恩師からの依頼


 その日の夜。

 家路に付く涼子は微弱。

 下手をすれば気付かぬ程の極微小とも言える。

 魔導の専門家であっても気付かぬ。

 気付いたしても、気に留めない。

 そんな弱々しい魔力に気付いた涼子は何故か、真剣な表情と共に家路につく歩みを止めてボヤいてしまう。


 「どうしよ……家に帰るのが


 普段の涼子なら絶対に言わない。

 そんな内容のボヤきの理由は感じ取った魔力にあった。

 魔力の発生源も逆探知で既に割り出してある。


 「気配は完全に自宅からしてる」


 そう呟く涼子へ、念話が送られて来た。


 『早く帰らないと、貴女の御両親に不幸が訪れるわ』


 簡潔明瞭に両親を人質にしてる。

 そんなメッセージが送られれば、涼子は駆け出した。

 そうして、何時もなら20分ほど掛かる道程を3分で駆け抜けて自宅へ慌てて入った涼子は魔力の持ち主が居るリビングへと飛び込んだ。


 「母さん!父さん!」


 「あら。おかえり涼子。どうしたの?そんなに慌てて」


 リビングでは両親が来客である一人の長い茶色の髪をした女性と和やかに歓談して居た。


 「おかえり涼子」


 父親からもおかえりの言葉を掛けられた涼子は「ただいま」と、返すとジッと真剣な眼差しで来客である女性を見詰める。

 表面上は何も知らない体を装う涼子へ、来客の正体を知らぬ母親は言う。


 「涼子にお客さんよ」


 母親がそう言えば、リビングのソファーに座る女性は立ち上がってにこやかに語り掛ける。


 「久しぶりね。涼子」


 『話を合わせなさい』


 口からの言葉と共に念話で命じられれば、涼子は笑顔の仮面を被って語り掛ける。


 「お久しぶりです。先生!」


 目の前に立つ一番会いたくない魔女に涼子はにこやかに挨拶をすると、魔女は涼子と親愛のハグをした。

 そして、涼子に耳打ちする。


 「貴女にお願いがあるの」


 そう一言告げると、魔女はハグを辞めた。

 涼子は両親に来客を紹介する。


 「お母さん、お父さん。この方は私が異世界に居た時の恩人で私に色々と教えてくれた先生なの」


 魔女をオブラートに包んで紹介すれば、両親は感謝の言葉を述べて頭を下げた。

 そんな両親へにこやかに社交辞令を述べると、魔女は更に続けて言う。


 「涼子さんは私の教え子の中で一番優れた成績の持ち主です。私としても涼子さんに出会えた事は嬉しく思いますわ」


 両親に向けて涼子を褒めちぎる魔女へ、涼子は内心で毒づく。


 なーにが、一番優れた教え子よ。

 心にも無い癖に。


 そんな心を読んだのだろう。

 魔女は両親と遣り取りをしながら念話で告げる。


 『あら?アレは私の本音よ。それに貴女だって心にも無い事を言ったじゃない』


 その後。

 涼子は魔女を自室に案内した。

 一旦部屋を後にした涼子は母親からコーヒーとお茶菓子が載ったトレーを受け取ると、自室へ戻ってテーブルの前に座る魔女へ差し出した。

 そして、要件を問うた。

 勿論、向こう異世界の言葉でだ。


 「私の所に来た要件は何ですか?


 涼子の問いに対し、涼子に魔導を叩き込んだ師たる魔女は湯気の立つコーヒーを一口飲む。

 それから、答えた。


 「貴女の御両親。良い人達ね。邪悪だった貴女が、昔の善良な貴女に戻れた理由も納得出来るわ」


 その言葉に涼子は苛立ちを覚える。

 だが、今の自分では絶対に勝てない。

 それを理解している。

 故に、涼子は大人しく無言のまま魔女の言葉を待った。


 「さっきも言った様に私は貴女にお願いがあるの」


 「断れば、両親を殺すんですか?」


 人質を取られたも同然。

 そう言える状況を創り出した魔女は心外そうに答える。


 「私はそんな酷い事はしない。でも、貴女に怨みを持つ者に此処を教える事は出来る。勿論、貴女が創り上げた術式を私が改良したモノとセットでね?」


 選択肢の無い選択を突き付けられた。

 そんな涼子へ、魔女は更に続ける。


 「お願いを言う前に貴女が知りたいであろう事を教えてあげる」


 「私が知りたい事ですか?」


 「そう。貴女は私が愛する正樹と出会った。その時、貴女は私が彼と強い繋がりを持ってると察した。同時に私がそうなる様に運命を利用した……そう思っているんでしょう?」


 図星だ。

 魔女の言う通り、涼子は正樹と出会った時。

 正樹の肉体と呪いに気付いた。

 同時に、魔女がこうなる様に仕向けたのではないか?

 そんな仮説も立てていた。

 だが、魔女は否定する。


 「でもね。今回、私は運命に手を触れてないの。信じられないでしょうけどね」


 「えぇ。信じられませんね。因果を操作する事が出来て、運命に細工してこうなる様に仕向ける事だって出来る貴女の言葉をどう信じろと?」


 魔女が持つ自分とは比べ物にならぬ程の高い実力を識るが故、涼子は嘘と断じる。

 しかし、魔女の言葉に嘘は無かった。


 「本当なのよ?アレは運命の悪戯と言う偶然。偶然と言うのは時に、こうして芸術的な展開を見せてくれる。貴女にも教えた筈よ?」


 師として生徒に語る魔女に涼子は確認する。


 「一応聞きますけど……」


 「あぁ、あの愚かな魔導師気取りの連中の件?アレにも私は一切、関わってないわ」


 涼子が問うより先に答えた魔女は更に続ける。


 「あの一連を全て見てたけど、本当に貴女は能力の大半を封印してるのね。でも、善良だった頃の貴女らしいわ……」


 魔王よりも涼子を知る師だからこそ、涼子が邪悪となる前の頃を知って居るのは当然と言えた。

 そんな魔女は語る。


 「運命は涼子にも悪戯した。あの愚物達が貴女の故郷を標的にしなければ、貴女は善良でか弱い普通の女の子として生き続けられた。そして、魔導を棄てた貴女へ、私がお願いしに来る事も無かった」


 全ては運命の悪戯。

 魔女は善良な少女として生きて居た涼子の人生に一切干渉してない。

 そう告げれば、本題とも言える要件を切り出した。


 「時が来たら、貴女には私が今も愛し続ける殿方正樹をダンスホールまでエスコートして貰いたい。それが私のお願い」


 選択肢無き選択の具体的な内容を告げられれば、愛する両親と言う人質を取られてしまった涼子は応じざる得なかった。


 「エスコートですか?」


 「そう。エスコートよ」


 涼子へお願いを告げた魔女は続ける。


 「私が彼との逢瀬を愉しむと決めた時。貴女の仮説通り、私は彼に逢いに行って彼を誘うわ。そして、私の用意した舞台へ通ずる道標に彼が迷わずに行ける様にエスコートする……それが貴女の役目よ」


 具体的な要求の内容に涼子はウンザリとした溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァァ……愛し合い殺し合いたいなら、私が居ない所でやってくれません?」


 「勿論。大役を果たした貴女への見返りはあるわ……」


 対価を支払う意思がある。

 そう前置きをした魔女は対価を語る。


 「貴女がエスコートを終えるまでの間、貴女の御両親の安全は私が保証する事を確約する。勿論、貴女の居場所を貴女のファンクラブに語るなんてつまらない事もしないわ。それと、貴女が押し付けられた面倒を私が代わりに片付けてあげる」


 前者は当然の対価と言えた。

 だが、後者の対価の意味が解らなかった。

 疑問で訝しむ涼子へ、魔女は告げる。


 「貴女がティエリアに火口へ棄てさせた指輪だった物に必要な石。そう言えば解るかしら?」


 涼子達が抱える面倒を師が対価として解決する。

 そう告げれば、涼子は悩んでしまう。


 どうする?

 一応、対価って形でやるから後で厄介事を押し付けられる心配は無いと見るべき?

 でも、既に確約された厄介事を押し付けられるのが確定してる。

 だったら……


 「それは手付け金としてですよね?」


 涼子は敢えて強く出た。

 そんな涼子を師である魔女は成長した事を喜ぶ教師の如く微笑ましく見ると、肯定する。


 「えぇ、そうよ。私はエスコートと一緒に貴女には殿方に相応しい装束も仕立てて貰いたい。そうも思ってる」


 それが意味するのは、正樹が

 そう言っても良かった。

 だが、それは師から間接的に自分を殺せ。

 そんな意味も含まれていた。


 「貴女はこの私が認める、私よりも優れた魔具の製作者。同時に、私を最も知る魔女でもある。貴女なら殿方と私が望む物を創り上げる事が出来る」


 魔女の言葉は全て本音であった。

 涼子の持つ高い実力と技術を知るからこそ、魔女は運命の悪戯とも言える偶然を大いに活用する事を選んだのだ。

 そんな白羽の矢を立てられた涼子は迷惑そうにする。


 「二人の愛を邪魔する気は無いんで、私を巻き込まないでくれません?」


 「貴女が制作に必要とするモノは全て揃えて上げる。勿論、その時に支払う対価も用意してあるわ」


 成功報酬と言える対価が何か?

 解らぬ涼子は素直に尋ねた。


 「対価は何です?」


 「それは支払う時までの秘密。お愉しみは最後まで獲っておくほうが良いわよ?」


 成功報酬と言える対価を魔女が教える事はなかった。

 そんな魔女へ涼子は専門家として告げる。


 「何時、出来上がるか?具体的な予定日を確約は出来ません。何せ、永遠なる魔女とも呼ばれる貴女を殺せる方法すら知らないんですから……」


 「だからこそよ。これは私から貴女へ出す最後の課題。それを成功させれば、私は貴女の前に未来永劫姿を見せない事を確約する。無論、貴女がエスコートと制作をしてる間、私がこの世界で観光する以外で活動しない事も確約してあげる」


 選択肢は無かった。

 それ故……


 「解りました。やらせて戴きます」


 涼子は魔女の要求を呑むしかなかった。


 「ありがとう。貴女なら、引き受けてくれると思ったわ」


 自分の要求を呑ませた魔女は笑顔と共に感謝すれば、涼子は言う。


 「両親に言った貴女への言葉に嘘はありません。私は貴女に生命を救われ、貴女から沢山の事を学ぶ事が出来た。確かに貴女と二度と会いたくなかった。しかし、同時に貴女に返しきれない恩義を感じてもいる」


 両親に告げた恩人。

 その言葉は涼子の本心でもあった。

 そんな涼子に師は意外そうに言う。


 「あら?意外ね」


 「事実ですから」


 「なら、嬉しい事を言ってくれた愛弟子に私からも善意の言葉を述べないとならないわね」


 そう前置きした魔女は告げる。


 「あの魔が混じった娘。既に貴女は察しているでしょうけど、あの娘は貴女に心酔してる。愛を喪ってから愛を与えられずに居たからこそ、あの娘は貴女と共に居る事が出来るなら、貴女が地獄へ突き進む時にも喜んで貴女と共に地獄へ突き進むわ」


 魔女の陽子に関する言葉は涼子も既に解っていた。

 だからこそ、涼子は陽子の事でも悩んでいた。

 そんな涼子へ魔女は更に言葉を続ける。


 「あの娘を光の当たる世界へ戻す事は不可能よ。貴女にとって哀しい事実でしょうけどね……」


 沈黙する涼子に魔女は更に続ける。


 「貴女はあの娘が未だ戻れる所に居る。そう思ってる。否、そう思いたくとも、あの娘は既に戻れない所へ来てしまっている。あの娘を大事と思うなら……魔を司る偉大なる先達として、あの娘を善き道へ導いてあげなさい」


 優しさと共に涼子が目を逸らしていた事実を突き付け、更には先達として善き道へ導け。

 そう魔女が優しき師として忠告すれば、涼子は感謝する。


 「ありがとう御座います」


 「では、また会いましょう」


 そう述べて残ったコーヒーを飲み干せば、涼子に1つだけお願いする。


 「最後に私の名を言ってくれないかしら?正樹の居た時代では私を知る者達は全て居なくなったのよ」


 何処か寂し気にする魔女のお願いに涼子は応じた。


 「また会いましょう。我が師にして起源。永遠なる魔女……ハミュツ・クインゼル」


 「ありがとう」


 自分に感謝した魔女……ハミュツを涼子は外まで見送ると、ハミュツの姿は完全に消え失せる。

 そんなハミュツを見送り終えた涼子は溜息を漏らすと、ハミュツの依頼をどう解決すべきか?

 頭を悩ませながら、尊ぶ日常へと戻るのであった。




後書き


タイトルと粗筋を変えるべきか?


割と真面目に悩んでる


感想が来ると嬉しいなぁ(チラ



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