思わぬ再会


 翌日の涼子の学校生活はいつもと変わらぬ平和で平穏に満ちた日常であった。

 早朝に日課のトレーニングをして家に帰って朝シャワー。それから朝食を食べて制服に着替えて通学。

 通学した学校ではいつもの様に美嘉や明日香と言ったイツメンと歓談しつつも優等生として振る舞いながら放課後を迎えた。

 そんな涼子は放課後になると、美術展覧会に出す作品を仕上げる為に直帰する美嘉と実家の道場で剣道部の面々と共に鍛錬する為に直帰する明日香と別れ、独り静かにアルバイト先のあるショッピングモールへと歩みを進めて居た。

 アルバイト先である様々な商品を手広く扱う古本屋チェーン店。其処の階下にある本屋へ赴いた涼子は新刊がズラリと並ぶコーナーを眺めていく。

 そんな新刊コーナーで小説をライトノベル含めて4冊と推してる漫画を3冊取って会計を済ませた涼子はショッピングモールを後にすると、昨晩に人を殺した大きなショッピングモールへと歩みを進める。

 多数の来客で賑わう大きなショッピングモールに堂々と姿を見せた涼子はブランド物の化粧品を扱うテナントへ赴くと、いつも使う化粧水を購入。その後は適当に再生した音楽をイヤホンで聴きながらブラブラとウインドウショッピングしていく。

 ブランド物の洋服やバッグ。それに小物類を眺めながら適当に時間を潰して行く涼子は自動販売機でミルクティーを買うと、自分が昨晩殺した場所とも言えるオープンテラスへ平然と足を踏み入れた。

 オープンテラスに人の姿は無かった。

 そんなオープンテラスのベンチで荷物を下ろして座った涼子はサブバッグに入れた本屋で購入した新刊を1冊手に取り、イヤホンから流れる音楽をBGMに読書に勤しみ始める。

 因みにイヤホンから流れているのは古いアニメの挿入歌である『canta per me』である。


 やっぱ、こうして独り静かに音楽を聴きながら読書するのって良いわね。

 癒やされる至福のひと時を感じられて……


 学校では美嘉と明日香を始めとしたクラスメイト達に囲まれ、アルバイト先ではスタッフ達と多数の客達に囲まれ、家に帰れば自分を愛する両親が共に居る。

 そうした中で独りボッチになって音楽を聴きながら独り静かに甘いミルクティーを飲みつつ読書する。

 ある意味で日常生活に於ける癒やされる至福のひと時。そう言っても良かった。

 そんな癒やされる至福のひと時を過ごす涼子は黙々とページを舐める様に見つめて読書に耽り、本の世界に身を沈めていく。

 イヤホンから流れる曲が『canta per me』が終わってから更に2つの曲が終わって4曲目が再生された頃。

 本を読み耽る涼子の姿しか無いオープンテラスに1人の日本人と思わしき若い女と屈強な体躯を持った年輩の白人の男がやって来た。

 2人の気配に気付いた涼子であったが、気にせずに本を読み耽る。

 そんな涼子を2人は路傍の石の如く気にする事無く辺りを見廻しながら適当に彷徨き始める。

 一頻り彷徨きながら見廻した所で年輩の男が口を開いた。


 「本当に此処に居たのか?」


 年輩の男の英語による問いに若い女は顔を上げた涼子の方を警戒する様に見詰めながら男と同じ様に流暢な英語で返す。


 「ホントに微かだけど魔力の気配がするわ。丁度、彼処に座る娘の辺りからね」


 彼女が涼子の方を指し示して言うと年輩の男は更に尋ねる。


 「それが事実だとして、昨日の夜にあの野郎を殺った奴が此処に居たとしよう。なら、何の為に殺ったんだ?」


 当然の疑問を男から投げられれば、彼女は本を脇に置いてスマートフォンを静かに見詰めて操作する涼子をジッと見据えながら答える。


 「口封じの為なのか?どうか?そんなの本人に聴いてみなければ解んないわよ」


 「そりゃそうだ」


 そう返す男を他所にスマートフォンをポケットに収めた涼子はミルクティーを一口飲むと、脇に置いていた本を手に取って再び読書に耽る。

 そんな涼子をジッと見詰めて居た女は少し考えると涼子の方へと歩みを進め、ベンチの前に立った。

 彼女の体で影が出来ると、涼子は本を読むのを辞めると共に顔を上げて目の前に立つ彼女に尋ねる。


 「あの何か御用でしょうか?」


 涼子が尋ねれば、彼女は答えると共に尋ねる。


 「読書の邪魔して御免なさい。貴女、昨日の夜に此処に居なかったかしら?」


 彼女から訛の無い日本語で問われた涼子は答える。


 「いいえ。居ませんけど……何か?」


 ポーカーフェイスと共に嘘を答えると彼女は「そう。御免なさいね」と謝罪してからベンチを離れた。

 そんな彼女の背を見送った涼子は気にせずに読書に再び耽ると、2人はオープンテラスを後にしようとガラス戸の前に赴いて手を掛ける。

 すると、タイミングが良いのか?それとも悪いのか?ガラス戸の向こうに人が居た。

 そんなガラス戸の向こうに居た人物に気付いた2人は後ろに下がって邪魔にならない所に立つと、ガラス戸の向こう側に居たオープンテラスに足を踏み入れたアジア系の顔立ちをした屈強な身体付きをした男は2人に語り掛ける。


 「手掛かりはあったか?」


 「喜べ。無いぞ」


 白人の男がそう返すとアジア系の男は「そうか」とだけ零して周囲を見渡すと、何故か涼子に視線が釘付けとなった。

 そんなアジア系の男の様子に白人の男は訝しむ。


 「どうした?」


 アジア系の男は白人の男に答える事無く真っ直ぐに涼子の元へ早足で進んだ。

 そして、目の前に立たれた気配と共に顔を上げる涼子の前に立ったアジア系の男は涼子に対し、口を開いた。


 「20年近くぶりか?可愛い魔女さん?」


 日本語で語り掛けるアジア系の男を見た涼子は首を傾げる。

 すると、そんな涼子にアジア系の男は更に言葉を続けた。


 「あの時から俺は15年経ってるからな。解らなくても当然だな。俺だよ……異なる世界で君に病を治して貰ったロクデナシの傭兵だ」


 その言葉に涼子はハッとすると驚きを露わにしてしまう。


 「もしかしてチェンさん?え?チェンさんなの!?」


 「俺の事を覚えててくれたんだな。嬉しい限りだ」 


 目の前に居たのは涼子が異世界で魔女をしていた当時。

 命を救った事がある2000。内戦中で無政府状態にあったアフリカ某国で傭兵をしていた男であった。

 そんな彼は命の恩人である涼子を親愛の情と共に力強く抱き締める。


 「君にまた会えるとは思わなかったよ!!」


 チェンと呼んだ男から唐突に抱き締められてジタバタとする涼子を他所に2人はチェンに事情を聞く為に尋ねる。


 「その娘を知ってるのか?」


 その問いに涼子を抱き締め終えたチェンは状況が解らぬ2人に向けて説明する。


 「俺が駆け出し時代にって話をした事あるよな?」


 「あぁ……確かアフリカでだろ?」


 「その時に彼女に命を救われたんだ。俺にとって大事な命の恩人であると共に俺に日本語とか異世界の事を事を教えてくれた教師でもある」


 「私は貴方から英語を始めとした様々な言語や銃の撃ち方と分解結合を含めた戦闘を学んだからお相子よ先生」


 チェンから涼子の聞くと共に涼子がチェンから教わった事を聞けば、2人は驚くと同時に警戒を露わに何時でも戦闘出来る様に身構え始めた。

 そんな2人に涼子と2人の間に入ったチェンは力強く制止する。


 「止せ!彼女は敵じゃない!」


 2人はチェンの制止で戦闘態勢は辞めないながらも涼子に問う。


 「昨日の夜。魔術師を殺したのは貴女なの?」


 若い女から改めて問われた涼子は正直に答えた。


 「ええ。私が殺ったわ」


 「何故だ?」


 殺害した理由を白人の男から問われれば、涼子は正直に当たり前の様に答える。


 「ここ最近の事件の犯人みたいだったし、目障りだから始末した」


 その答えに若い女と白人の男は益々訝しんだ。

 だが、チェンは違った。


 「彼女は犯人じゃない。彼女が犯人なら俺達は此処に辿り着く前に死んでるし、連続通り魔事件って形にしない。それに被害が


 異世界で邪悪な魔女をしていた涼子の事を知るが故にチェンは涼子が一連の事件の犯人ではない。そう2人に告げれば、訝しみ続ける2人は渋々ながらも戦闘態勢を解除した。

 そんな2人を他所に涼子はチェンに尋ねた。


 「昨日の奴は貴方の仲間なの?」


 「とんでもない。奴は俺達が追ってる獲物の手下でな……退魔師のお嬢ちゃんに食い付いてる間にインタビューしようと思ってたんだ」


 涼子の問いにチェンはアッサリ否定する。同時に涼子のせいで自分達の予定が崩れた事を然りげ無く告げれば、涼子は素直に謝罪する。


 「御免なさい。悪い事をしたわね。埋め合わせ出来ないかしら?」


 自分からチェン達に賠償する意思を涼子が見せれば、チェンはやんわりと断った。


 「その必要は無い」


 チェンは自他ともにロクデナシの傭兵だ。

 だが、そんなロクデナシの傭兵であっても善良なる一般人のカタギとなった涼子を巻き込もうとしないだけの分別は持っている。


 「君は一般人のカタギだ。善良なカタギが大人しく平和で平穏な日常生活を送ってくれている方が俺の精神衛生にも良い」


 今の涼子は善良なる一般人とも言えるカタギ。

 だからこそ、チェンは涼子の提案をハッキリと拒否して別れの言葉を告げる。


 「君にまた会う事が出来て良かったよ。じゃあな、もう会う事は無いだろう」


 その言葉と共に2人を連れて立ち去ったチェンを見送って独り残された涼子は、再び本を手に取って読書に勤しむ。チェンが敢えて口にしてくれた言葉から状況を加味して分析しながら。


 チェンさん達は安倍 陽子とは同じ側に立っているけど、安倍 陽子と共同歩調を取っている訳では無い。

 私が殺した奴の背後には"何者か"が居て、私の予想通り、下っ端の捨駒であった。

 そんな下っ端は何かを企んでいる。


 分析して大まかに解った事を箇条書きの様に並べた涼子は読み終えたページを捲り、更に考えていく。


 コレがオカルトやファンタジー絡みの問題だとするなら、この近辺にある霊的な好立地も絡んでいると診て良い。

 此処から近いそんな場所と言えば、3箇所ある。

 多分、どれか1つに行けば何か掴めるんだろうけど……

 さて?どうする?


 涼子の目の前には選択肢があった。


 霊的に好立地とも言える3つの場所に赴いて"何者か"の企みが仕組まれていないか?ソレを確認して調べ、見付けたらソレを台無しにする。

 善良なる一般人らしく知らんぷりして家に真っ直ぐ帰って、今後一切関わろうとしない。

 この2つの選択肢が私の目の前にある。

 一般人として平穏に暮らしたいなら、知らんぷりで無視してお家に帰る。この一択になる。


 今は善良なる一般人の涼子が平和で平穏な生活を送るならば、知らんぷりして無視する。コレに尽きる。

 だが、それは同時に邪なる企みを持つ"何者か"が企みを成就させてしまった場合、どの様な被害が起きるのか?解らない上に自分が善良なる人々を見殺しにする事も意味していた。

 それ故に……


 何処のバカか?知らないけど傍迷惑極まりない。

 知らんぷりで無視して、色々がシッチャカメッチャカになってバカみたいに被害者が出るくらいなら、どっかの誰かさんには悪いけど企みを叩き潰してやる方が精神衛生的にも良い。


 「空振りだとしても確認した方が安心は出来るか……正義の味方なんてガラじゃないんだけどな」


 そうポツリと呟いた涼子は本をサブバッグにしまうとスマートフォンを手に取ると、画面を何度かタップして母親へ電話し始める。

 何度かのコール音と共に母親が電話に出れば、涼子は要件を告げる。


 「どうしたの?」 


 「あ、お母さん?今から神社に御参りして来るから少し遅くなるね」


 愛娘からの報告とも言える内容に母親は何も気にする事無く快諾した。


 「何処に御参りするのか?知らないけど、最近は其の辺は物騒な事件多いから気を付けるのよ」


 「うん。解ってる。じゃあ、後でね」


 母親から許可を獲った涼子はスマートフォンで再び音楽を再生してから制服のポケットにしまうと、ミルクティーを一気に飲み干して立ち上がる。

 そして、荷物を持ってオープンテラスを後にするのであった。




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