。その2箇所にも仕掛けられてるのを確認した」


 タケさんの答えた2つの神社。

 この2つはどれも涼子が当たりを付けて居た場所であった。


 「そうなると、実際に確認するまでは確証は獲られませんが多分。否、間違い無くこの神宮にその2か所で集積したエネルギーが流れる様に仕組まれてますね」


 多分。否、確実に神宮へ2箇所で獲たエネルギーが流れ込む様に仕掛けられている。

 そう分析する涼子にタケさんは核心とも言える疑問を尋ねた。


 「なる程な。で、お前さんはどうやって下手人共を釣り上げるんだ?」


 「簡単ですよ。企みを持ってる奴等の企みを台無しにする。たったコレだけです」


 タケさんに答える涼子の表情は悪戯を仕掛けようとする悪ガキのようであった。




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