気分転換にゲームをやって好きな動画や映画を観続けた。

 だが、エレオノーレと言う頭痛の種による痛みは止む事は無かった。

 その後。

 不貞腐れる様にして眠った涼子は翌早朝になると、日課の早朝トレーニングに勤しんだ後は何時もの様にシャワーを浴びていく。

 バスルームを後にすると、仕事の残業疲れでグッスリと眠る父親よりも先に起きていた母親に朝の挨拶をした。


 「お母さんおはよう」


 「おはよう涼子」


 朝の挨拶をして来た涼子に母親は挨拶を返す。

 それから、既に用意していた朝食をリビングのダイニングテーブルに並べ始めた。


 「今日は私が食べたかったからパンケーキよ」


 「やった!」


 子供のように嬉しそうにする涼子は目の前にある出来たてのパンケーキに飛び付いた。

 メインである分厚くこんがりとキツネ色に焼けたパンケーキにメイプルシロップとチョコシロップ。

 それからホイップクリームをタップリと掛けた涼子はナイフとフォークを手に取ると、一口大に切って一口食べると幸せそうな顔をする。

 そんな涼子の前に座った母親は涼子が甘味極まるパンケーキを幸せそうに食べる様子に呆れてしまう。


 「アンタ相変わらず大の甘党ねぇ。見てるだけで胸焼けしそうだわ」


 「だって甘いの好きなんだもん」


 好きなものは好きなのだから仕方無い。

 そう返した涼子はパンケーキを何口か食べると、今度は副菜とも言えるベーコンエッグを食べ始めた。

 そんな健啖ぶりを見せる愛娘をジッと真剣に見据えながら母親は尋ねる。


 「貴女、去年からいっぱい食べる様になったのはどうしてなのかしら?」


 その問いに涼子は食べる手を止めると、1上で正直に答える。


 「え?トレーニングにハマって何時も食べる量じゃ足りないし、お母さんのご飯が美味しいからだけど?」


 「そのトレーニングに関しても何時もは三日坊主で直ぐに辞める貴女が去年からずっと続けてる事にも私は違和感を感じてるわ」


 真剣な眼差しで真偽を問わんとする母親がそう指摘すれば、涼子は少し困った様なバツが悪そうに問い返した。


 「何でそう思うの?」


 「私は貴女の母親よ?貴女が産まれた頃から貴女をずっと見て来てる。だからこそ解るのよ……去年、貴女の身に。それは面倒臭がりで飽き性の貴女を180度変えてしまう程の"何か"と言っても良いとね」


 全てを見透かす様に母親が言えば、涼子は嘘を答えた。


 「本当に何も無いってば」


 だが、長年最も愛情を込めて育てて来た娘の嘘を母親はアッサリと見破る。


 「嘘。涼子、貴女は私をバカにしてるのかしら?」


 己の一部異世界での事を除く全て。

 それ等を文字通り網羅する母親の前では、流石の涼子も白旗を上げざる得なかった。


 「…………お母さん。今から言う事は信じられないだろうけど、最後まで聴いて欲しい」


 真剣な表情を浮かべてそう前置きすれば、母親は沈黙と共に耳を傾けて続きを促す。


 「私は去年、異世界に飛ばされた事があった」


 普通の人間なら「もっとマシな嘘を吐け」と憤慨するだろう。

 だが、涼子の言葉を聴いても母親は何も言う事無く続きを促せば、涼子は語る。


 「その世界で生き残る為に真剣に学んで鍛えざる得なかった。同時に私は数え切れない非道を犯し続けもした。だから、私はトレーニングを辞められなくなった。弱くなるのが嫌で恐いから」


 具体的な詳細は語らずに結論だけ答えた。

 そんな涼子を母親は優しく受け入れた。


 「そう。貴女が学校で虐められてると思って心配して損したわ」


 敢えて深く聴こうとしない母親に涼子は呆気に取られると、思わず尋ねてしまう。


 「え?私が異世界で何して来たのか?聞かないの?」


 「言いたくない事を無理に聞く気は無いわよ。それに貴女はこうして無事に私の前に居る。だったら、それだけで充分よ」


 優しく告げる母親に涼子は一筋の涙を流し感謝した。


 「ありがとうお母さん」


 「ほら、泣かないの。折角の朝御飯が冷めちゃうわ」


 許されざる事を無数に行った己を受け入れてくれた。

 母親がそう言って朝御飯に再び手を付けると、涼子も朝御飯を食べ始めた。

 20分後。

 互いに朝食を食べ終え、母娘で空いた食器を洗い終えて食後のティータイムとなる。

 母親は湯気の立つ紅茶片手に目の前でミルクティーを飲む涼子に尋ねる。


 「昨日の夜。貴女は誰かに向かって声を荒げたのも異世界と関係してるのかしら?」


 「その頃の知り合いが遊びに来たからさっさと帰れって言った」


 「今度、来た時は御茶とお菓子を用意してあげるから言いなさい」


 暢気にそう言う母親に涼子は内心で「何も知らないって凄い」とボヤきながら返す。


 「良いよ。其処まで仲が良い相手じゃないし」


 「嫌いな相手でもお客さんはお客さんよ。例え招かざる客であってもね」


 大人としての常識を説く母親に涼子は理解はするも、納得は出来ない様子であった。

 そんな涼子に母親は諭す。


 「歳を経て大人になっていくと嫌いな相手に対しても笑顔を振り撒いて、時には頭を下げる必要が絶対に起こるわ。それに人は常に相手の粗探しをして、常識やマナーが出来ない相手と認識したらその相手を下として見下す。そうなると物事は上手くいかないようになるし、貴女の評価も好き勝手に下げもするわ」


 母親の言葉に涼子は素直に応じた。


 「解ったよ。次から気を付ける」


 気を付けると涼子が答えると、母親は次の話題を振って来た。


 「なら言う事は無いわ。それと、これは私の勘なんだけど……この間の珍しく帰りが遅くなったのと、一昨日の突然の映画観に行くは貴女の言った異世界に絡んだトラブルが起きてたんじゃないかしら?」


 恐いくらいに近い答えを口にする母親に対し、涼子は一部を伏せた上で正直に肯定する。


 「大体そんな感じ。でも、解決したから大丈夫だよ」


 愛娘の言葉に何処か隠れた事実が含まれている事に母親は察するも、敢えて触れずもハッキリと告げる。


 「そう。それなら良いけど。でも、そう言うトラブルがまた起きて、貴女が対処せざる得なくなった時はキチンと私に言ってから行きなさい。夕飯とかの支度にも関わるから」


 「娘の心配より夕飯の支度の心配の方が大事なの?」


 母親の言葉に呆れる涼子に母親はハッキリと答える。


 「当たり前でしょ。毎日のご飯の支度は大変なのよ?それに今の貴女は行くなって止めても絶対に勝手に行く。だったら、先にそう言う事を連絡してくれる方が未だ安心出来るわ」


 異世界の事を除いて涼子の事を全て知る母親。

 だからこそ、涼子は感服せざる得なかった。

 それ故、早速告げる。


 「実はまた面倒が起きてるんだ」


 「…………それは貴女でなければいけないの?」


 愛娘が死地へ赴くと打ち上げられれば、母親も流石に遠回しに行くなと言う。

 だが、涼子は母親が自分を心から心配してくれている事を理解した上で突っ撥ねた。


 「御免なさい。私じゃないと対処出来ないんだ」


 「そう。そう言う事なら貴女の帰りを待つわ」


 「多分、帰りは日曜日になると思う」


 金曜日から日曜日までの3日間を使って対処する。

 そう聞けば、母親は溜息を漏らしてしまう。


 「ハァァァ……オマケに外泊もするの?何時からそんな不良娘になったのかしら?」


 母親の言葉に涼子は真剣な表情と共に誓う。


 「でも、これだけは誓える。法を犯す訳じゃないし、罪の無い人を苦しめる為じゃないって」


 「当たり前よ。私は貴女をそんな風に育てた覚えは無いわ」


 「御免なさい」


 「悪いと思うならしっかりと問題を解決して、キチンと無事な姿で帰って来なさい」


 ハッキリと告げて愛娘の背を優しく押す母親に涼子は改めて感謝した。


 「ありがとうお母さん」


 「でも、キチンと学生の本分もシッカリ熟して両立させるのよ」


 学業を疎かにするな。

 そう釘を刺した上で涼子の事を許した母親は静かに紅茶を啜るのであった。



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