第10話 恋の駆け引き

 街の喧騒の中、くたくたのショルダーバックを持ちながら、碧央は結愛を本気で好きになりはじめた頃にある作戦を考えていた。恋の駆け引きというやつだろうか。人間あまりにも押しがありすぎると引いてしまうこともある。その気持ちになった瞬間、突然、いなくなるというものだ。ずっと声をかけたり、笑顔で手を振ってアピールし続けてきたが、どんな態度にも結愛はクールすぎた。反応が薄い。こういうガードが堅い人には、引きが大事だろうと考える。無関心でいる時間を設けることだ。今まで毎日会ってた人が急にいなくなったらなんでいないんだろうと心配するかを試したかった。碧央は、そう考えつつも大学の講義が面倒になったっていうシンプルな理由だったりもする。単位を落とさない程度に休みを多くとった。


 その間、何をしていたかというと、飲食店の洗い物担当のバイトをひたすらこなしていた。姿恰好が目立ってしまって、お店の売り上げに貢献できそうと絶賛されたが、あえての裏方にまわる。バイトくらいは静かに過ごしたい。大学でちやほやされるくらいでちょうどいい。むしろ、好きでもない人から声をかけられるのを避けるためだ。それでも、碧央のキラキラオーラは裏方でも目立つようで、同じ裏方で働くパートのおばちゃんに、ホールへ行けと急かされた。それでもかたくなに、皿を洗い続けては、食器洗浄機と仲良くなった。使い方をマスターしたのだ。碧央は機械と友達の方が気が楽だと思ってしまう。大学よりもバイトで仕事をする時間が長くなった時もあった。むしろ、お金稼いでいた方が親にも心配かけないし、明日のご飯の心配もない。1人暮らししながらの大学通学は厳しいものがある。物価は高いし、家賃光熱費を払うだけでこずかいは微々たるもの。大学費用のみ親に頼っていたが、ほぼ社会人と同じじゃないかというくらい稼いでいた。そうしないと、生きていけない。学食が安くて救われることもある。そこまで食事に欲求は無い方だが。


 そろそろ、結愛の中での自分の存在は大きくなったであろう時期に碧央は思い出したように登校する。講義が始まるぎりぎりの時間に後ろから入室した。息を荒くして、席に座る。まだ講師は来ていなかった。ほっと一安心していると、隣に結愛がこちらを見ていた。何を思ったのか、クスッと笑っている。碧央は疑問符を浮かべて、後頭部をかく。寝ぐせを気にしていた結愛はそこじゃないよと無意識に手を伸ばして丁寧に直した。ちょっとした優しさに碧央はポッと頬を赤らめる。バシッと触れた結愛の手をつかんだ。


「今、授業中でしょ」


 いつも授業中、居眠り常習犯の碧央は言う。結愛は憤慨する。碧央に言われたくない。結愛は頬を膨らませた。そんなやり取りでも本当は嬉しい。未だ気づいていない結愛の想いだ。



 ノートを広げ、真剣に授業を聞く。単位を落としてはいけないと実際焦っている碧央だった。結愛は、不機嫌なままもう顔は見ないとずっと講師の方を見ていた。そんな怒っている結愛の姿を見るだけでも良いなと感じる碧央だった。





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