狗となった魔女は飼い主の真意を振り返り、次の狩りの支度をする
慣れた手付きでブローニングハイパワーの分解は直ぐに終わらせると、涼子は黙々と静かに火薬煤で汚れた各部品をガンオイルを着けたブラシで磨いていく。
黙々と磨くと共に点検する間。
涼子は天照大御神に自分自身を売った後。
別れ際にした会話を振り返っていた。
それは40分ほど前。
自分が居た地元の神社まで遡る。
「私は正直な所、人の子が幾多死のうが別に構わないのだ。人は誰しも死に、また産まれるのだ。百万が一度に死んでも私は正直どうでも良い。それは私に限らず
天照大御神の言葉に涼子は何も思わなかった。
だが、それなら何故に自分にキマイラ達の始末をさせたのか?
そんな疑問が有った。
涼子の疑問を察したのだろう。
天照大御神は答える。
「この地は
要約するなら、父親と母親の産み落とした大地の為。
そう答えた天照大御神の真意を理解した涼子は、自分が理解した天照大御神の真意が正しいのか?
確認する為に尋ねる。
「つまり、あの呪物がこの大地……日本列島を大いに穢す元凶となるが故に呪物を解除する事こそ、貴女が真に求めた仕事。下手人達は地獄に落とせたら御の字……そんな所ですか?」
涼子の仮説を聞いた天照大御神は笑みを見せて肯定した。
「そうだ。
天照大御神が数多の日本の神々を代表して答えれば、涼子はもう1つの疑問をぶつける。
「それが私を狗として迎え入れる事とどう繋がるんですか?」
「
どうやら天照大御神は退魔師達の出来の悪さに
そんな失望を露わにする天照大御神。
そんな大神の言葉を確認する様に涼子は尋ねる。
「つまり、役立たず達に期待するのを辞めて、私の様な極悪人を重用する。そう言う事ですか?」
「そう捉えてくれて構わん」
アッサリと肯定する天照大御神に涼子は敢えて失礼を承知で言う。
「普通はそんな大それたバカをやる奴が居るなんて思いませんよ」
100万の人間を生贄に捧げて自分達の不老不死を画策する者が存在するなんて思わない。
何なら、そんな大それたバカを考える事すらしない。
その上、陽動で多数の被害者が出ている。
被害者が数多く居る以上。
例え、陽動と解っていてたとしても下手人を最優先で捜索する方に人員を割かざるを得ない。
陽動する下手人を確保。
その後、尋問して首謀者達の事を吐かせてから首謀者達を確保しに行く方が一般的に考えるならば効率的なのだ。
だが、天照大御神は涼子がやって退けた事を出して反論する。
「それならば何故、貴様風に言うならばこの世界のオカルトやファンタジーに関して何も知らぬ貴様は僅かな手掛かりとも言える要素から全てを見通し、最上とも言える結果を我等に叩き付けて見せる事が出来た。それなのに連中は何故出来ない?」
たった独りの小娘に出来て、組織的に活動する退魔師達が出来なかった。
それを責め立てる様に憤慨しながら言う天照大御神に涼子は正直に答える。
「私は適当に当たりを付けて確認したら大当たりを引いただけです。強いて言うなら、偶々のまぐれ当たりって奴ですよ」
「確かに貴様の言う通りなのだろう。だが、それを差し引いても連中は術者同士で内輪揉めをし、自分達の祖が残した負債に対する生贄の押し付け合いをしている」
退魔師達の酷い体たらくに益々憤慨する天照大御神に対し、何処か人間味を感じながら涼子はキッパリと無礼を承知で告げる。
「これ以上、延々と愚痴聞かされるなら帰って良いですか?」
「ゴホン……すまんな。貴様には関係な……否、
関係ある。
そう告げた天照大御神に涼子は首を傾げると、天照大御神は簡潔明瞭に仕事の内容を告げる。
「無能な退魔師達に変わって連中の祖が残した負債を貴様が処理しろ」
「さっきまでの憤慨ぶりや先程の人の子の死云々を振り返りますと貴女には取るに足らない問題で、処理しなければならない理由が見当たりませんが?」
当然の疑問をぶつければ、天照大御神は説明する。
「陰と陽。その均衡が保たれる事で世界は維持される。無論、混沌に見えるこの地でもそれは変わらない」
その説明を聞いた涼子は具体的な内容が何なのか?
尋ねる。
「つまり、陰と陽のバランスを保つ為に退魔師達の祖先が残した大きな負債とやらを処理しろ……そう言う事ですか?」
涼子の確認に天照大御神は肯定する。
「そう言う事だ」
「では、その
「あぁ、具体的な詳細は後日送らせよう。だが、悠長にしていられる時間は無いぞ」
天照大御神の時間が無い。
その言葉に涼子はプロの稼業人の如く確認する。
「タイムリミットは?」
「無能な退魔師共は1週間後に生贄となる巫女を選定し、その翌日に負債たる九尾へ生贄を捧げる」
今日から1週間とプラス1日。
具体的なタイムリミットを確認した涼子は「解りました。それまでに処理します」そう言い残して去ろうとする。
だが、天照大御神はさらなる懸念事項を告げた。
「生贄の儀当日。九尾は愚かにも百鬼夜行を実行し、人の子等が集う街へ繰り出そうとしている」
「なら、そいつ等も
そして、今現在に戻る。
分解清掃と動作点検を終えたばかりのブローニングハイパワーを眺める涼子は、天照大御神から下された任務の依頼を改めて確認する。
退魔師達の負債である九尾が百鬼夜行を画策している。
私はその前に連中を粉砕し、日本に穢れが満ち溢れて陰と陽のバランスが崩れる事を未然に防ぐのが具体的な任務内容。
何ら難しく考える必要は無い。
「いつもの様に皆殺しにして終わり。それで"なべて世は事もなし"……まるで、私ってBOのフランク・ウッズやジェイソン・ハドソンね」
無辜の人々は誰も知らぬ。
寧ろ、知らなくて良い。
人々が暴力を放棄して平和を享受し、平和を語れるのは人知れず暴力を肩代わりする者が居るからだ。
自衛隊や警察が良い例だ。
涼子の役目はそれと同じだ。
違う点は霊的、魔術的な問題を専任する事。
それと、無辜の人々を護る為でない事。
そして、陰と陽のバランスを取る為だけに投入される事。
この3点ぐらいだろう。
そんな大役を任された涼子はブローニングハイパワーを目の前に置くと、小さな溜息を漏らしてボヤく。
「ハァァ……些か早まったかしら?でも、この件も解決しないとお母さんとお父さん。美嘉に明日香達や無数の人々にも被害が及ぶのも事実。だったら、私が手を汚す方が結果的に被害が最小限になるんだから良いのかな?」
残念な事に自分にはそれだけの力が有る。
その上、他に処理する者も居ない。
そんな状況に涼子はミリタリーと同じ様に好きな映画の台詞を交えて誰に言うまでもなくボヤく。
「ジョン・マクレーンの台詞じゃないけど、ヒーローの役を変わってくれる奴が居たら喜んで変わってあげるわよ」
涼子が心の底から望んでいたのは平和で平穏な生活であって、物語のヒーローの様な状況じゃない。
だからこそ、嘆く様にボヤいた。
しかし、嘆いてもボヤいても状況は好転する訳ではないのが現実。
それ故に涼子は部屋へ戦闘装束と武器の詰まったトランクを取りに戻った。
涼子はトランクを手に工房にまた戻れば、トランクの蓋を開けて次の狩りの支度を渋々ながらもしっかりと進めるのであった。
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