第33話 会いたい人に会えぬまま

 碧央は、大学終わりの昇降口で腕を組みながら、結愛が出てくるのをずっと待っていた。今日はまだ連絡をしていない。本当は、電話して会う約束をするつもりだった。サプライズの意味も込めて、待っていたが、混み合う昇降口がだんだんと閑散としてきた。結愛がどこにもいない。ふと、肩をとんとんとたたかれた。


「朝月碧央って、君?」

「え、あ、うん。そう」

「へぇ、こういう人だったんだ」


 チューインガムを膨らませてパンと音を出したのは、ボブカットにジーンズジャケット、黒のパンツスタイルをした女性だった。見たことがない。誰かわからない。


「ごめん、誰? 俺のこと知ってるの?」

「いや、学内では知らない人いないくらいじゃないの? 自分の胸が知ってるっしょ」

「……いや、まぁ。ハハハ、俺って有名人か」

「調子乗るなよ」


 彼女は碧央の腹に強烈なパンチをくらわした。


「ぐはっ。いってー」

「痛くするようにパンチしたから」

「マジで痛かった。でも、あんた何者だよ」


 地面に唾を吐き捨てて、睨む。


「石原 結愛に傷つけたら、あたしが許さないから」

「え、結愛のこと知ってるの?」

「…………いけすかねぇ」

「……??? どういう意味よ」


 碧央は立ち去る彼女を追いかけたが、獣のように威嚇するため、断念した。致し方なく、結愛に電話をした。何度コールしても出なかった。話したいことがあったのにできない。もどかしい気持ちのまま自宅にとぼとぼと帰った。真っ暗な街路樹を眺めて、歩道の空き缶を蹴とばすと、自宅近辺の柵によりかかる女性がいた。暗くて誰だかわからなかった碧央は素通りすると、後ろから追いかけてきた。ストーカーかと背中がぞわぞわした。


「碧央!!」


 聞き覚えのある声だった。


「な、なんだ。望美先輩っすか。こんなところで何してるんですか。風邪ひきますよ」

「いやいや、未来の旦那様を待っていたのよ」

「え、いや、う……そ、それは……」


 お腹をさすって、ちらちらと、碧央を見る望美は、静かに碧央の隣に寄り添った。碧央は鳥肌が立つ。幽霊でも現れたかのようだった。


「俺の子って、本当なんすか」

「……え、疑ってるの?」

「あ、いや。その……」

「お腹大きくなってるから。大丈夫、元気に育ってるから」

「病院には?」

「だから、疑ってるの? 病院行かなくてもわかるわよ。貴方の子」

「…………」


 有無も言わせない感じに碧央は苦虫をつぶした顔をした。左を無理やりお腹にあてられた。あたたかったが、いるかどうかさえわからない。本当にここに自分の子が。認めたくなくても認めざる得なかった。意を決して、その場で碧央は望美との結婚を真剣に考えることにした。碧央がお腹を撫でる姿をたまたま通りかかった結愛が見てしまった。本当は碧央のアパートに行って話さなけばならないことがあったのに、女性との現場をこの目ではっきりと見てしまい、尻込みした。


 もう、連絡するのはよそうと結愛は自信を無くして碧央の連絡先をブロックした。そうとは知らずに、碧央は望美のお腹の子に夢中だった。


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