魔女は顔馴染みの魔王に狩りを外注する


 昔の。

 否、今も変わらないわね。

 兎に角、私は物臭ものぐさで面倒臭がり屋の飽き性だ。

 その上、目立って正体がバレるのは嫌だし、正義の味方もガラじゃない。

 だから、私は現場に赴いて顔を晒したくなければ、自分の手も可能な限り汚したくもない。

 今回は作戦当日までの間。

 パトロールを事にした。


 両親との焼肉は大いに楽しむ事が出来た。

 旨い肉をたらふく喰らって腹を満たし、大いに満足した涼子は両親に自宅へは歩いて帰る。

 ついでに本屋にも行きたい。

 そう告げて両親とはその場で別れると、レストランの敷地を後にした。

 レストランを後にしてから20分後。

 本屋の敷地とも言える広い駐車場に足を踏み入れた涼子は、周囲を見廻しながら駐車場内を歩き廻っていく。

 疎らに車が駐車場内の駐車スペースに収まる駐車場内に人目がある事に涼子は舌打ちすると、ボヤいてしまう。


 「やっぱ此処じゃ人目が有るから駄目ね」


 流石に人目の付く所で魔法を行使するのは不味かった。

 此処で知り合いを呼ぶのを辞めると、駐車場から見える小さなホームセンターの向こうにあるスーパーへと歩みを進めて行く。

 5分ほど歩いてスーパーと自分のアルバイト先のチェーン店舗である古本屋が見えて来ると、涼子は暗い駐車場へと入った。

 周囲を見廻して疎らに駐車スペースに停まる車の中に人が居ない事。

 それから、駐車場内に人目が完全に無い事を確認すれば、奥の人目に着かぬ場所まで歩みを進めて立ち止まる。

 その場でアスファルトの地面に魔力を込めた祝詞を描いて陣を作り上げれば、顔馴染みを喚ぶ為に全身に魔力を流した。

 そして、異世界の言語で詠唱し始めた。


 「我が名は黒き魔女。我と契約を結びし大いなる魔の者よ。我との契約に従い、我の喚び声に応えたまえ」


 その詠唱と共に仄かな黒い光が魔法陣から放たれ、強烈な魔力の気配を伴った姿なき姿が顕わとなる。

 黒いもやとも言える姿なき姿は涼子の姿に気付くと、少しだけ驚いた様な声を上げた。


 「まさか、君にまた喚ばれるとはね」


 黒い靄から放たれた声に涼子は軽く手を降って再会の挨拶をする。


 「久しぶりね。魔王様」


 「僕の感覚では何十年ぶりだよ。ん?此処は何処だい?僕の知る生ある者達の世界と様相が大分異なるけど?」


 自分の居る喚ばれた場所が見た事の無い物で溢れている。

 その事に気付いて首を傾げる魔王と呼ばれた黒い靄に対し、涼子は説明を兼ねて告げる。


 「此処は私の故郷よ」


 「あぁ、君が昔言っていた魔法無き世界か……ん?細かな魔の気配がするのはどうしてだい?君はエルフやらドワーフとかは居ないって言ってたよね?」


 目の前に立つ親しき友にして契約を結ぶ魔女とは別に複数の魔の気配を感じ取る魔王。

 そんな疑問に首を傾げる魔王へ、涼子は本題を切り出す様に告げる。


 「貴方を喚んだのはその件よ。この世界に貴方の様な魔族に似た者達が居る。その中にこの街の人々を襲って喰らおうとする者達が居る。貴方には街をパトロールしてソイツ等の始末を御願いしたいのよ」


 涼子の要求とも言える己への要望を聴いた魔王は呆気に取られてしまう。

 だが、笑い出した。

 一頻り笑った所で満足したのだろう。

 魔王は愉快そうに涼子へ問う。


 「君が人々を僕に護れと?数え切れぬ人間を殺し、恐れられて来たあの邪悪な魔女の君が?何の冗談かな?」


 陽気な魔王とは対照的に少しばかり不満げにする涼子は問いに対して答え、逆に問うた。


 「私だってアンタにこんな事を頼みたくないわよ。こうして、笑われるの解ってたし……で?やるの?帰るの?」


 「対価は君を事でどうかな?あ、手付け金は私が君の要求に応じている間、明るい時にこの未知なる世界を物見遊山する事で構わない」


 初めての魔法無き文明世界と言う未知。

 それにワクワクした様子で対価を要求する魔王に涼子は承諾する。


 「その間、この地の人間に一切手出ししないなら良いわ。でも、約束を違えたら私は容赦しないわよ?」


 「君とは長い付き合いなんだ。重々承知してるよ。それに君のお陰で僕は最上級の魔族となり、数いる魔王の一柱となれたんだ……そんな恩人でもある友を裏切る気は無い」


 古くからの付き合いであり、今の自分があるのは涼子のお陰。

 そう言えば、涼子はシニカルに返した。


 「どうかしらね?私、魔族連中から軒並み嫌われてるし……」


 涼子の言葉に魔王は呆れ混じりに返す。


 「なーに君を怨んでる奴を数えるより、怨んでない奴を数える方が簡単な程度だよ。まぁ、君の首を大魔王様に差し出せば多額の褒賞と地位を獲られるくらいの賞金掛けられてるけどね」


 その言葉に涼子は昔から気になっていた疑問が解決した様な納得した顔を浮かべた。


 「だから、昔は滅茶苦茶魔族連中から狙われまくったのね」


 「お陰で向こうじゃ、僕も色んな奴から嫌われた上に喧嘩売られまくったよ。まぁ、君のお陰で強くなった僕は喧嘩売ってきた相手を軒並み喰らえたから益々強く成る事が出来たから良いけどね……で、対価を払うかい?」


 「さっきの答えで私の意思を理解したと思ったんだけど?」


 先程述べた涼子の答えは自分を一晩好きにして良い事と悪さしなければ物見遊山……即ち、観光旅行に洒落込んでも良いと言うものであった。

 そんな涼子の答えを理解した上で目の前の魔王は敢えて払うか?

 そう問うた理由を告げる。


 「こう言う契約は君の口からキチンと君の意志を聴いた上でなければ駄目だろ?ほら、君とは親しい身なれど仕事と友人付き合いは別だしね?」


 契約で公私混同はしない。

 そう告げた魔王が望む通り、涼子は自らの意思を告げる。


 「解ったわ。1週間人々を襲おうとする魔を殺して廻り、その1週間の間の空いた時間で人々に対して悪さをしなければ物見遊山しても良い。そして、1週間後の夜に私を好きにしても良いと言う対価を差し出す……これで良いかしら?」


 自らの口で対価を支払う事を告げれば、魔王はおちゃらけた様子で更に要求する。


 「あ、物見遊山してる間のお金も頂戴ね♡後、人から話し掛けられた時や食堂で料理を注文する時に会話するのは赦して欲しいかな?」


 「そう言うと思って……はい、これ」


 魔王の要求を既に予想していた涼子は折り畳み式の財布を取り出してパカッと開け、紙幣の収まる中から10枚の1万円札を差し出して言う。


 「無駄遣いするんじゃないわよ。一般的な常識とかこの世界の言語は私の記憶を読んで覚えて」


 そう告げた瞬間。

 魔王たる黒い靄は涼子の口へ吸い込まれる様にして胎内へと侵入した。

 5分ほどすると、黒い靄は涼子の口から吐き出される様にして出て来た。

 そして、黒い靄は人の形を成すと共にカジュアルな装いをした大人の男とも言える人間の姿と成った。

 そんな魔王の姿を見た涼子は感心した様に言う。


 「相変わらず人間の変装が上手ね。魔力を一切感じさせないのも含めて」


 涼子の言葉に魔王は流暢な日本語で涼子から獲た知識も交えて答える。


 「魔力を一切させない方が相手を油断させられるからね。魔力を感じさせない相手ほど警戒するべきなのに大概の奴はバカみたいに侮って舐めプして本気を出そうとしない。侮って舐めプしてくれる相手を倒す方が楽だし、効率的なのは君から教わった。それに……」


 「それに?」


 「この世界の普通の人々は魔力を持たないばかりか、魔法すら実在する事を知らないんだろ?一般人に化けるなら最低でも魔力を感じさせないのは基本じゃないかい?」


 涼子との付き合いから悪辣な手練手管を学んだ魔王。

 そんな彼の言葉に涼子は喚んで正解だったと告げる。


 「貴方のそう言う所、私好きよ」


 「なら、僕のお嫁さんになってよ♡」


 「…………次、そんな戯言抜かしたらアンタのチンコ千切り取って食わせるわよ?」


 涼子の脅しに魔王は身震いしながら返した。


 「辞めてくれよ。君、実際にじゃないか」


 涼子と共に活動していた頃。

 当時の涼子は涼子が述べた脅し文句通りの事を実際にやった事が多々ある。

 具体的かつ厳密に言うならば、相手の睾丸ごと陰茎を引き千切って相手の口に突っ込み、喉奥まで押し込んで窒息死させた。

 それは相手へ窒息という死ぬまで苦しみを与えると、同時。

 濯げぬ恥辱を与えると共にその相手の仲間達へ「自分に喧嘩を売るなら、この死体と同じ目に合わせてやる」と言うメッセージも兼ねていた。

 そんなメキシコの麻薬カルテルの如き残虐極まりない殺しをして来たのを何度も目の当たりにした事がある。

 だからこそ、魔王は涼子の言葉が本気だと理解したのである。


 「そんな魔族でもドン引きする方法で殺されたら恥ずかし過ぎて死んでも死にきれない」


 「だったら、私への嘗めた事は控える事ね」


 「やっぱ、弱体化してても君は恐い。恐いから早速狩りに行ってくる」


 その言葉と共に魔王が姿を消せば、独り残された涼子は次の行動に移った。


 「こうして本格的にドローン使い魔に偵察させるなんて久しぶりね」


 そう独り言ちながら5頭の大鴉オオガラスとも言える使い魔は産み出されると、羽撃いて空高く飛び上がる。

 程無くして、闇に覆い尽くされた夜の空へと消えた。


 「3体は現地の情報収集に充てるとして、残りの2体は連中退魔師の狩りの観測とアイツの補佐に回せば良いわね」


 4体の大鴉を模したドローンと呼べる使い魔の使い道は納得出来る。

 だが、残り1体の使い道と言える退魔師達の戦いを観測する事に読者諸兄は首を傾げているだろう。

 そんな理由を涼子は誰に向けて語る訳でもなく独り言ちる。


 「退魔師連中の御点前を拝見したいのもある。だけど、一番は敵と連中の情報を収集する事に尽きるわ。万が一、奴等退魔師と一戦交えなければならない時、奴等の手札が解らないよりは解る方が勝利に繋がる。後、敵とも言える妖怪連中の具体的な動きを掌握して組織的なのか?偶発的なローンウルフスタイルなのか?それともマリゲーラの様な都市ゲリラスタイルなのか?見極めたい」


 敵とも言える都内で発生する妖怪達がどの様な指針で活動しているのか?

 妖怪達を指揮統制する存在が居ないか?

 居なければそれはそれで良し。

 居れば何者なのか?

 他にも知りたい事を挙げればきりが無い。

 だからこそ涼子は用意周到にも偵察させる事にしたのであった。


 「これがマリゲーラの提唱する都市ゲリラのスタイルだったら目も当てられないわね。とは言っても今回に於ける私の任務とは無関係だし、対処方法なんて実質無いのよね……」


 マリゲーラ。

 カルロス・マリゲーラは激動の時代であった当時の軍事政権下のブラジルに於いて、同志とも言える反政府活動家達へ市街地に於けるゲリラ活動を指南したゴリゴリの反政府活動家であった。

 そんな彼は都市に於けるゲリラ活動に関するイロハを『都市ゲリラ教程』と言う著書に記した。

 彼の記した『都市ゲリラ教程』を過去にミリタリー趣味者の観点から読んだ事があった涼子は、妖怪達がマリゲーラが指南した様なスタイルで活動していないか?

 気になっていた。

 だが、同時にマリゲーラの示す都市ゲリラスタイルで妖怪達が活動していた場合。

 対処方法が無い事も理解していた。


 「マリゲーラはゲリラは少数で上位存在からの命令が無い限りスタンドアローンで独自に活動する事を旨とし、同時に他の同志達の事を知ろうとしてはいけないと語ってるのよね。そうなると、1つずつチマチマとゲリラを潰さないといけなくなるけど……終わるまでに何年掛かるかしらね?」


 「ゲリラという人民の大海を泳ぐ魚を全て仕留める事は実質不可能だし、浜の真砂は尽きるとも泥棒の種は尽きまじとも言うし」そう締め括った涼子はその場から立ち去ると、通り過ぎて行った本屋に向けて歩き出す。

 5分ほど来た道を戻って本屋に着いた涼子は地図コーナーで京都府を網羅する地図を手に取ると、会計を済ませて家路に着くのであった。




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