娘は公人として愛する母の意志に背く

 前書き

当初の予定を変更して、

コレともう1つを更新したら無期限で更新停止する

大変申し訳無いと思うが、暫く浮気させて貰う



 辺境伯。

 幾つかの物語では無能が配属される閑職みたいに扱われるが、実際は些か異なる。

 寧ろ、有能かつ王への忠誠心が高いバリバリのエリートが収まるポストであり、その地域に於いては下手をすれば王よりも強い権限のあるローカルフィクサーに賜われる役職だ。

 何せ、隣国が侵攻して来た際に真っ先に対応する役目を担っているのだから当然と言えば、当然であろう。

 一部例外も歴史上は存在はするが、幸いにもラインメタルとアルサレア国境の守護するグラモン辺境伯は有能で王への忠誠心も高い忠臣であった。

 それ故、王からの勅命と2人の恐れられる魔女を伴ってやって来た宮廷魔導師に対しても、友好的かつ協力的に対応していた。


 「状況としましては幸いと言うべきなのか?些か迷いますが、勇者達と思わしき強力な力を持った敵の攻撃は未だありません。その御蔭で我々はアルサレアの軍勢を抑え込めているのが現状です。しかし、油断は赦されないのも事実です」


 グラモン辺境伯の言う通り、侵略者であるアルサレアが召喚した勇者達は未だ無かった。

 その報告に王の勅命を携えてやって来た宮廷魔導師。

 もとい、マナは首を傾げる


 「それは奇妙な話ですね。勇者達も侵攻して来たアルサレア軍に参加していると言う報告も上がって来て居たのですが……」


 マナが奇妙と言って疑問を呈すれば、グラモン辺境伯は答える。


 「ソレに付きましては、我が偉大な曾祖父との盟約に従って参戦してくれたダークエルフ達より斥候報告が上がっております」


 「御聞かせ下さい」


 「件の勇者達はアルサレアの野営地で待機しているとの事。場所は此処です」


 グラモン辺境伯が卓上に広げられた地図を指で指し示すと、マナは思案しながら尋ねる。


 「グラモン卿。貴方が敵で、勇者達と言う強大な戦力も携えているならどうしますか?」


 マナから意見を求められると、グラモン辺境伯は地図を指で指し示しながらハキハキと答える。


 「私が向こうアルサレアの指揮官であるならば、一気に此処……アルサレアとの国境から最も近い貿易都市であるラーカスまで進撃して占領。其処を橋頭堡にした上で進軍を進めます」


 グラモン辺境伯の意見にマナは質問する。


 「勇猛果敢なグラモン辺境伯にしては些か気弱な戦略と思いますが?」


 嫌味等では決してない。

 ただ、猛将で勇将であるグラモン辺境伯が可能な限り、一気に進撃しない事を意外に思っていたからだ。

 そんなマナからの問いをグラモン辺境伯は咎める事せずに理由を答える。


 「略奪だけでは軍全体を賄うのは実質不可能です。そうなると、食糧の補給を安定して受けられる様にする為にもラーカスを橋頭堡として確保した上で確保を続ける方が良い。それに……」


 「それに?」


 「攻めるよりは守る方が戦力は少なく済みます。ならば、敢えて守備に回って敵に出血を強い続けて疲弊させる方が良い。勇者達とやらの力で一気に攻め落とす方が良いのかも知れません。ですが、伸び過ぎた戦線を賄えるだけの安定した補給線を確保するのは難しく、場合によってはアルサレアに麦の一粒、水の一滴を与えまいと焦土にして来る可能性も否めない」


 長々としながらも理路整然に己が敵の指揮官に立った場合の考察を語ってくれたグラモン辺境伯にマナは理解し、納得すれば答えてくれた事に感謝する。


 「ありがとう御座います」


 「お気になさらず。王の意志に従ったまでの事です。私からも宜しいでしょうか?」


 グラモン辺境伯が質問したい。

 そう告げられれば、マナは「どうぞ」と承諾して質問を許した。


 「貴女が件の勇者達の対応をする事は承知しました。その為に貴女がお連れした御二人に関しても理解し、納得はしているつもりです。しかしながら、御二人がどの様な理由で我が国の為に尽力して戴けるのか?申し訳無いのですが、其処が気になります」


 魔女。

 この世界では人の姿をした厄災ないし天災。

 そう言っても過言ではない。

 無論、中には人の為に力を使う善良なる魔女も居る。

 だが、マナが連れて来た2人は善良じゃない。

 寧ろ、幾多の悪名を馳せ続けて来た厄災だ。

 だからこそ、グラモン辺境伯は2人の悪名高き邪悪な魔女が手を貸してくれる理由をマナに問うた。

 マナが答えようとすると、エレオノーレが自らの口で答えた。


 「大した理由ではない。退屈しのぎに勇者達とやらと遊んでみたくなった。ただ、それだけの事だ」


 エレオノーレが酷い理由を答えると、グラモン辺境伯は少しだけ不快そうにしながらも真剣な眼差しを向けて問う。


 「失礼ですが、裏切らないと言う保証は?」


 グラモン辺境伯の真剣な眼差しの中には、王の敵となるならば、全力で抗う。

 例え、勝てぬにしても一矢報いてやる。

 そんな覚悟が大いに含まれていた。

 エレオノーレはそうした覚悟を決めた戦士をとても好ましく思っていた。

 故に……


 「私の名に誓おう。この度の戦に於いて我がラインメタルに牙を向けぬと……そして、違えた時は我が命を貴公に差し出す事を確約しよう」


 裏切らない。

 裏切った時には自らの生命を差し出す。

 エレオノーレは自らの口で、グラモン辺境伯への敬意を交えて宣言した。

 グラモン辺境伯は「解りました。貴女の言葉とマナ殿を信じましょう」と、エレオノーレが参戦する事を認めた。

 それから、直ぐに顔をペストマスクで覆い、身体全体を黒いローブで覆い隠す涼子の方を見ると「貴女の理由は?」そう視線だけで問う。

 涼子は淡々と答えた。


 「遠い過去に王達と交わした盟約に従う為」


 涼子が本来の声とは異なる異様な声でエレオノーレとは対照的に大義名分を告げると、グラモン辺境伯は尋ねる。


 「盟約と申しますと?」


 「禁忌を犯した者に対し、裁きを下す」


 そう答えれば、グラモン辺境伯は納得してくれた。

 そんなグラモン辺境伯を他所にエレオノーレは呆れた様子で念話を送ってきた。


 『相変わらず貴様は嘘が上手いな』


 エレオノーレの言葉に涼子は心外そうにしながら返す。


 『生憎だけど、本当に禁忌を犯したら私が裁きを下すって盟約を交わしてるのよね。私が居た間はずっと約束を守ってくれてて出番は無かったけどね……嘘だと思うなら、ティエリアに聴いて。あの時、ティエリアも証人として立ち会ってたから』


 当時の涼子は最も信頼の於ける友でもあり、自分と同等の力を持つ魔女……ティエリアを立会人として、教皇も含めた王達が交わした条約を破った者へ裁きを下す。

 そんな盟約を交わしていた。

 幸いと言うべきか?

 涼子と言う目に見える恐怖が存在し続けていた。

 それ故に禁忌を犯す者は数百年もの間、一切現れる事はなかった。

 独裁者による恐怖を用いた圧政に潰された民衆の如く。

 だが、涼子が世間から姿を消して数十年後の今。

 恐怖で統治する独裁者が居なくなり、たがが外れた。

 そう言わんばかりに条約は破られてしまった。

 だからこそ、涼子は此処に居る。

 そして、同時に……


 『私が連中に投降勧告する。連中が勧告に応じたら、絶対に殺すな』


 被害者とも言える37名の彼、彼女等を救助して元の生活に戻さんともしていた。

 そんな涼子の言葉にエレオノーレは皮肉を零す。

 勿論、念話でだ。


 『ふん。親愛なる友だろうと、気にする事無く殺す貴様がな……何時から博愛主義者になった?』


 皮肉に対し、涼子は返す。


 『博愛主義者なら投降勧告を一度だけしかしないなんて言わないし、投降勧告を蹴った相手に無駄な勧告を繰り返す。それに貴女や彼等ラインメタルの軍の攻撃を妨害して無駄な努力をしようともするわよ』


 涼子の侮蔑交じりの返答が意味する事を察したのだろう。

 エレオノーレは嗤って返した。


 『未だ腑抜けては居るが、根本は変わってないな。昔のままだ』


 昔の非情で冷酷。

 その上、邪悪な涼子を深く知るエレオノーレの言葉に涼子は不満そうに返す。


 『昔と違うわよ。昔なら投降勧告なんてしないでさっさと皆殺しにしてるわ』


 そう返すと、マナが念話に割り込んで来た。


 『御二人さん?仲良く暢気に話に花を咲かせるのは良いけど、?』


 マナから問われると、エレオノーレと涼子はさも当然の様に肯定する。


 『ネズミが忍び込んでる事と強力な魔力反応が複数、空から接近してる事か?』


 『魔力の波長に関しては奇妙ね。何て言うか、この世界のソレとは何か違う波長に思えるわ……接敵まで30分って所かしら?』


 歴戦の魔女2人がそう返せば、マナは流石と内心で舌を巻いてしまう。


 流石は伝説クラスの魔女達と言うべきかしら?

 感じ取った魔力だけで様々な情報を読み取れるなんて……

 うーん、何か御母様を越えてみたいって言う心が圧し折られてる気分になる。


 涼子とエレオノーレ。

 この2人が自分以上に状況を掌握している事にマナは何処か自信を無くしてしまう。

 そんなマナの気持ちを察したのか?

 涼子は優しく語り掛ける。


 「経験を積んで学び続ければ、出来る様になるわよ。さて、指揮官は貴女よ?」


 涼子とエレオノーレが値踏みする様に視線を向けると、王の名代を預かるマナは最上位の指揮者として問う。


 「グラモン卿。この野営地を直ぐに放棄する事は可能ですか?」


 マナから問われたグラモン辺境伯は何故?と、問う事などせずに直ぐに返答した。


 「流石に無理と言わざる得ません」


 「ならば、直ぐに戦闘態勢を整えて下さい。30分後にはアルサレア側が召喚した勇者達が敵として来ます」


 その言葉にグラモン辺境伯は直ぐに傍らに控えていた部下へ命じると、部下は急いで兵士達に戦闘態勢へ移行させに行く。

 そんな中、涼子の姿が消えていた。

 マナがエレオノーレを見ると、エレオノーレは平然と返す。


 「あのバカなら、ネズミ捕りに行った。直ぐに戻って来るだろう……さて、私には何をさせたい?」


 エレオノーレから問われると、マナは高官として決断を下した。


 「状況はよろしくありません。黒き魔女には大変申し訳ないですが、投降勧告は無しで貴女には時間稼ぎを御願いしたい。可能ならば、1人は生け捕りにして下さい。情報が欲しいので」


 マナが指揮官として適切な判断とも言える命令を下達かたつすれば、エレオノーレは快諾する。


 「喜んで引き受けよう。奴が何か言って来たら、私が独断専行した事にしておけ……その方が貴様にとっては都合が良い」


 助け舟を出すエレオノーレの言葉が予想外だったのか?

 マナは思わず理由を尋ねてしまった。


 「私の為に其処までする必要が?」


 その問いにエレオノーレはアッケラカンに返す。


 「私の自己満足の為だ。恩義に感じなくても良い。それに、あのバカが私に怒り狂ってくれるならばソレはソレで都合が良い」


 全て自分の為。

 そう答えるエレオノーレにマナは感謝の言葉を述べた。


 「ありがとう御座います」


 「礼は要らん。それと、コレは貴様の部下として意見具申するが……貴様は此処で万が一に備えろ。その方が兵達の士気にも良い」


 戦争の魔女として、気に入った相手へ優しくアドバイスも兼ねた意見具申をすれば、マナは承諾する。


 「解りました。御武運を」


 「感謝する」


 そう言い残すと、エレオノーレは天幕を後にして向かって来る敵へ歩を進めるのであった。



 後書き

王の勅命を受けた宮廷魔導師と言う公人として母の意思に背く命令を下せるマナちゃんはれっきとした立派な自立した大人よ。


真面目な話としてさ…


国の危機とも言える有事に立ち向かわなければならない状況である以上、優先すべきは軍人も含めた自国民の安全と敵を仕留める事…この2つに尽きる訳じゃん?


無論、マナは状況が赦すなら自分の出来る範囲で孝行娘として愛する母たる涼子の意志に沿った形で動く様にしていた。

だが、状況がソレを赦さない以上は孝行娘ではなく、国家と王に仕える偉い魔導師と言う立場ある公人としての考えを優先した。


コレを非情と思うか?

それは読み手次第だから何も言わんよ


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