魔女は指輪を意味消失させ古き友とも再会す


 最悪の展開になった際。

 家族を保護して貰う事。

 それから、毎月30万円の給料とトラブル処理で50万円を得る。

 それ等を条件に天照大御神の狗となる事を決断した涼子は自宅に帰ると、自室で下着の替えを用意してからまた風呂を浴びた。

 風呂から出るといつもの様に身体と髪を入念に拭き上げ、下着姿になって肌の保湿ケアをしてから部屋に戻る。

 それから、例の指輪を処分する為。

 トランクの中から1つの古めかしい鍵を取り出した。


 「二度と戻らないって決めてたけど、こうなったら仕方無い」


 そんなボヤきと共に鍵に魔力を込めると、目の前に中空に浮かぶ扉が現れる。

 鍵を現れた扉の鍵穴に差し込んで捻れば、ガチャッと金属音と共に解錠される音がした。

 扉の鍵を開けた涼子は扉に手を掛けて開け、扉の向こうへ躊躇いなく足を踏み入れる。

 扉の向こうは涼子の持つ魔導の工房。

 または研究ラボと言っても良いだろう。

 其処は広く、様々な器具が置かれた部屋であった。

 そんな部屋に1年ぶりに足を踏み入れた涼子は何処か懐かしさを覚えながら部屋の中を進んで作業台の前に赴く。

 例の指輪を作業台にセットして固定すると、必要な工具を用意し始める。

 太い金属の棒と玄翁と呼ばれる金属製のハンマー。それにノミを用意した涼子は太い金属の棒に指輪を差し込んでセットした。

 それから、太い金属の棒を固定すると、ノミと玄翁を握り締めた。

 ノミの先を指輪の中心に軽く押し当てた涼子は玄翁を大きく振り被る。

 そして、ノミの後端へ向けて勢い良く振り下ろした。

 甲高い金属音と共に振り下ろされた玄翁に叩き付けられたノミが指輪に食い込み、指輪に亀裂を作るを

 だが、再び振り被った涼子は玄翁をノミに向けて打ち込んだ。

 そうして、指輪が縦に割れた

 涼子はノミの向きを横に変えると、振り被って玄翁を打ち込んでいく。

 程無くして指輪が十字に割れた。

 すると、涼子はチョーカーを外して体内の魔力を解放した。

 涼子は割れた指輪を尻目に次の工程に移る支度を進めていく。

 金属加工時の冷却用に据えたバスタブに魔法で水を生み、バスタブの中に注ぎ入れて満たしていく。

 数分後。

 水が完全に満たされた。

 満たされたバスタブを尻目に作業台へ戻った涼子は指輪を回収。

 そして、回収した握る涼子はバスタブの水面の上に指輪を握り締める右手を伸ばし、右手に魔力を流し込んだ。

 すると、割れた指輪から熱を帯びた蒸気が発生する。

 同時に指輪を握り締めた右拳から熱気が漏れていく。

 それから程無くして、指輪だった物が赤い液体と化してドロリと熱気と共に拳の隙間から流れ出た。

 水の中へ融けた金が落ちていく度にジュッと音を立てながら、バスタブ内の水を僅かに蒸発させながら沈んでいく。

 そして、バスタブ内で小さな金の粒と化した。

 そんな金の粒が幾つもバスタブの底に転がる頃には、拳の中に握り締められていた指輪は完全に無くなる。

 こうして、指輪をこの世から抹殺してほしいというチェンの願いは叶えられた。

 己の拳を溶鉱炉と化して指輪を融かした涼子は熱い右手をバスタブの中に突っ込んで冷やす。

 熱くなった拳が冷やされれば、バスタブの底に沈む金の粒を拾い集めていく。

 程無くして拾い集め終えた。

 バスタブから右手を上げた涼子は掌に並ぶ金の粒をジッと見詰め、考える。


 これで指輪としての効果は完全に意味消失した。

 後は最後にコレを始末するだけなんだけど……


 「さて、何処に棄てようかしら?」


 そう決め倦ねて独り言ちる。

 すると、慣れ親しんだ古くからの友の気配がした。

 涼子は気配の主である友の立つ後ろを振り返る。

 振り返った先に居たのは、蒼い髪を腰の辺りまで伸ばした蒼い装束に身を包んだ。

 涼子よりも歳上なれど若い女であった。

 蒼い髪の彼女は黙したまま部屋の主たる涼子に警戒する。

 だが、涼子は目の前に立つ彼女が自分に警戒するのを一切気にせず、掌の金の粒を差し出して尋ねる。


 「これ要る?一応、ちゃんとしたきんなんだけど?」


 その問いに呆気に取られながらも蒼い髪の彼女はアッサリと拒否する。


 「要らないわよ」


 「だよね……で、何か用?」


 拒否されるのを予測していた涼子が自分に何の用があるのか?

 目の前の蒼い髪の彼女へ暢気に尋ねる。

 彼女は自分が何で来たのか?

 その理由を答えた。


 「貴女が此処に再び戻って来た気配がしたから様子を見に来たのよ。で?二度と足を踏み入れないと言った貴女が何で約束を破って此処に居るんですか?」


 責める様に問うと共に嘘を吐いたら容赦無く殺す。

 そう視線だけで告げる蒼い髪の彼女に対し、涼子は正直に答える。


 「故郷で拾った面倒な厄ネタの処理の為に来ただけ。そっちが警戒する様な理由で此処に来た訳じゃないわ……それ以前に此処は私の工房で私の城。私が私の物を使うのに誰の赦しを乞えと言うのかしら?」


 最もな正論に蒼い髪の彼女は「確かにその通りね」と納得。

 だが、それでも涼子が自分と交わした約束を違えた件を指摘する。


 「だけど、貴女は私と約束した筈ですよね?二度とこの世界に足を踏み入れないと……貴女はそう私に約束しましたよね?」


 約束を違えた事を指摘された涼子はそれを認める。

 しかし、同時に問うた。


 「えぇ、確かに私は約束を違えた事になるわね。どうする?私を殺す?」


 涼子の問いに彼女は答える。


 「確かに貴女は私との約束を違えました。だけど、私は親しい友を手に掛けるなんて事はしたくないんです。例え、貴女が極悪非道の存在だとしてもね」


 その答えに涼子は嬉しさを感じた。


 「貴女ぐらいよティエリア。私を友なんて言ってくれる人は……」


 「貴女は全方面に喧嘩を売り過ぎなんですよ。色んな国に喧嘩売るどころか、他の魔女達にも喧嘩売って……貴女が戻って来たなんて知ったら、いの一番にエレオノーレが殺しに来るわよ?」


 エレオノーレ……今この場に居らぬ『焦熱の魔女』と呼ばれる彼女の事を言えば、涼子は気にせずに返す。


 「別に問題無いわよ。私は此処で用を済ませたらさっさと故郷に帰るし……それに此処は未だエレオノーレにはバレてないから多分大丈夫よ」


 過去に何度か大いに揉め、エレオノーレから仕返しで何度も自分は燃やされた。

 無論、過去に別の場所にあった当時の工房も焼き払われた事も何度もあった。

 勿論、涼子もエレオノーレを何度もシバき回して来た。

 顔を見合わせる度に殺し合う程に犬猿の仲であるエレオノーレ。

 そんな彼女にも此処は知られていない工房である。

 そう言うと、ティエリアは少しだけバツの悪い表情を浮かべて涼子から目を逸らす。

 ティエリアの様子に不審感を覚えた涼子は恐る恐る尋ねる。


 「え?まさか……此処もバレてる?」


 「その……何と言うべきか……」


 ティエリアが言い淀むと、別の凛とした声が響いた。


 「ティエリアから貴様が帰って来たと聴いてな……居ても立ってもいられず私も来た訳だ」


 その声のした方を見ると、其処には深紅の髪を後ろで束ねた背の高い顔に大きな火傷跡のある黒衣に身を包んだ背の高い女の姿があった。

 背の高い深紅の髪の女は獰猛な満面の笑みを浮かべながら涼子を見据え、両の手から紅蓮の炎を上げながら此処に居る理由を告げる。


 「貴様との決着ケリをどうしても着けたくてな……無理を言って付いてきた」


 此処で逃げたら間違い無く世界を跨いで追い掛けて来る。

 そう判断した涼子は大きな溜息を漏らすと、エレオノーレの渇望を叶える事にした。


 「良いわよ。望み通りケリ決着をつけてやろうじゃないの……でも、支度ぐらいはさせなさいよ?こんな格好でくたばったら、死んでも死にきれないわ」


 今の涼子の姿はパンツにブラジャーだけのあられもない状態。

 そんな姿で戦って敗北し、屍を晒す事になれば流石に恥ずかし過ぎる。

 だからこそ、殺し合う前に支度をさせろ。

 そう下着姿の涼子が要求すれば、エレオノーレは心底残念そうに溜息を漏らした。


 「ハァァァァ……辞めだ。興醒めも良い所だ」


 エレオノーレが涼子を殺すのを辞めた。

 そう告げれば、涼子は珍しそうに尋ねる。


 「私を殺さないでくれるの?私の顔見るなりバカの一つ覚えみたく燃やしに来るアンタが?」


 嫌味も交えて問われたエレオノーレは心底落胆した様子で答える。


 「私が焼きたかったのは死を司り、紅蓮とも呼ばれた最悪にして最強の名を欲しいままにした魔女だ。だが、その魔女は何処に居る?私の目の前?目の前にはしか居ない……」


 エレオノーレから辛辣に腑抜けた娘と言われた涼子は怒らなかった。

 寧ろ、その言葉をとても好ましく思っていた。


 「良かった。私は普通の人間に戻れているって解って。実に嬉しい限りだわ」


 涼子の喜ぶ様子にエレオノーレは苛立ちを覚えるが、涼子を縊り殺したくなる程では無かったのだろう。

 本来ならば最も警戒すべき存在である涼子に対し、エレオノーレは背を向けると立ち去る様に歩き出した。

 エレオノーレの背は何処か寂しそうで、物悲しさすら漂わせて居た。

 そんなエレオノーレの背を見送った涼子とティエリアはお互いに顔を見合わせ、言い合う。


 「珍しい事もあるものね」


 「彼女、本当に心の底から落胆してたわ。あんな彼女、初めて見るわよ?」


 エレオノーレが心の底から今の涼子に落胆している事にティエリア自身も驚きを示せば、涼子も同じ様に驚きを露わにする。


 「私だってアレがあそこまで落胆してるのを初めて見たわよ」


 ティエリアの言葉に同意する様に涼子が言えば、ティエリアは涼子を改めてジッと見詰めながら言う。


 「エレオノーレが貴女を腑抜けきった小娘と言ってましたけど、本当に昔の貴女とは思えない程に明るく、人の良さ。それに生を楽しんでいる感じもしますね」


 そうティエリアから評された涼子は彼女の言葉を喜ばしそうに受け取った。


 「ええ、お陰で私は邪悪な怪物から人間に戻る事が出来たわ……まぁ、あの人愛した夫あの娘愛した実の娘のお陰も大いにあるけどね」


 当時天寿を真っ当した愛する夫と愛娘の事を想い出と共に懐かしさを覚えているのだろう。

 微笑ましそうに言う涼子にティエリアは告げる。


 「なら、ずっとそのままで居て下さい。今の貴女でしたら、この地に足を踏み入れても私は見なかった事にしてあげます」


 ティエリアの好意に涼子は感謝の意を示した。


 「それは嬉しい限りだわ。あ、貴女も何か作業したくなったらこの工房を使って良いわよ。何なら、身を隠して雲隠れしたい時に使っても良い」


 涼子が涼子自慢の工房を使っても良い。

 そう告げると、ティエリアはハッキリと返す。


 「私は貴女と違って其処まで非道をしてないから要らないわ」


 要らないと言われた涼子はティエリアがそう答えると、ティエリアが答える前から既に知っていた。


 「知ってる」


 「だと思った。所で貴女の用事は済んだの?」


 ティエリアから用事が済んだのか?

 そう問われた涼子は掌にある幾つもの金の粒を一瞥すると、ティエリアに御願いする。


 「悪いんだけどさ、この金の粒指輪だった物を全てカスィプレッツァの海の底かアスタロス火山の噴火口に棄ててくれると助かるんだけど……やっぱ駄目よね?」


 前者はこの世界で最も深い海の底。

 後者は数百年どころか、古代から今の間ずっと活発に活動を続ける火山の噴火口。

 そのどちらかに指輪だった物を棄てて欲しい。

 そんなを依頼を涼子からされたティエリアは直ぐに応じずに事情を尋ねた。


 「この金にはどう言う事情があるの?」


 事情を問われた涼子は包み隠す事無く、正直に知っている範囲の全てを答える。


 「私の世界の天使と悪魔の両トップが何か血眼になって欲していて、悪い人間の手に渡ったら最悪の事態になる代物って言う事ぐらいしか知らない。で、私は戦友からコイツ指輪だった物をこの世から消してくれ。そう依頼され、対価も支払われたから実行に移しに来たのよ」


 真剣な眼差しと共に答える涼子の言葉の中に嘘偽りが一切無い。

 そう判断したティエリアは涼子の掌から金の粒を全て拾い集めると、涼子の依頼を承諾した。


 「貴女の御願いを叶えてあげますよ。貴女も一応は大事な友人ですから」


 「対価は何が良い?」


 魔女に願いをするならば、対価を用意するのが当然の作法だ。

 これは魔女に限らず、誰が相手でも依頼する相手に支払う対価を用意するのは当たり前の常識。

 地球や異世界関係無く、あらゆる世界で当て嵌まる全ての世界と文明では当たり前過ぎる常識と言っても過言じゃない。

 そんな対価を用意する立場となった涼子にティエリアは要求する。


 「では、貴女の世界のお酒を幾つか……それで手を打ちますよ」


 ティエリアの要求に涼子は一応の注意点を告げる。


 「それは良いけど……流石に私は向こうでは平民だからお高いのは流石に用意出来ないわよ?」


 「別に高級なお酒を寄越せと言ってる訳じゃないわよ?向こう、貴女の故郷で親しまれて愛され続けてるお酒を私は飲んでみたいのよ」


 自分の欲求も交えたティエリアの好意に涼子は快諾する。


 「喜んで対価を支払わせて貰うわ。でも、流石に今直ぐは無理だけどね」


 「私も今直ぐ寄越せと言わないわよ。私がコレをアスタロス火山の溶岩の中へ放り込み終えて此処に戻って来た時に用意してあれば文句無いわ」


 「えぇ、用意しておくわ」


 涼子がそう返すと、ティエリアは目の前で陽炎の如く消え失せた。

 独り残された涼子は工房から実家の自室に一旦戻った。

 自室から硝煙臭うブローニングハイパワーと銃の整備道具一式を持って再び工房に戻り、作業台の前に座る。

 その後。

 涼子は慣れた手付きでブローニングハイパワーを分解するのであった。



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