第34話 切ない夜
あれから3か月の月日が過ぎていった。
いつの間にか、碧央の中の結愛のことは消えていた。着信拒否されて、ラインもブロックされている。大学内で会うことも可能だが、ブロックするくらいだから相当のことをやらかしてしまったんだろうと、意気消沈して関わることをやめた。いつしか、廊下ですれ違っても、友人の義春とともにふざけて、他人のように対応した。結愛は、好都合だった。そっちがそういうつもりなら、それでいい。塩対応はお得意だ。結愛は、ときおりお腹をおさえて、トイレに駆け込んだ。食事もまともに摂ることができない。いつも好んで食べていた納豆が受け付けない。白ごはんが炊けるにおいもダメだった。碧央は、自然消滅で別れても知ることはない。結愛が妊娠3か月目でつわりで苦しいんでいることを。
それに比べて、妊娠したとアピールした佐々木望美は、碧央に常日頃べったりだった。別な大学に通う望美は、碧央が講義を終えるとすぐにかけつけて、腕にしっかりしがみつき、学内の生徒にみせびらかしていた。いつも以上に煌びやかな洋服をまとい、碧央にねだって買ってもらった高級ブランドバックや財布を持ち歩いた。当分、碧央の財布の中は南国のようだ。冷たく吹雪が吹いてるイメージだ。どんなにデートを誘われても無理と言って、何もおごることはできなかった。
「望美先輩、そういや、お腹の調子大丈夫なんすか?」
心配して露出の高い服を着る望美に声をかけた。明らかにお腹が冷えそうだ。望美は自分の言ったことを思い出し、突然起きたつわりを演じて、吐き気があるように装った。どっからどうみても演技だとわかる動きに碧央は鈍感に信じてしまっていた。
「ちょっと……気持ち悪いかなぁ。昨日から何も食べられなくて」
「え?! それって、つわりってやつですか? だから、最近、痩せてきたんすかね」
「……え、あ、うん。そうかも。いたわってほしい!」
「? どうすりゃ、いいっすか」
「どうって、好きなもの買ってほしいし、温めてほしい!!」
「うーん、好きなもの買うって、食べ物はもう買えないっすよ。ブランドバック欲しいって言うから買ったじゃないっすか。バイト料入るまで、俺財布はからっぽっすから」
「……うん。知ってる」
「勘弁してもらっていいすか」
「大丈夫、駄菓子で持たせるから。12円の」
「まさか、スナック菓子を?! そんなで栄養偏るじゃないっすか。冗談やめてくださいよ」
「私も美容院とエステとか言って、財布が金欠」
「うーん、ダメじゃないっすか。計画性がさっぱりっすよ。俺より年上なのに……」
「お金の使い方は、年齢関係ないよ。その時、必要なものを買ってるんだから。だって、碧央に捨てられないようにって、見合った女にならなきゃって必死なのよ。周りから、似合わないって言われたくないし!!」
「そ、そんな風に思ってたんすか?」
石畳の歩道を立ち止まり、碧央は、不意に望美の頭をハグした。望美は胸はキュンと締め付けられた。
「?」
「大丈夫っすよ。お腹の赤ちゃんがいるから。俺は、望美先輩しか、愛さないっす!」
望美はその言葉に何も言えなくなった。もし、赤ちゃんがいなかったら愛せなかったってことなのかなと不安になる。ぎゅっと碧央の背中に手をまわした。
「うん。ずっと一緒」
「そう、ずっと一緒」
「信じてる!!」
通行人が恥ずかしそうに通り過ぎていく。慌てて、手を放して、離れた。誰もいなくなったことを確認してから、ぎゅっと指を絡めてつないだ。碧央を責任をもって望美を大事にしないとと意志が強くなった。
一方、結愛は、産婦人科に受診に来ていた。診察の順番になると女性の医師にそろそろ母子手帳の発行ですと促された。区役所に手続きに行ってくださいと必要書類を渡された。個人情報の欄には、父親の名前を書く欄があった。これはどうしたら、いいだろうと悩みに悩んだ。眠れる夜、窓の外の月を見ていた。風が冷たくて、寒かった。このまま1人で育てるべきか、打ち明けるべきか。まだどうするかは決められない。
父親の名前だけ空欄の母子手帳をテーブルの上に置いたまま、頬に涙を流して眠りについた。
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