未来を掴み取る為に
晩御飯を食べ終えると、涼子は
そんな涼子の手には年季の入った金属製の煙管があり、煙管からは紫煙が立ち昇っている。
煙管を静かに燻らせる涼子は黙々と、紫煙と共にジッと月明かりしか無い闇を見続けた。
涼子は紫煙を吐き出すと、独りごちる。
「ずっと禁煙出来てたんだけどなぁ……」
当時の涼子は喫煙者であった。
だが、ある日を境に禁煙した。
そして、その日から数十年の間。
ずっと禁煙を続けていた。
しかし、今宵は禁煙を破って煙草を燻らせる。
煙管を燻らせる涼子は紫煙を吐き出すと、左手に煙管を持った。
それから、反対の右手で人差し指を立てる。
すると、人差し指の上に魔力が収束し始めた。
辺りと自身から魔力を吸収し、収束し続ける小さな魔力球。
それは何故か大きくならずにいた。
だが、BB弾ほどのサイズしかない魔力球は未だに吸収と収束を続ける。
段々と魔力球は大きくなり、終いにはゴルフボールほどの大きさとなった。
そんな魔力球を産み出した涼子は右の人差し指を前へと突き出し、指鉄砲を形作る。
涼子の遺志がトリガーとなれば、魔力球は耳を劈くソニックブームと共に放たれた。
一瞬の間に魔弾が遠く。
数キロほど離れた荒れた地を貫く。
その瞬間。
鼓膜を破かんばかりの轟音が遠くまで響き渡り、夜空を昼間の如く照らさんばかりの紅蓮と共にキノコ雲が上がった。
自らが放った魔力球が起こした爆発によって発生した、ビリビリと伝わる衝撃波と爆風。それに僅かに生える草が灰と化す熱波。
其れ等を全て直接浴びているにも関わらず、涼子は涼しい顔で煙管を燻らせる。
空に高々とあがるキノコ雲を眺める涼子は紫煙と共にボヤく。
「うーん……数十年ぶりに魔弾撃ったけど、今が全盛期の10分の1としても
キノコ雲の下に巨大なクレーターが出来上がっているにも関わらず、涼子は己の放った魔弾に大層不満を感じていた。
不満を覚えながら涼子は紫煙と共に分析していく。
「魔力量が足りなかったのかしら?それとも、圧縮が足りてない?いや、両方と見るべきね」
吸収した魔力の量が足りず、更には吸収した魔力を圧縮しながら収束させる量も足りていない。
そう分析する涼子の後ろ。
何時の間にか立っていた親友は告げる。
「その両方よ。後、そうなった原因は今の貴女の状態と、魔導を使わなかった時のブランクが長いが故のコントロール失敗。そう見るのが妥当よ」
親友であるティエリアが背後から告げれば、涼子は紫煙と共に感謝すると嘆く様にボヤいてしまう。
「ありがとう。やっぱ、
悩ましそうにボヤいて不満を露わにする涼子に対し、ティエリアは呆れてしまう。
「それを差し引いても貴女の一撃は相変わらず強力過ぎるのよ。その上、この一撃は
涼子が本気で撃ってない。
それは最大出力で撃ってないと言う事であった。
恐ろしい怪物を見詰める様にするティエリアに対し、涼子はさも当然の如く答える。
「全盛期の最大出力での威力が100とするなら……コレは5ぐらいね」
涼子にとっては、久しぶりに軽く撃っただけの事。
だが、その威力は地面に直径1キロメートル以上の深いクレーターを創り出すほどのもの。
最大出力の1割未満の出力で放ってコレなのだ。
最大出力で放った時の事を想えば、誰もが恐れ慄く。
それはティエリアも同様であった。
「1割にも満たない状態でコレって……久しぶりに見ても、やっぱり出鱈目過ぎない???」
通常の魔弾はゴルフボールサイズほどで、涼子の持つM79グレネードランチャーに使われる40ミリ榴弾の威力しかない。
だが、涼子の魔弾は周囲と自分の魔力を膨大に吸収すると同時。
高度に圧縮しながら収束する事で小さな見た目からは想像出来ぬ高威力を発揮する。
しかし、通常の術者では出来ても2倍程度しか威力の向上は出来ないのが通常の常識であった。
そんな常識をあたかも鼻で笑うかの如き威力を発揮させた涼子は心外と言わんばかりに言う
「えー……エレオノーレに不意討ちで最大出力をブチ込んだけど、ふっつーに生きてやがったからコレの威力は弱いって感じてるんだけどなぁ」
涼子の言葉にティエリアはゲンナリとしてしまう。
「貴女もエレオノーレも出鱈目過ぎるのよ……てか、何だって急に魔法を使う気になったのよ?貴女、平和に生きるつもりだったんじゃないの?」
ティエリアが平和に生きるのには要らぬ強大な力を必要としている涼子へ問う。
涼子は正直に答えた。
「師匠絡みで全盛期取り戻さないと不味くなった」
涼子の答えにティエリアは固まってしまう。
だが、直ぐに正気を取り戻したのだろう。
声を荒げて問うた。
「何があったんですか!!?」
「安心して。私が師匠と直接殺し合いする訳じゃないから……」
慌てながら真剣に問うティエリアとは対照的に、暢気に答える涼子にティエリアは更に声を荒げてしまう。
「だとしても安心出来る要素無いわよ!!」
「そうかな?まぁ、良いや……頼みがある」
ティエリアを他所に涼子はお願いを口にする。
だが、ティエリアはハッキリと拒否。
否、拒絶した。
「
拒絶を示すティエリアに涼子は正直に答える。
「絡むは絡む。でも、貴女には直接絡む訳じゃない」
本気である涼子の言葉にティエリアは諦めの色を見せると、涼子に問う。
「で?お願いって言うのは?」
「モラを呼んで欲しいの」
モラを呼んで欲しい。
涼子が絶対に口にしない要求を聞けば、ティエリアは即座に涼子が本気だと理解した。
「本気なのね。顔を見合わせた瞬間に殺し合うレベルで嫌ってる相手を呼んで欲しいなんて……」
「まぁ、私とモラがお互いにお互いを嫌ってるキッカケはつまらない些細な言い争いからなんだけどね……でも、他に賢者の名もセットで持つ魔女を私は知らない」
モラと呼ぶ魔女を涼子は確かに嫌っている。
だが、同時に賢者とも呼ばれるモラの持つ知識を始めとした実力は大いに認めてもいた。
師にして永遠の名を持つ魔女たるハミュツを殺す為の武器を創り出す為、真っ先に協力を要請するくらいには。
しかし、涼子を嫌う偏屈な相手をどう呼べば良いのか?
ティエリアには解らなかった。
「それで?なんて呼べば良いのよ?貴女が困ってるから助けて欲しいって、泣いてるとでも言えば良いかしら?」
冗談交じりに言えば、涼子は呼び出す方法を口にする。
「起源にして永遠。それに対して終止符を打ってないか?という謎に興味がないか?興味が湧いたら来い。そう伝えて。勿論、私の事も交えた上でね」
「本当に食いつくの?」
「食いつくわよ。アイツは難解な謎を見たら、それを解かずには居れない。我慢出来ないのよ……だからこそ、最高レベルの難解と言える永遠なる魔女の殺し方という謎解きに興味を示す」
喧嘩別れした親友を知るからこそ、涼子はモラの性格を利用しようと画策した。
そんな涼子にティエリアは少しだけ悲痛な面持ちを浮かべてしまう。
「貴女。今の自分の顔がどうなってるか?解る?」
「さぁね」
素っ気無く知らない。
そう返せば、ティエリアは真剣な眼差しと共に指摘する。
「貴女は嗤ってる。邪悪と呼ばれ、不幸を撒き散らしていた時の様に貴女は嗤ってるわ」
「マジ?嫌だなぁ……でもさ、正直に言うと滅茶苦茶挑戦しがいのある課題を目の当たりにしてるからかな?私は全力を尽くして挑みたいと、悪い私が歓喜しちゃってる。例え、失敗が死か死より酷い結末を確約してるとしてもね」
涼子の本質と言える性根は言うなら、根っからのチャレンジャーにしてギャンブラー。
同時に研究者にして職人とも言える魔女であった。
誰もが困難。
否、不可能と口にして挑戦すらしない難題。
それが目の前にあるならば、生命を賭け金にしてでも挑みたい。
そんな狂気を抱えても居た。
涼子が何十年かぶりに見せた狂気を目の当たりにすれば、ティエリアは益々哀しみを覚えてしまう。
だが、同時に怒りも覚えていた
「貴女は平和で平穏な生活を掴み取って、魔女から人に戻れたのよ!!それなのに人として生きる事を棄てるっていうわけ!!?」
善良な魔女たるティエリアが本心から自分の為に怒ってくれる事に涼子は感謝し、己の本心を告げる。
「こんな私の為に怒ってくれてありがとう。でも、私は平和で平穏な生活を棄てる為に戻る訳じゃない」
「だったら!」
「私は平和で平穏な普通の人間としての生と、大事な人達を護る為に必要となってしまった。だから、私は昔に戻らざる得なくなった」
師たるハミュツとは別に善良な頃の涼子を親友として知るティエリアは、涼子が見せた邪悪となる前の善良な頃の表情に何処かホッとしてしまう。
だからこそ、涼子の意思を汲む事を選んだ。
「解ったわ。バカな親友の為にモラを連れてきてあげる。でも、モラはここ数十年姿を隠してるから捜すのに時間が掛かるわよ」
例え、自分の決断が間違いだとしても。
ティエリアは生きる為に敢えて、昔に戻った親友の為に尽くす事を選べば、涼子は感謝する。
「ありがとう。本当にありがとう」
「対価は全てが片付いた後。私は貴女の世界で物見遊山する。その時、貴女の奢りで向こうの食事とかお酒とか愉しませる事……コレが呑めないなら私は断るわよ」
ティエリアの対価。
否、成功させろ。
そんな想いを聞けば、涼子は快諾する。
「えぇ、全てが上手く片付いたら喜んで案内するわ」
「なら、さっさと昔の貴女に戻りなさいよ!」
そう告げれば、ティエリアは姿を消した。
独り残された涼子は改めて己の為に尽力してくれる親友へ「ありがとう親友」と感謝すれば、昔の自分に戻る為の儀式に取り掛かる。
平和で平穏な生活には不要。
そう断じても良い己の持つ強大な力を封じる全身に課した枷たる封印術式へ、涼子は魔力を流し込んでいく。
全身に魔力が流れる独特の感覚が脳に伝われば、涼子は詠唱する。
「我が罪。我が邪悪。其れ等を全て否定した私は受け入れる」
その詠唱は涼子の封印を解く為のキーワードであった。
そんな解放の鍵たる詠唱を涼子は更に続ける。
「我は求めん。力を。我は赦しを乞わぬ。我は罪悪と共に生き、罪悪と共に死す」
2唱目のキーワードを詠唱すると、涼子は最後のキーワードを唱えた。
「神よ我に苦難を与え給え。我に辛苦を与え給え。我にその勇気が無い故に」
最後のキーワードとも言える祈りを唱えた瞬間。
涼子の体内を巡る魔力が爆発的に膨れ上がり、全身に巡り行く。
そして、己が棄てた膨大過ぎる魔力が戻り始めた。
己が満たされる感覚と共に全身に感じる強大過ぎる力が戻り、五感が研ぎ澄まされていく。
そんな涼子は背後に何時の間にか立っていた好敵手。
エレオノーレに背を向けたまま告げる。
「悪いけどアンタとケリ付ける前にやらないといけない事が出来た。だから、それが片付くまで勝負を待ってもらえないかしら?」
涼子の要求に対し、エレオノーレは黒衣を脱ぎ去りながら返す。
「そうか。なら、待つ為の手付けを払え」
そう告げるエレオノーレを見ると、エレオノーレは拳を翳して居た。
それが意味する事を知る涼子は「少し待て」と承諾すると、指を鳴らす。
すると、涼子の足下にあのトランクが突如として現れた。
トランクはゆっくりと浮かび上がると、ひとりでに蓋を開けて主の求める物を見せる。
涼子は中からズボンとも言える黒い下衣と今履いてるトレーナーを履き替えると共にブーツを履くと、トランクにあった厚手のシャツを手に取った。
そうして、下着のシャツも着替えれば、トランクはゆっくり地面に降り立って蓋が固く閉ざされた。
涼子とエレオノーレは互いに身構える。
エレオノーレは告げる。
「ルールは魔力は身体強化と回復のみに使うだけ。使用して良い武器は己の肉体のみ」
端的に言えば、これから起きるのは
勝敗はどちらかが、負けを認めるまで決まらない。
立会人は無し。
そうエレオノーレが告げれば、涼子は問う。
「コレが手付けな訳?」
「本来ならば全盛期に戻った貴様と決着を付けたかった。だが、鈍ってる今の貴様を殺してもつまらん」
尊大なエレオノーレの言葉に涼子は素直に感謝した。
「ありがとう」
「礼は要らん。全力で来い」
その言葉と同時。
2人は地面を蹴る。
音速を意味するソニックブームと共に2人は互いの目の前に立った。
そして、全力を込めた拳を互いの顔に打ち込んだ。
互いの顔に拳がめり込むと共に轟音が夜の闇に響く。
それは開戦のゴングと言えた。
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