2匹の狗は仕事抜きで狩りをする事を決める


 池袋駅から地元までの電車移動は、何のトラブルも起こらなかった。

 乗り換えもスムーズに進んだお陰で、予想よりも少し早く地元の駅に帰る事が出来た。

 その後は何時もの様に駅を後にする。

 見慣れた物静かで代わり映えの無い景色の中。

 涼子は両耳に嵌めたイヤホンから流れる曲を口ずさみながら陽気に歩みを進めていく。

 涼子は駅と自宅を行き来する際。

 必ず表通りを通らずに裏の道を通っていく。

 裏道を通って行く方が近道で表通りを進むよりは時間の短縮となる。

 誰だって遠回りはしたくないのだから、近道を使うのは当然だろう。

 だが、今日の裏通りは何時もの日常の風景にそぐわぬ人ならざるモノの気配が複数あった。

 その上。

 気配の主達は涼子の事を獲物として舌なめずりをして居る。

 無論。

 そんな気配に気付かない涼子ではない。


 この気配……餓鬼の群れね。

 威圧してビビらせれば直ぐに逃げ出す雑魚だけど、逃げた後に他の自分より弱い獲物を狙う程度には小狡い知恵は持ってて小賢しい上に存在そのものが不愉快なのよね。

 そうなると、今早急に殺しておく方が周りの人達にとっても迷惑にならないわね。


 この夕方前の午後4時過ぎの時間帯は明るく、人の流れもそれなりにはある。

 表通りに限っての事なら。

 だが、裏通りは住宅密集地でもあるとは言え、表通りと比べればとても疎らで少ない。

 その上、餓鬼達は常識を持った普通の世間一般の常識を持った人間ではない。

 それ故、住宅地であろうが警察への通報を気にせずに獲物を喰らわんとする。

 涼子を狙う3匹の餓鬼達も例外じゃなかった。

 人の常識も涼子の正体を知らずに涼子の背後から息を殺し、静かに良いタイミングを図ると共に周りに脅威が居ない事を確認しながら涼子にゆっくりと近付いていく。

 だが、正樹とのファーストコンタクトへ向かう時から涼子は、そんな餓鬼達の考えを見透すと共に罠を仕掛けていく。

 自分の身を遮蔽物にして罠を前方に仕掛けた涼子は罠の配置が済めば、罠を仕掛けたポイントを餓鬼達の目の前で通って見せる。

 それから、急に立ち止まってスマートフォンを取り出して眺め始める。

 獲物である涼子が背後の自分達に気付かず、立ち止まって何かをしている。

 餓鬼達にはそれが滑稽で間抜けに思えたのだろう。

 餓鬼達は大いに狩りの成功を確信して嗤うと早速、涼子と言う女の柔らかな肉に喰らいつかんと駆け出して一目散に突っ込んで来る。

 3対6つの目玉はいずれも一点にしか向いてない。

 3匹の餓鬼の目は全て暢気に立ち止まったまま、スマートフォンで何処かへ電話をしている涼子の背に釘付けであった。

 そんな餓鬼達が涼子に飛び掛からんと跳んだ瞬間。

 彼等は何が起きたのか?

 一切解らぬまま意識を消失させて動かなくなった。

 そんな餓鬼達に涼子は背を向けたまま電話相手である正樹と電話を続ける。


 「えぇ。今、ゴミを3つ片付けた所よ……貴方の方は?」


 涼子の問いに対し、この場から遠く離れた他県にある自分の地元に居る正樹は答える。


 「俺もゴミを始末したんだが……小さいから殺り難いのが難点だな」


 血の滴る艶の無い黒い刃の銃剣とコンバットナイフを手にしながら、目の前に転がる3つの餓鬼の死体を見下ろしながら返した。

 正樹は餓鬼達にそれぞれ2つの長い腸が収まる腹部と両肺。それから、心臓が収まる胸部の2箇所。

 否、3箇所に傷があった。

 その3つの死体に残る傷は何れも異なっており、胸にある2つの大小異なる傷口の小さい方は正確に心臓を刺突されている。

 しかし、よく見ると刺突した後に刃を捻って傷口を拡げたものであった。

 大きい傷は胸ごと両の肺を無理矢理力付くで乱暴に斬り裂いて出来たものと見て取れる。

 そして、腹部は刺突された後に刃を捻った上に横一線に腹の肉ごと腸を斬り裂かれた事を示す大きな傷があった。

 恐らく、刺され、斬り裂かれた時に強い激痛が襲ったのだろう。

 餓鬼達の死に顔は全て苦悶に満ち溢れたものと言えた。

 残虐極まりない殺しをした正樹に対し、涼子は歩き出す。

 尻の穴から頭のテッペンとも言える頭頂部までを太く長い杭に貫かれ、地面のアスファルトを穢れに満ちたドス黒い血で染めていく3つの餓鬼の死体。

 そんな愉快なオブジェが無かったかの如く歩みを進めながら、涼子は意見を求める為に尋ねる。


 「私と貴方。ほぼ同じタイミングで仕掛けられたけど、単なる偶然で片付けるべきかしら?」


 単なる偶然なのか?

  そう問えば、コンバットナイフと銃剣の血を拭いながら正樹は解らないと返す。


 「さぁな……だが、俺達に仕掛ける気が有ったとしたら正直言って、お粗末過ぎて話にならん。しかし、これが単なる行きずりの犯行だったんなら筋は通る」


 正樹が単なる偶然の出来事。

 そう自分の意見を述べると、涼子は納得はする。

 だが、恐いモノは恐いと付け足した上で返す。


 「偶然にしては恐ろしくタイミング合い過ぎてて恐いけどね」


 単なる偶然で片付けたい。

 だが、自分達は自らを神に売った狗。

 その上、妖怪達を束ねる大妖たる九尾を殺せと飼い主から命じられても居る。

 それ故、単なる偶然では片付けられる心情では無かった。

 そんな涼子の気持ちを理解する正樹は同意すると、話題を変える様に涼子へ尋ねる。


 「全く以てそうだな。なぁ、そっちで退魔師とやらの動きは確認出来てるか?」


 「私の近所じゃ今まで確認してないわね。オマケに何かチラホラと餓鬼達の気配してるのに退魔師らしき気配を一向に一切感じもしないわ」


 涼子からの答えは正樹にとって想定の範囲内だったのだろう。

 驚いた様子ではなかった。


 「君の所か」


 「私の所"も"って言ったわね?何を知ってるの?」


 正樹の答えから何かを察した涼子が問えば、正樹は正直に自分の知る情報を開示する。


 「退魔師連中は点数稼ぎに躍起になってる。成績振るわない事で自分が会社をリストラされるよろしく大物妖怪への生贄にされたくないが為にな」


 涼子と情報共有を図る正樹から伝えられた退魔師達の内部事情に涼子は素っ気なく返す。


 「えぇ、知ってるわ」


 「なら、この後の事はどうだ?連中は一番数が発生してる都内でパイの奪い合いに熱心で、周囲で発生してる妖怪やら妖魔はと言ったら?」


 正樹から告げられた内容を聴いても涼子は顔色を一切変える事無く、平然と歩みを進めながら言う。


 「人々を護る盾であり、矛である正義の味方様が笑わせてくれるわね」


 ポーカーフェイスを保ちながらも不愉快そうに感想を述べた涼子に正樹は淡々と返す。 


 「退魔師に限らず、人を救う正義の味方だって人間だぜ?で、更に補足すると日本国内での政治力強化を図ろうっていう思惑からバチカンのエクソシスト達も嘴突っ込んで妖怪達の討伐に参加してる」


 日本の退魔師とは別に海外。

 カトリック教会の総本山とも言えるバチカンから日本国内での政治力強化の為、エクソシストが派遣された。

 その後。

 退魔師達とパイの奪い合いをしている。

 そう正樹から聞かされた涼子はポーカーフェイスを棄てて心底不愉快そうに尋ねた。


 「気の所為かしら?人々の為に己の身を犠牲にして立ち上がろうとする人が居ない様に思えるんだけど?」


 不愉快そうに尋ねられた正樹は達観した様に返した。


 「正義の味方が自分の正義を貫きたいんなら、権力と政治力にカネやら色々と必要な物が増えていって、本末転倒になる事が多々あるからな……」


 「つまり、正義を貫く為にクソみてぇな事を連中はしてるって言いたいわけ?」


 「だが、現実に於いてはその手の活動も必要になる。あ、勘違いするなよ?奴等を擁護する気は毛頭無いからな?寧ろ、自分達を必要悪と抜かして正義の味方ヅラする様な勘違い野郎共は殺したくなる程度には嫌いだし、熱狂的なカルト信者はマジで今直ぐに死んで欲しいくらいには嫌いだ」


 滅茶苦茶感情が籠もった正樹の言葉に涼子は過去に宗教絡みでトラブルが遭ったのだろう。

 そう察すると、その件には触れずに飼い主天照大御神があの夜に憤慨し、怒りに満ちた苛立ちを自分に見せた。

 その時の事を思い出した涼子は飼い主の感情を今頃になって納得してしまう。


 「なるほどね。こんな本末転倒な行いを繰り広げて退魔師としての本分を忘れた様な連中が、神様に愛想尽かされるのも当然の既決ね……私でも不愉快な気分になるわ」


 涼子の不愉快に満ちた言葉に正樹は告げる。


 「君が連中にムカつくのは別に構わねぇけどよ、どうするんだ?俺達は正義の味方じゃねぇ……だが、ゴキブリ共妖怪達を放置して被害が出るのを見過ごすってのは、俺としてはマジで冗談抜きに最低な気分になっちまう」


 「見棄てて作戦決行まで大人しくするのが良いってのは理解してはいるがな」そう動かない方が良い理由を理解した上で締め括った正樹に対し、涼子は告げる。


 「タケさんに連絡入れて武器弾薬の提供させてみたらどう?戦士が必要な武器を提供して欲しいと言えば、武神たるタケさんでも無碍に出来ないでしょ?」


 「今晩、要望として上げてみるわ。で、君はどうする?」


 「そうね、地元周辺限定で害獣駆除のボランティアをする事にしようかしら……貴方は?」


 正樹に問われた涼子は今晩から地元とその周辺に発生する妖怪達を狩りまわる事を告げれば、正樹も同じ事を考えて居たのだろう。

 似た様な事を言った。


 「俺も運動と白兵戦の訓練とか兼ねて夜の狩りを楽しむ事にするわ」


 今晩、互いに異なる場所で夜の狩りを始めると決まった。

 そんな2人は互いに言う。


 「殺した後は見せしめにしてやれば、連中はバカをやらなくなるわ」


 涼子が死体を見せしめにする事を言えば、正樹は見せしめの案を1つ述べた。


 「じゃあ、殺した奴のチンコ切り取って口に突っ込んでやるべか?それとも民兵みてぇに手脚を斬り落として並べてやる方が良いか?」


 「好きに飾り立てなさいな。私も好きにやるから」


 「おう。そうする……じゃ、また明日な」


 2匹の狗は互いに嗤うと、電話を切って狩りの時が来るまでの間に日常を過ごす為。

 先ずは家に帰るのであった。




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