正当防衛
正樹との打ち合わせをしてから10時間近く以上経っただろうか。
夜勤として勤勉に働く者達を除き、誰もが寝ているだろう深夜。
涼子も普段なら寝ている。
だが、涼子は目を覚まし、起きていた。
「こう言う時の予想は外れて欲しいんだけど……本当、最悪」
心の底から不愉快そうにする涼子の中では苛立ち混じりの怒りが渦巻いていた。
「こんな時間に外に出歩く奴は居ないし、オ直ぐ近くに車も停めてアイドリングさせる御近所さんも居ない」
この深夜の時間帯。
車の往来は無きに等しく、外に出歩く者も滅多に居ない。
その上……
「私の家に真っ直ぐ向かってると来てる。数は3人で武装もしてる」
監視カメラ代わりに仕込んだ使い魔から送られる自宅へ真っ直ぐ向かう者達を見れば、明らかに招かざる客と言えた。
何せ、その3人の手にはサプレッサー付きの拳銃が握られており、額には暗視ゴーグルが装備。
更に顔は
明らかに招かざる客以外の何者でもない。
そして、その3人は玄関の前に集まるとピッキングして玄関の扉を開けようとしていた。
そんな3人を歓迎する為、涼子は机の上に置いていたフラッシュライトとスマートフォンを手に取ると、寝間着のまま部屋を後にする。
数は3人。
3人は3人ともサプレッサー付きの拳銃で武装している。
そうなると、玄関で迎え討つ方が良いわね。
ウンザリとした面持ちで涼子は玄関の前に立つと、左手に握るフラッシュライトを正面に向けて構えた。
それから程無くして玄関の扉が開いて中に招かざる客が足を踏み入れた瞬間。
涼子はフラッシュライトを点灯した。
「なっ!?」
唐突に900ルーメンの光を顔面に浴びせられ、招かざる客達が装着していた暗視ゴーグルがホワイトアウトを起こして視界が奪われる。
突然、視界が奪われて困惑する彼等が隙だらけになる。
涼子は先頭に立っていた男の顔にフラッシュライトを浴びせながら勢い良く突っ込み、目と鼻の先に立つと同時に腰を入れた右フックを顎に打ち込んだ。
「ガっ……」
顎を的確に打ち抜かれた先頭に立つ客が腰をストンと落として床に崩れ落ちる。
涼子は其処から更に間髪入れる事無く2人の客の顔にフラッシュライトを浴びせて視界を奪うと、残った2人の顎を瞬時に的確に打ち抜いた。
そうして、10秒にも満たぬ短い間に3人を脳震盪させてノックアウトをすれば、フラッシュライトを切って闇に戻した。
涼子は3人の持つサプレッサー付きのGLOCK17を拾い集めると、一丁だけ残して他は弾倉を抜き、スライドも引いて完全に抜弾。
それから、サプレッサーを外してGLOCK17を慣れた手付きで素早く解体して廊下の奥へと投げ棄てた。
こうして、慣れた様子で3人の武装解除を済ませた涼子は未だに意識の無い3人を玄関に並べる。
3人を注意深く見張りながらも玄関の扉を閉めた涼子は寝間着のポケットに入れていたスマートフォンを取ると、3人のバラクラバを暗視ゴーグルごと剥ぎ取って顔を撮影。
それから、正樹にメッセージを送った。
文面はこうだ。
『ムカついたから派手にブチ殺す』
簡潔明瞭にブチ殺す旨を一方的に告げれば、涼子は3人の頭を1人ずつ手で触れていく。
頭を触れると共にサイコメトリーをすると共に彼等の脳内にある記憶と言う情報を全て己の脳内にダウンロードすると、涼子のスマートフォンが鳴った。
電話して来たのは当然ながら正樹であった。
涼子が電話に出ると、正樹は単刀直入に告げる。
「その場で殺すのは絶対辞めろ。死体片付けるのが面倒臭いし、情報も抜き取りたいから」
道徳的に辞めろとは言わずに、理路整然に合理的な理由から辞めろ。
そう正樹から言われた涼子は3人を見下しながら返す。
「この場では殺さないし、情報も抜いたから安心して」
「情報を抜いたって?どうや……あー、いい。説明しなくて」
涼子がどうやって情報を抜き取ったのか?
正樹は聴くのを辞めると、続けて言う。
「殺してないなら警察に突き出す方が立場上、都合が良い。君の御両親にとってもな」
説得する様に言われた涼子であったが、涼子の怒りが収まる事は無かった。
「警察には突き出さない。でも、メッセージにはなって貰う」
メッセージになって貰う。
その言葉が意味する事を察した正樹は察した上で敢えて問う。
「何するつもりだ?」
「私に嘗めた真似をするんなら、死を覚悟しろ……ってメッセージを送るだけよ」
何を言っても説得出来ない。
そう判断した正樹は沈黙してしまう。
だが、程無くして沈黙を破った。
釘を刺す為に。
「…………メッセージ送る際にコラテラルダメージが出るのは絶対辞めろ。俺は別に構わないが、飼い主が五月蝿くなる」
コラテラルダメージ。
即ち、無関係で善良な一般市民が死ぬ事。
それを良心からではなく、立場上の観点から辞めろと言った正樹も人でなしであった。
そんな正樹を安心させる様に涼子は答える。
「解ってる。コラテラルダメージは出さないから安心して」
「君の事を知ってる身としては安心出来る要素見当たらないけどな」
数え切れぬ悪行と共に膨大な屍山血河を幾つも築き上げて来た邪悪な魔女としての涼子。
それを文献からながらも知るが故に正樹は正直、不安であった。
そんな中、3人の内の1人が意識を取り戻した。
意識を取り戻した事に気付いた涼子は客の眉間に銃口を向けながら正樹に告げる。
「後で掛け直すわ」
そう言って電話を切れば、涼子は客を見下ろしながら尋ねる。
「日本語、解る?」
その問いに答える様に眼下の客は日本語で答えた。
「殺すなら殺せ」
客の答えに対し、涼子は微笑ましく返す。
「良かった。言葉が通じてくれて……今夜は見逃してあげるし、貴方が欲してる物もあげる」
涼子の答えは客にとって、予想に反するものであった。
それ故、困惑してしまう。
そんな客を他所に涼子は寝間着のポケットに手を入れると、客にポケットから出した品を見せて尋ねる。
「貴方が欲しいのは、この赤いダイヤモンドでしょ?」
涼子の問いと共に赤いダイヤモンドを見せられて益々困惑してしまう客……何処からどう見ても素人な二十代ぐらいの若い男へ、涼子は優しく告げる。
「コレを貴方にプレゼントしても良いわ。但し、二度と私の視界に入らない事が条件よ……」
優しく告げながらも、有無を言わさぬ威圧感を涼子からぶつけられれば、客は押し付けられた選択肢を選ぶしかなかった。
そんな敗北者としての顔を客が見せれば、涼子は赤いダイヤモンドを放り投げて吐き棄てる様に告げる。
「このバカ共を連れてさっさと失せろ」
その言葉に従う様に客は気絶した2人を引き摺りながら涼子の目の前から立ち去った。
そんな後ろ姿を使い魔を介して眺める涼子は手にしていたGLOCK17から弾倉を抜くと、スライドも引いて薬室に装填されていた9ミリルガーも抜いた。
完全に抜弾して安全化を図れば、涼子はバラクラバを剥ぎ取る際に没収した暗視ゴーグルを見詰める。
暗視ゴーグルを見詰める涼子の表情は苦虫を噛み潰した様であった。
「コレって……嘘でしょ?米軍の最新モデルじゃない」
ミリタリー趣味者としての知識から、涼子は客達が装備していた暗視ゴーグルが米軍の最新モデル…AN/PSQ-42 ENVG-Bである事に気付いた。
それ故、ドン引きしてしまう。
「サーマルも備えた米軍の暗視ゴーグルなんて民間じゃ、手に入らないってのに何だって闇バイトする様なトーシローのオツムスカスカのカス共が装備してるのかしら?」
最新の軍用暗視ゴーグルであるAN/PSQ-42 ENVG-Bに限らず、現在に於ける最新の軍用暗視ゴーグルが民間に流れる事は無い。
民間に流れるのは、大概は型落ちとも言われる旧式化した過去の物だ。
だが、目の前にAN/PSQ-42 ENVG-Bと言う最新モデルの暗視ゴーグルが有る。
それ故、涼子の中で闇バイト志願者と思わしきバカ共の背後に居るだろう連中に対する脅威度が自然と上がってしまう。
最新モデルの軍用暗視ゴーグルを数揃えられるだけのカネと強いコネを持ってる。
オマケにGLOCKは最新のgen5と来てる。
完全にヤクザとは異なる毛色で脅威になる連中と判断せざる得ない。
招かざる客を差し向けた者に対し、油断慢心する事無く脅威と判断を下した涼子はボヤく様に次の行動を口にした。
「さて……後片付けしたら、メッセージ送りますか」
3丁のGLOCK17と3つの弾倉。
それに3発のホローポイント仕様の9ミリルガーと3つのENVG-B暗視ゴーグルを回収し、何事も無かったかの様に玄関を片付けた涼子は欠伸と共に自分の部屋へと歩みを進める。
そうして、部屋に戻った涼子は3丁のGLOCK17と3つのENVG-B暗視ゴーグルをトランクの中へ放り込んでしまうと、ベッドの反対側にある壁を指で撫でた。
壁を撫でた後。
涼子がベッドに座ると、撫でられた壁はモニターと化して既に仕込んでいた使い魔から送られるリアルタイムのライブ映像が映し出す。
そんな魔法で創ったモニターをジッと静かに睨むようにして眺める涼子はスマートフォンを手に取ると、正樹へ電話を掛け直した。
正樹は直ぐに出た。
「状況は?」
正樹に問われた涼子は答える。
「今の所は私の予定通りよ。連中に関する詳しい情報は明日の午後までに送る。後、敵は最新モデルの軍用暗視ゴーグルを数揃えられるだけの金と力を有してる事に留意して」
予定通りである事を答え、敵に関する情報も通知した涼子に正樹は確認する。
「最新モデルの軍用暗視ゴーグルを揃えられる犯罪組織だと?」
「えぇ、そう……オマケに持ってた
「おいおい。それ、下手したらどっかの政府が絡んでるって嫌な展開になるぞ」
異なる世界と言えど、元工作員の観点から正樹が最悪だと言わんばかりに指摘すれば、涼子は答える。
「其処は何とも言えない。何せ、そこら辺の素人に標的を殺させるなんてのは諜報とかの世界でも珍しくない話だし……」
「あー……否定出来ないのがムカつく」
自分も過去にバカな若者を唆し、若者始めとした各々にとって取り返しの付かない事をさせた事もあるが故に正樹は否定が出来なかった。
そんな正樹に涼子は申し訳なさそうに告げる。
「まぁ、兎に角……そっちの仕事を奪う様で悪いけど、
「好きにしろ。だが、その後は俺の仕事だから当面は護りに入っとけ……流石に護りながら仕掛けろとか無理だからな?」
「解ってる。じゃ、御礼するから切るわね。おやすみ」
電話を切った涼子はジッとモニターを見詰め、使い魔を介して闇バイトのバカ共が件の赤いダイヤモンドを引き渡すのを静かに待ち続ける。
憎悪と憤怒を2つの瞳の中で滾らせながらも、辟易とする涼子はポツリと呟いた。
「この世界で"今そこにある危機"のワンシーンを再現する事になるとは思わなかったなぁ……」
そうボヤく様に呟いた涼子は何処か、愉快そうに嗤っていた。
後書き
誰も殺さずに帰してあげる涼子ちゃんは優しいです(真顔
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