邪悪だった魔女の平穏で平和な今 その2


 駅まで徒歩で向かい、その後は静かに待った。

 数分後。

 やって来た快速の電車に乗った涼子は、4駅ほど先にある駅で降りた。

 駅を後にした涼子は歩いて学校へと通学し、上履きに履き替えた。

 その後、更衣室にある自分のロッカーにサブバッグ内の体操服とジャージを収めると、更衣室を後にした。

 自分の教室へ到着すると、教室内はクラスメイト達で賑やかだった。

 そんな教室に着いた涼子はリュックサックを机の上に置いてから席に座ると、リュックサック内の勉強道具を机の中へと収めていく。

 それが済むと、リュックサックとサブバッグを机の脇に提げた。

 周りの賑やかな喧騒を他所に独り物静かにする涼子はイヤホンをブレザーのポケットから出した。

 それから、イヤホンの電源を入れて両耳に嵌めてスマートフォンを出して音楽を再生する。

 イヤホンから音楽が流れた。

 流れた曲はフランク・シナトラの名曲の1つ。

 『That's Life : それが人生さ』であった。

 女子高生が聴くには些か古く、渋い。

 だが、どんなジャンルであろうとも、聴く者に老若男女は関係ない。

 名曲というのは聴く者達の好みが異なろうとも関係無い。

 容易く人々の心を鷲掴みにする。

 それは涼子も例外ではなかった。

 フランク・シナトラの『That's Life : それが人生さ』を些細な切っ掛けから聴いた。

 その時、涼子は心を鷲掴みにされた。

 そして、好きな曲の1つとなった。

 名曲の力は侮れない。

 そんな名曲を聴きながら涼子はスマートフォンを操作し、独り静かにネット小説を読み耽っていく。


 異世界でチートを得て現代で無双。

 私が言うのも何だけど、チートを得られるか?は運次第よね。

 私は運が良かったのかな?

 魔女と影の女王から魔導と槍術を教わる事が出来たし。

 でも、師事してる間に何度も死んだり、死んだ方がマシなレベルでしごかれた。

 そのお陰で私はチートレベルの魔女になって、魔導を研究した。

 他にも皆には内緒にしてるミリタリー趣味をベースにした魔法も幾つを作ってみた。


 ネット小説を読み耽る涼子は感慨深く思って居た。


 そう言えば、勇者とやらに喧嘩売られた事もあったっけ。

 確か、向こうで100年ぐらい経った頃だったかな?

 あの頃は魔導の研究が楽しくてずっと没頭してた。

 その時、私は色んなのを作っては私を殺しに来た者達を検体にして様々な実験をしてたっけ……


 魔女として頭角を見せた頃。

 当時の涼子は魔導の研究に没頭していた。

 その際に様々な魔法を創り上げては、様々な理由から自分を殺そうとする者達を検体として利用した。

 無論、その中には勇者達も含まれている。


 勇者達には当時、作ったウィルス。

 厳密には寄生虫を投与したんだったかな?

 ずっと前の事だから記憶が朧げね。

 蚊をモチーフにした小さな造魔で知られずに寄生虫を投与。

 その後は他の検体と同様の結果が起きて、彼等は目と鼻と口から血をダラダラ流しながら苦しんで死んだ。


 当時の涼子はいわゆるマッドサイエンティストであった。

 蚊をモチーフにした人造の魔物を創り上げた彼女は、勇者達一行にウィルスとも言える寄生虫を投与。

 その後、ウィルスとも言える寄生虫は予定通りに効果を発揮し、彼等に苦痛と惨たらしい死を与えた。

 それは友人であり、善良なる魔女も見ていた。


 それを見て「なんていう物を作ったんですか貴女は!!?」って、ティエリアが滅茶苦茶ドン引きした。

 そんなティエリアを他所に私は報復と実験を兼ねて、勇者を差し向けて来た王国に別のウィルスを無数の蚊に運ばせた。

 その結果、バイオテロによるパンデミックを成功させた。

 私にとって満足のいく実験結果が出た。

 何せ、感染は爆発的なスピートで広がって終いには王国や周辺諸国が滅びの危機に瀕したほどだった。

 それが原因で私の悪名に『疫病』が追加された。

 同時にティエリアから滅茶苦茶怒られた。


 報復も兼ねた実験としてバイオテロによるパンデミックを起こして数千。否、数万以上の人々を死に追いやった。

 同時に友人にして善良なる魔女。

 ティエリアからこっ酷く怒られた。

 その事を感慨深く思った涼子はポツリと呟く。


 「最高に楽しかった」


 「何が最高に楽しかったの?」


 ポツリと呟いた涼子にクラスメイトの少女が尋ねた。

 涼子はイヤホンを片方だけ外し、微笑みと共に答える。


 「小さい頃に悪戯した時の事を思い出してたのよ」


 「どんな悪戯したのよ?」


 どんな悪戯したのか?

 問われた涼子は微笑みと共に答えた。


 「内緒♡」


 「ケチ。良いじゃん教えてくれたって」


 訝しむ少女に涼子は言う。


 「悪い事を自慢気に話すバカは居ないわよ。それに誰にでも触れられたくない事秘密はあるし、美嘉ミカにも触れられたくない秘密はあるでしょ?」


 「確かにそうね」


 具体的に答えぬ涼子の言葉にクラスメイトである童顔で背の低い少女……加藤 美嘉は納得すると、それ以上の事は聞かなかった。

 そんな美嘉は話題を変える様に尋ねる。


 「何聴いてるの?」


 美嘉の問いに涼子は外したイヤホンを差し出す。

 涼子からイヤホンを受け取った美嘉はイヤホンを左耳に嵌める。

 イヤホンから流れて来るフランク・シナトラの『That's Life : それが人生さ』に対し、美嘉は感想を述べた。


 「コレって映画。確か、JOKERの時に流れた曲だよね?」


 「そうよ。気に入ったからプレイリストに入れてるの」


 そう返すとフランク・シナトラの『That's Life : それが人生さ』が終わった。

 それから程無くして、次の曲が再生される。

 イヤホンから流れて来た陽気な曲に美嘉は尋ねる様に言う。


 「コレはジョン・ウィックで流れた奴? 確か……パリのラジオ局が流した奴だっけ?」


 美嘉の挙げた答えを涼子は肯定する。


 「そうよ。Nowhere To Runって言う曲のカバーソングみたいなものよ……元の曲もオススメよ」


 肯定すると共に元になった曲も推す涼子。

 元になった曲を聴いた切っ掛けは、とある海外ゲームである。

 だが、それも涼子にとって良い曲であったが故にプレイリストに収められている。

 陽気な曲を聴きながら駄弁る2人。

 まさに平穏な日常の一コマと言えた。

 涼子はこうした他愛のない駄弁りが好きだった。

 そんな駄弁りをしてると、美嘉が遊びの誘いをして来る。


 「そうだ。ヤクちゃん放課後一緒に遊ばない?」


 「今日はバイトだから無理よ。後、ヤクちゃんって呼ぶの辞めろし」


 美嘉のヤクちゃん呼びは少しだけ嫌だった。

 だが、美嘉はそれを無視する様に言い訳がましく言う。


 「だってりょーちゃんだと男っぽいし」


 「ヤクちゃんって麻薬みたいで嫌なのよ」


  「えー……結構可愛いと思うんだけどなー」


 不満そうに言う美嘉に涼子は溜息を漏らして白旗を上げた。


 「もうヤクちゃんで良いわよ」


 「優しいヤクちゃん好き♡」


 そう言って抱き着く美嘉に涼子は「辞めなさい。暑苦しい」と言って抱き着いて来た美嘉を引き剥がす。

 その後はホームルームが始まるまで読書をしつつ駄弁り続けるのであった。





 午前中の4単元の授業が終わり、昼休みを迎えた。

 涼子は美嘉ともう1人のクラスメイトである少女……三島 明日香アスカを含めた3人で机を囲んで昼食を食べて居た。

 そんな中、美嘉が2人に問い掛ける。


 「そう言えばさ、2人は進学先って決めてる?」


 卒業後の進路を聞かれると、涼子は箸を止めて答える。


 「可能なら東大一択ね。2人は?」


 「私も東大だ。美嘉は?」


 長身でキリッとした顔立ちが整った大人びた雰囲気の少女……明日香がそう答えると、言い出しっぺとも言える美嘉は不安そうに返す。


 「私は自信無いから適当な一流大学かな」


 美嘉の言葉に涼子と明日香は呆れてしまう。


 「去年の成績トップのアンタが自信無いとか喧嘩売ってるの?」


 「そうだぞ。涼子と私よりも成績の良い美嘉が言うと嫌味にしか聞こえない」


 三人が通う高等学校は偏差値は県内トップクラス。

 日本中の高等学校の偏差値から見ても、5本の指に入る程の名門校であった。

 そんな名門校で成績トップを誇る美嘉が不安そうに言えば、涼子と明日香の2人から責める様に言われるのも仕方ない。

 だが、美嘉は自信無さげに返した。


 「あの時は偶々だもん。それに成績トップだからって2人みたいに自信タップリとはいかないよ」


 自信が無く不安そうにする美嘉に涼子は励ます様に言う。


 「自信持ちなさいよ。アンタなら東大行けるわよ」


 「そうだぞ。君なら東大ぐらい屁でも無い」


 「ならさ、3人で東大目指してみようよ。で、3人で一発合格したら一緒に御祝いしよ?」


 美嘉の提案に2人は快諾する。


 「良いわよ」


 「私も構わない」


 「じゃ、一緒に頑張ろうね」


 3人で共に最高学府たる東京大学入学を誓えば、真面目な話題は終わり。

 そう言わんばかりに他愛のない話で駄弁り始めた。

 そんな中、当然の役目と言わんばかりに美嘉が話題を2人へ振る。


 「そういえばさ……最近、変な事件が起きてるじゃん? 昨日の夜もこの近くで起きたの知ってる?」


 美嘉の言葉に明日香は思い出した様に言う。


 「確か、最近出没してる通り魔事件だったか?犯人は未だ捕まってないというのは聞いてたが……昨日も起きたのか?」


 「そうそう。それがさ、昨日の晩も通り魔が現れて怪我人が出たんだって……最近物騒過ぎて嫌んなる」


 他人事の様に言う美嘉に涼子は尋ねる。


 「昨日の夜に起きたって本当なの?」


 「本当だよ。ニュースにもなってるし」


 美嘉の言葉を確かめる様に涼子は自分のスマートフォンを手に取り、ニュースサイトにアクセスした。


 「本当だ。昨日の夜にも通り魔事件起きてる」


 「しかも、その人も他の被害にあった人達みたいに怪我はしてないけど意識不明の昏睡状態なんだって」


 美嘉が補足する様に言うと、涼子はポーカーフェイスを保ったまま考える。


 怪我はしていない。

 つまり、外傷は無い。

 それなのに昏睡状態?

 流石に実際に症状を診てみないと解らないわね。


 被害者達の共通点は外傷が無い。

 だが、何故か意識不明の昏睡状態であるという。

 流石の魔女であっても被害者達を実際に診なければ、何とも言えない。

 しかし、美嘉の様に別の世界で起きた自分には無関係な他人事。

 故に涼子は直ぐに考えを棄てる。


 「本当に最近物騒過ぎるわね」


 涼子が辟易としながらボヤくと、美嘉が心配そうに言う。


 「ヤクちゃん、今日もバイトでしょ?帰りに襲われない様に気を付けてね」


 「涼子、今日も夜までバイトするなら気を付けた方が良い」


 美嘉と明日香が心配する声を上げれば、涼子はあっけらかんに返した。


 「大丈夫よ。バイト先は駅まで近いし、人通りも沢山あるから。それに警察の人達がパトロールもしてるんだから流石に無いわよ」


 自分は大丈夫。

 そう返した涼子は美嘉と明日香を他所に自分達の会話に聞き耳を立て、視線を向けて来る者を感じ取った。

 涼子は然りげ無く一瞥する。

 一瞥した先には、独り静かに昼食を食べるクラスメイトの少女の姿があった。

 そんな少女に気付かれる前に視線を2人に戻した涼子は更に言葉を続ける。


 「私の事を心配するのはありがたいけど、明日香と美嘉も部活終わった後は真っ直ぐ帰りなさいよ?」


 涼子の言葉に明日香は不満そうに返す。


 「残念ながら最近の通り魔事件のせいで今日の部活は無しになってしまってな……」


 それに釣られる様に美嘉も同じ事を言った。


 「私の方も放課後の部活は無しになっちゃってさ……お陰で展覧会に出す作品作る時間が取れないよ」


 美術部で活動する美嘉が嘆く様に言えば、涼子は2人に言う。


 「嘆きたくなるのは解るけど、身の安全の方が大事よ。それに早く帰れるんだから、家でノンビリ過ごすのも悪くないわよ?」


 「帰宅部の私が言うんだから間違い無いわ」そう締め括れば、美嘉は閃いた様に言う。


 「そっか……おうちで作品を仕上げれば良いんじゃん。何で気付かなかったんだろう?私ってバカね」


 美嘉がそう言うと、明日香は一緒に帰ろうと誘った。


 「なら、放課後は一緒に帰らないか?幸い、私と美嘉は地元が一緒だ」


 「剣道部のみーちゃんが一緒に帰ってくれるなら安心出来るわ」


 2人が共に帰ると聞けば、涼子は内心でホッとする。

 同時にバイトが終わった後。

 もしも、犯人と遭遇した場合は叩きのめして警察に突き出す事を静かに決意した。


 流石に自分から狩りに行くバカはやらないわよ?

 法治国家でそんな事をしたらバカの所業だからね。

 仕方ない。

 でも、向こうから仕掛けて来るなら正当防衛という大義名分を以て合法的に叩き潰せる。

 命を奪わず殺さないに内臓を破裂させず、骨を一本も折らないで眼球も抉り取らない。

 コレ等さえ護れば正当防衛は多分成立する。

 

 正当防衛に持ち込むのならば、可能な限りは相手に大きな外傷を与えない事は必須である。

 敢えて極端な例で言うなら……

 "一発殴られただけで殴って来た相手を殺害"。

 コレは過剰防衛となり、法の下で殺人者として裁かれる。

 要するにやり過ぎるな。という話である。

 その為、魔女は向こうから来るのを待つのであった。




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