復讐者は残酷に拒絶する


 「マジかよ」


 その日の朝。

 日課であるトレーニングを終わらせて風呂で汗を流し、朝食を食べていた正樹は報道されたニュースに驚いて居た。


 「深夜未明。広域指定暴力団関東八塚会の本部で原因不明の爆発が起こりました。死者は数十名以上にも昇り……」


 関東最大の暴力団の本部で爆発が起きた。

 死者は多数出ている。

 そうした点から、ニュースキャスターは暴力団同士の抗争ではないか?

 そう言う。

 だが、正樹には爆発に関する心当たりがあった。


 どう考えても、アイツの仕業だよな……


 数時間前の深夜。

 涼子からメッセージが届いた。

 落ち着かせる為に電話した際、涼子な怒り心頭の怒髪天だった。

 怒りを鎮めるのが不可能。

 そう判断した正樹は、報復するにしてもコラテラルダメージは出すなと説得はした。

 その結果は見ての通り。

 全国放送されるレベルのニュースになる程の報復が為されてしまった。

 しかし、正樹は報復の結果に驚きはしても、涼子を責める気は起きなかった。


 誰にでも侵されたくない聖域がある。

 身近な聖域として、家族の居る家が一番良い例だ。

 そんな大事な家族を殺されそうになった。

 誰だって怒り狂うし、泣き寝入りする事無く報復するだけの力を持ってんなら、力を叩き付けるに決まってる。


 聖域を壊され、殺され、怒り狂った者達を数え切れない程に見てきた。

 更に言うならば、己自身もそう。

 それ故、涼子の怒りの理由が理解出来る。

 だからこそ、正樹は報復を辞めろ。

 それを言わなかった。


 「それにしても何が起きたんだか……空爆されたんか?」


 ボヤく正樹にキッチンで食器を洗っていた母親が尋ねる。


 「どうしたのよ?何か深刻そうな顔してるけど?」


 母親から問われた正樹は正直に答える。


 「ニュース見てたら、空爆でもされたのかって感じの瓦礫の山が出てたから」


 実際、嘘は言ってない。

 テレビには瓦礫の山が映されてるのだ。

 ただ、瓦礫の山と化した真相を知りながらも、伏せてるだけだ。

 そんな正樹を他所にテレビを見た母親は他人事の様に言う。


 「ガス爆発かしら?恐いわね」


 恐い。

 そう言うが、所詮はテレビの向こうでの出来事。

 それ故、母親は何処か他人事の様に感じていた。

 そんな母親を他所に朝食を食べ終えた正樹は「ご馳走様」と言い残すと、自室へと赴いた。

 自室で通っている高校の制服に着替えると、勉強道具が詰まったリュックサックを背負う。

 それから、体操服と学校指定のジャージが詰まったサブバッグを持てば、正樹は家を後にした。


 現状確認すると……敵の1つは関東最大の暴力団をアセットとして使える。

 次に未だ確認が済んでない情報であるが、キマイラとやらの手下達に派閥がある。

 さて……どうするか?


 敵を叩き潰すならば、敵に関する情報を収集してからだ。

 誰を殺れば良いのか?

 敵が誰か?解らずに戦いを進めるのは愚の骨頂。

 だが、昨日の今日で敵から攻撃を仕掛けられてしまった。

 そして、怒り狂った涼子から報復が為された。為されてしまった。

 そんな済し崩し的に急発進した展開に対し、正樹は頭を大いに抱えていた。


 未だ全ての敵の姿を捉えられていない現状。

 幸いなのは、敵の1つとアセットが判明した事ぐらいだ。

 済し崩し的に急展開に進んじまった状況をどう捌くべきだ?


 「マージでどうしろってんだよ?」


 ボヤきを漏らす正樹。

 すると、正樹の後ろから親しみ慣れた気配が表れた。


 「どうしたのさ?何か、滅茶苦茶深刻そうにボヤいてさ?」


 振り返ると、其処には正樹と同じ制服に身を包む小柄な少女の姿があった。

 そんな少女に対し、正樹はボヤく様に答える。


 「再来週の期末テストが面倒臭いなぁ……と、思ってな」


 そうボヤく正樹に少女は呆れてしまう。


 「マーちゃん、そう言いながら毎度成績上位に居るじゃん」


 馴れ馴れしく呼ぶ少女に正樹は返す。


 「そう言うお前は俺より成績上だろうが、チンチクリン……」


 「私、マーちゃんと違って真面目に勉強してるもんね。てか、チンチクリンって呼ぶなし……私には香澄かすみって名前があるんだけど?」


 少女……香澄の言葉に正樹は興味無さそうに「悪かったな。チンチクリン」と親しみと共に無礼で返せば、そのまま最寄りの駅へと向かって歩いていく。

 2人は腐れ縁とも言える幼馴染であった。

 幼稚園から小学校。

 小学校から中学校。

 そして、中学校から高校まで同じ学校に通う腐れ縁であった。

 そんな正樹の幼馴染である◯◯ 香澄は正樹の隣を歩きながら語り掛ける。


 「ねぇ、マーちゃん」


 「何だよ?」


 「どうして、不良になっちゃったの?」


 その問いに対し、正樹はすっとぼけた。


 「俺の何処が不良に見えるんだよ?」


 「煙草吸ってるじゃん」


 香澄は正樹が未成年喫煙をしているのを知っていた。

 腐れ縁とも言える長い付き合いの幼馴染が何故、煙草を吸う様になったのか?

 解らないが故に香澄は問うた。

 そんな香澄に対し、正樹はぶっきらぼうに否定する。


 「確かに煙草は吸ってるけどよ……不良とかヤンキーしてる覚えは無いぞ」


 煙草を吸っている事を認めた上で、不良やヤンキーをしていない。

 そう否定する正樹に香澄は不満そうに指摘する。


 「未成年喫煙してる時点で不良じゃない」


 香澄の指摘に対し、正樹は否定する事無く認めた。

 そして……


 「まぁ、ソレを言われたら否定出来ねぇな……で?どうする?チクりたいなら、チクっても構わねぇぞ。寧ろ、チクるのが取るべき正しい選択と言っても良い」


 悪い事をした者を告発する事は正しい行い。

 そう言っても良い。

 だからこそ、正樹は香澄に喫煙の件を告発しようとしても止める気は無かった。

 寧ろ、告発された後に起こるペナルティも含めて受け入れる覚悟もあるくらいだ。

 しかし、香澄は正しい選択を選ばなかった。


 「先生に言わないよ。でも、20ハタチまで煙草を辞めてくれる方が私は嬉しい」


 だが、辞めろと諭した。

 しかし……


 「それよ……拒否ったらチクるって聴こえるのは気のせいか?」


 穿った物言いをする正樹に香澄は少しだけ哀しそうな顔をすると、問うてしまう。


 「去年、何があったの?」


 昔から知る正樹が変わった節目。

 ソレを知るからこそ、変わってしまった理由を香澄は識りたかった。

 そして、昔の正樹に戻って欲しいとも願っていた。

 そんな香澄の想いを理解した上で、正樹は拒絶する。


 「悪いが答える気は無いし、禁煙する気も無い」


 「何で?」


 納得がいかぬ香澄は当然、問うた。

 しかし、正樹が答える事は無かった。


 「……答えたくない」


 言えるかよ。

 言えるわけがない。

 お前には悪いと思ってる。

 だが、全てが片付くまでは戻る気は無いし、戻れない。


 正樹は復讐を果たすまで、煙草を辞める気は毛頭無かった。

 そんな正樹を香澄は侮蔑的に見詰めながら、別の事を問うた。


 「なら、最近ずっと学校から帰った後は何してるの?」


 「俺が答えない。ソレを解ってるのに何で聞くんだ?」


 正樹の問いに香澄は真剣な眼差しと共に答える。


 「正樹の事が好きだから。好きな人がやっちゃ、駄目な事をしようとしてるなら止めたい。そう想っちゃ、駄目なの?」


 香澄から本心からの答えと共に問われれば、正樹は申し訳無さそうにしながらもハッキリと拒絶した。


 「香澄。お前が俺の事が好きと言ってくれたのは嬉しい。だが、悪いがコレばかりは譲れないし、お前の好意に今の俺は応えられない」


 しかし、香澄が引き下がる事は無かった。


 「なら、今じゃなきゃ良いのね?」


 引き下がらぬ香澄に対し、正樹は突き放す様に告げる。


 「訂正しよう。今後もお前の好意に応えられない。だから、俺の事なんて無視しろ」


 正樹の拒絶に香澄は言葉を失ってしまう。

 そんな香澄を他所に正樹は全速力で駆け出した。

 真正面から己を受け止めようとする香澄から逃げる様に。

 そして、香澄よりも早く駅に着いた後。

 電車に乗って、学校の最寄り駅へと向かうのであった。



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