空から死を与える魔女と呼ばれる所以


 深夜未明。

 東京都内某所。

 3人の闇バイトが雇い主の部下に涼子から渡された赤いダイヤモンドを差し出すと、3人には報酬として1人1発ずつ鉛弾が支払われた。

 死よりも確実な口止めは無い。そう言わんばかりに永遠に黙らされ、屍と化した。

 そんな3人はビニールシートで厳重に包み込まれてミイラと化せば、雇い主の手下達によってハイエースに積み込まれて何処かへと運ばれて行く。

 何処かの山奥に埋められるか、強アルカリの薬液で溶かされるか…

 何れにしろ3人の死体が出て来る事は永遠に無いのは確か。そう言えるだろう。

 そんな遣り取りを全て。

 3人と3人が乗っていた車に仕込んでいたハエトリグモを模した使い魔達を介して見ていた涼子は、黙したまま赤いダイヤモンドを手にした闇バイト達の飼い主と愉快な手下達を見詰めていく。


 「私です。標的からブツは回収する事に成功したのですが、些か奇妙な事になりました」


 闇バイト達の飼い主が自分のスマートフォンで自分の雇い主に電話し、目的のブツの確保に成功。

 なれど、標的である少女は未だ生きている事を伝えると、電話相手である雇い主は告げる。


 「ブツを確保してくれただけ良しとしよう。標的は此方で処理する」


 「解りました。引渡しはどうします?朝イチに八塚やつつかの本部へ届けましょうか?」


 八塚やつつか

 それはこの国に於いて、東日本を縄張りとする関東最大の勢力を誇る指定暴力団『関東八塚会』の事であった。

 本部は渋谷区松濤しょうとうにあり、闇バイトの飼い主は其処へ朝イチに引き渡すべきか?

 そう問えば、電話相手は告げる。


 「今からウチの者に取りに行かせる」


 「……解りました。では、お待ちしています」


 其処で電話が終わると、飼い主はスマートフォンをしまって3人の愚か極まりない若者が取ってきた赤いダイヤモンドをジッと見詰める。

 一頻り見詰めると、闇バイトの飼い主はボヤく。


 「コレ、金持ちに売れば八塚の連中から支払われる報酬なんて目じゃない金が獲られるんだろうな……」


 赤いダイヤモンド。

 ソロモン王の絡みを抜きにしても、深紅のダイヤモンドと言う時点で上手く売り捌けば最低でも億の金が手に入る。

 だが、そんな不義理を関東最大のヤクザに対して行えば、自分だけではなく家族の生命も危険極まりない状況へ追い込まれる。

 それ故、闇バイトの飼い主は勝手に売り飛ばしたい気持ちを口にしながらも、実際にやろうとはしなかった。

 そんな様子を使い魔達を介して自室で眺める涼子は「やっぱ、キチンとしたプロはリスク管理が出来るのね」と他人事の様に感心してしまう。

 闇バイトの飼い主のリスク管理を感心していた涼子は少しだけ残念そうにポツリと呟く。


 「宝石の審美眼はある様だけど、魔石かどうか?それを見極める目は無いのね……まぁ、有ったとしても実物を知らなければ本物と偽物の区別は付かないか」


 涼子が差し出した赤いダイヤモンドは、涼子が創った贋物であった。

 サイズを含めた見た目と手に取った時の重さ。

 それにカットや研磨されて創られた輝きと、赤いダイヤモンドに内包される魔力の波長等は本物と寸分変わらない。

 そんな巧妙な贋物であるが、宿した効果は本物か完全に異なる。


 ダイヤモンド自体は見た目と感じ取れる魔力は本物と同じ。

 だけど、中身は発信機と盗聴器でしかないのよね。


 涼子は師匠であるハミュツからも賞賛されるワザマエを持った魔具の製作者。

 本物が手元に有るならば、見た目と中身が本物と寸分変わらぬ贋物を作るくらい朝飯前であった。

 それ故、涼子は前もって贋物を幾つか用意して備えて居た。

 そして、それは涼子にとって最高の結果を産み出していた。


 「敵の1つが関東八塚会と解った点は大きな一歩と言っても良いわね。後は欲しがってる奴に引き渡されれば、最上の結果に繋がる」


 脚本の無い即興ながらも、好都合な展開に進んでいる事に涼子はほくそ笑む。

 実際、現時点で敵の1つが解っただけでも最高の収穫。

 そう言っても過言ではないるのだから当然だろう。

 後は……


 「八塚会の中にキマイラと絡む奴が居るとするなら、先ずは巣穴を焼いてやれば良い」


 涼子は本気で"カマす"意志に満ちていた。

 大概の者は手出しが困難。

 否、不可能と言っても良い関東最大の暴力団本部。

 其処へ、涼子は派手にヤラかさんとして居た。


 「私の聖域を侵し、大事な存在に死の刃を向けた者を私は決して赦さない」


 涼子は嗤って告げる。

 だが、その笑顔と反して心の中では憤怒が強く滾っていた。

 魔女に限らず、誰もが大事な者へ死の刃を向けた者を赦す事は決して無い。

 それ故、涼子の中に少しだけ残っていた容赦と慈悲が完全に失せていた。

 だが……


 「御近所の皆様への安眠妨害も含めて警察の方々には大変申し訳無い気持ちが溢れんばかりに有るけどね」


 周囲の人々に対し、申し訳無いと言う気持ちはあった。

 昔の邪悪な魔女であった頃ならば、気にせずに周りも巻き込んで灰燼に変える。

 だが、今は"一応は"善良な魔女である。

 だからこそ、コラテラルダメージを出さない様にすると共に多大な迷惑を掛ける事に心を強く痛めていた。


 「本当……戦争は不毛よね」


 そうボヤくと、モニターの中で動きがあった。

 八塚会に属するだろうヤクザ達が、黒塗りのレクサスに乗ってやって来た。

 闇バイトの飼い主が涼子特製の赤いダイヤモンドを引き渡すと、ヤクザ達は札束が詰まってるだろうスーツケースを差し出した。

 そうして、引き渡しが何の問題も無く済めば、彼等は解散して各々車に乗ってその場から消える。

 行き先異なる彼等を全て使い魔を用いてモニタリングする涼子。

 使い魔の1つが渋谷区に入り、松濤にある八塚会の会長の邸宅も兼ねた本部ビルに入るのを見逃す事無く確認。

 涼子は監視チームと言える使い魔とは別に展開させている使い魔達へ、指令を送った。


 「攻撃準備」


 その一言と共に涼子が指令を下せば、高度5000メートル上空の真っ暗闇の中を飛行する大鴉達は八塚会の本部ビルの真上で旋回飛行を繰り返す。

 そうして、大鴉達に攻撃準備させれば、涼子は贋物である赤いダイヤモンドを介して盗み聞き、複数のハエトリグモの内の1匹を介して盗み見ていく。


 「御客人。例のブツを確保出来ました」


 八塚会の幹部であろう鋭い目付きをした男の言葉と共に赤いダイヤモンドが差し出される。

 御客人と呼ばれた胸の大きな巨躯の白人の女を脇に控えさせる黒人の男は赤いダイヤモンドを手に取ると、満足そうにする。


 「コレでキマイラ様の意志を継ぐ事が出来る」


 どうやら、黒人の男はキマイラの部下の様であった。

 そんな黒人の男は赤いダイヤモンドを恍惚の笑みと共に見詰めると、幹部と思わしき男は尋ねる。


 「約束通り、貴方達の扱う例の品を我々に提供して戴けますね?」


 例の品。

 ソレが何か?

 涼子には解らない。

 だが、無視する気は毛頭無かった。


 例の品って何かしら?

 こう言う時の品って言うのは、大概はヤク麻薬なんでしょうけど……

 此処らへんの知識は私は乏しいから、正樹や私達のバックアップしてくれる"足長おじさん"から意見を聴いた方が良さそうね。


 涼子は例の品の事を頭の片隅に置くと、遣り取りを注意深くモニタリングしていく。


 「あぁ、我々の欲しい品が手に入った。契約通り、貴殿等には我々の商品を卸そう」


 黒人の男が幹部の問いに対して流暢な日本語で快諾すれば、幹部は頭を下げて感謝した。


 「ありがとう御座います」


 そんな幹部に対し、今度は黒人の男は尋ねる。


 「若頭さん。コレを持っていた例の小娘はどうしました?」


 その問いに対し、幹部はバツが悪そうな顔をしながら正直に答えた。


 「それなんですが……残念ながら始末は出来ませんでした」


 幹部もとい若頭からの答えに黒人の男は一瞬だけ渋い面持ちを浮かべてしまう。

 だが、直ぐに笑顔を取り繕ってから言葉を返した。


 「まぁ、良いでしょう。キマイラ様を殺した例の小娘は我々の手で殺してこそ、敵討ちとなります。正当な敵討ちをしなければ、我々の立場は無いです」


 その言葉を聴いた涼子はある事に気付いた。


 我々の立場が無い。

 この言葉から察するにキマイラの手下には派閥がある。

 そう見た方が良さそうね。


 未だ仮説の段階であるが、キマイラの手下達は一枚岩では無い可能性が高かった。

 それを笑顔と共に語る黒人の男の言葉から読み取った涼子は考える。


 組織内に派閥争いが付き物なのは至極当たり前として……

 各派閥の共通点は私を殺したがっている事。

 それから、例のダイヤを欲しがっている点。

 前者は組織のトップに立つ為に最低限必要な儀式と言える。

 後者に関しては意志を継げる。

 そう言ってたけど、何を画策してるのかしら?


 前者である涼子の首を獲る。

 コレは解る。

 組織のトップを殺した張本人を殺さなければ、大手を振って組織のトップとなれないのだから当然と言えた。

 だが、赤いダイヤモンドの確保に関しては何も解らない。

 何せ、パズルのピースが無いも同然なのだ。

 解らなくて当然だ。

 しかし、その点は涼子達にとって問題にはならないのも事実と言えた。


 「申し訳無いわぁ……欲しい物が手に入って喜んでる所を絶望させるのって」


 申し訳無さそうにボヤく涼子であったが、言葉とは真逆とも言える邪悪な笑みを浮かべていた。

 そんな涼子は右手を挙げると、パチンと指を鳴らす。

 指が鳴った瞬間。

 モニターの向こうで黒人の男の手にあった赤いダイヤモンドが燃え始めた。


 「熱ッ!?」


 突然、何の前触れも無く燃え上がる赤いダイヤモンド。

 黒人の男は熱さの余り、床に落としてしまう。

 ダイヤモンドは炭素の塊。

 乱暴な言い方をするなら、石炭と変わらない。

 それ故、燃える。

 そんな燃え盛る赤いダイヤモンドを信じられない。

 そう言わんばかりに唖然と見詰める黒人の男に対し、涼子は愉悦を感じながら命令を下す。


 「攻撃開始」


 その命令と共に本部ビル上空。

 高度5000メートルの闇夜を旋回し続けていた大鴉達は待ってました。

 そう言わんばかりに急降下し始める。

 急降下と共に加速し、果ては音速を超えて本部ビルに向かって突っ込んでいく5匹の大鴉達。

 数秒後。

 5匹の大鴉達は耐震強度抜群の強化コンクリート製の屋根をブチ抜き、更には幾つもの床をブチ抜いていく。

 そして、エントランスフロアの床に深々と突き刺さった瞬間。

 ハエトリグモを模した使い魔からの映像がブラックアウト。

 別の使い魔達から送られるライブ映像では、本部ビルが5発同時に起きた強大な爆発と共に粉塵を勢い良く噴き上げながら瓦礫の山と化していた。

 そんな爆撃の様子に涼子は恍惚の笑みを浮かべる。


 「やっぱり空爆って良いわね。安全かつ手頃に雑魚を始末出来て……」


 監視と爆撃結果の確認を兼ねた使い魔から送られるライブ映像に満足感を示す笑みを浮かべる涼子。

 コレこそが、涼子が異世界に於いて『空から死を与える魔女』と恐れられる所以でもあった。

 そんな涼子はモニターを介して瓦礫の山を武道の残心の如く注意深く見詰め、逃げる者が居ないか?

 確認していく。


 「今の所は動いてる奴は居なさそうね」


 モニターの向こうにある瓦礫の山では動く者の姿は見えなかった。

 赤いダイヤモンドを燃やすと言う前触れはあれど、完全なる不意討ちとも言える空爆を成功させたのだ。

 普通の人間なら死んで、地獄へ一直線である。

 しかし、涼子からの地獄逝きのチケットを受け取り拒否した者が2人居た。


 「あら……生きてたのね」


 涼子の言葉を示す様にモニターの中では、瓦礫の山から這い出ようとする2人の男女の姿があった。

 黒人の男と巨躯で巨乳の白人の女だ。

 そんな2人をジッと見詰める涼子は追撃をしようか?

 考えあぐねてしまう。


 あの不意討ちから生き延びてるのを察するに、それなりの魔導は収めてると見るべきよね?

 まぁ、幸運から助かったのも否めないけど……


 考え倦ねる涼子は敢えて、慈悲を与える事にした。


 「気は少しだけ晴れたし、見逃してあげるか……まぁ、最後は確実に殺るけどね♡」


 今は見逃す。

 だが、最後は確実に殺す。

 そう宣言すれば、涼子は使い魔を介して警察等が来る前に逃げようとする2人を見送った。

 勿論、逃げてる間ずっと使い魔に監視させながらである。

 涼子は今は殺さずに見逃すと宣言はしたが、逃げ込む先の確認を疎かにするほど優しくない。

 邪悪な魔女は己の聖域を侵し、死の刃を向けた者に対して一切の慈悲を与える事は決してあり得ない。

 まぁ、任務と言える仕事の為もある。

 だが、一番の理由は……


 「私がクソ野郎共キマイラを殺ったと親切に教えてくれたクソ野郎と接触してくれたら、最高なんだけど……期待はしない方が良さそうね」


 涼子にとって、一番の謎にして最優先で片付けたい問題。

 そう言っても過言ではない、キマイラ殺しの犯人が自分である事を教えた存在が何者なのか?

 依頼主である悪魔と天使の兄弟ですら、掌握してない謎の人物を解明する為にも涼子は今宵だけ2人を見逃したのであった。

 そんな思惑を持つ涼子は真剣な面持ちと共に残念そうに独りごちる。


 「コレで暫くは手出しされないと良いけど……期待は出来ないわよね。あーゆーヤクザ者は嘗められたら殺すってスタンスだし」


 涼子は報復とメッセージを兼ねて空爆を断行した。

 だが、それは同時に関東最大の暴力団を敵に回す事も意味していた。

 それ故……


 「仕方ない。徹底的に死ぬまで殴るか……」


 涼子は断固たる意志と共に八塚会も含め、敵を皆殺しにする事を決意するのであった。




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