第47話 やっと言えたこと

 結愛と結愛の母の麻祐子まゆこは、ひかるが入院する東田総合病院の小児科病棟に向かった。初孫の顔が見れるとあって、とても楽しみにしていた麻祐子は病室の引き戸を開けるだけでドキドキする。結愛は、病室に入ってすぐに足を止めた。スリッパの音が響く。


「あ、碧央……」

 まさか来てる訳ないと思っていた碧央が病室の保育器の前、洸の手を握ってじっと見ていた。


「あ、ママ。来たな。んじゃぁ、俺はそろそろ帰りますね」


 担当看護師の菊池から連絡をもらってはじめは断っていたが、ひとりぼっちという言葉が脳裏に焼き付いて、碧央はいてもたってもいられなくなった。いつの間にか、洸の様子を見に来ていた。今日はバイトがあったはずなのを店長に無理言って来ていた。


結愛の横を通りすぎたが、何も言わずに立ち去っていく。麻祐子はなんで引き止めないんだろうと結愛に問いかける。


「追いかけないの?」

「え。でも、私に話しかける権利あるのかな」

「……権利も何も、息子のお見舞いに来てくれたんでしょう。お礼くらい言いなさいよ」

「あ、うん。そっか……そうだよね。お母さん、先に洸の顔見てて」

「うん、そうするから。早く行きなさい」


 結愛は思いなおして、エレベーターに乗ろうとする碧央を追いかけた。自分から振り切ったような気がした。ひどい言葉を投げかけた。碧央が父親だとはっきり言えなかった。遺伝子検査は確実に碧央が洸の父親だと出たのに、いざ目の前に本人にすると言えなくなる。本当にこれでいいのか。結愛は、宙ぶらりんの気持ちのまま、碧央と一緒にいていいのかわからなかった。一度断っているのに。


「あ、あのさ!」


 エレベーターの下のボタンを押していた碧央に追いついて、そっと近づく。碧央は、来てはいけないのに来てしまったことが申し訳なくなって、黙ってしまう。本当は追いかけてくれたことが嬉しかった。


「ありがとう。私、ひどいこと言っていた気がするから。まさか、また来てくれるとは思ってなくて……」

「いや、まぁ、部外者だからさ、俺。来なくてもいいって思ってたんだけど、ついね。もう、来ることはないから安心して」

 碧央は、結愛の額に手を触れた。発熱があって、ここに来れなかったことを看護師の菊池から聞いていたためだ。


「熱……下がってるんだな。無理するなよ。これから母親業が待ってるんだから。んじゃ、お幸せにね」

 ちょうどエレベーターの扉が開くと碧央はパタパタと手を振って別れを告げる。誰も乗っていないがすぐに立ち去りたくてボタンを高速で押した。


「碧央!!」

 扉が閉まりそうな時


「碧央が本当のお父さんなの!!!」


 バンッと扉が閉まり、下の階へ進んでいく。碧央が結愛の言葉を聞いていたかわからない。もう聞いていなかったら、諦めようと泣きながら、病室へ戻ろうとした。


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ずっと前から茜色の空をきみと一緒に見たかった もちっぱち @mochippachi

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