第46話 突然の来訪者

リビングのテーブルの上、サプリメントの蓋をぱたんぱたんと開けたり閉めたりとぼんやりと過ごしていた。テレビもつけず、音楽もつけず、ただ時計の針がカチカチと聞こえている。結愛は、今日が洸の退院日にほっとしていたが、未だはっきり父親の件に関して本人たちに言えていなかった。


 真実ははっきりしているが、これで本当によかったのだろうかと判断に迷っていた。嘘をつき続けていたら、洸自身が本当の父親をさがすだろうと気持ちになってしまうのも困るなと感じる。まだ0歳で誰が親かどうかなんてわからない。このまま、夜逃げして育てられないため児童養護施設に預けてしまってもいいだろうかと考えてしまう。


 母親として、失格な判断しか思いつかない。自信がない。一人の人間をまともに育てられる自信がどこにも備わっていない。


 立派って? 良い子って? 


 まともな環境で育てられていない結愛にとって、子育ては苦難な道のりだ。

 洸を嫌いになったわけではない。母としていろんなことをしてあげないといけないとわかっている。洸を抱っこするだけで手が震える。泣いているのを放置してしまったこともある。こんな母親じゃきっとだめだ。


 迎えに行かなくてはいけない時間にも関わらず、ふとんの上に泣き伏していた。


 そこへ結愛のアパートのチャイムが鳴る。


「結愛? いるの?」


 実家からかけつけた母親が大きな荷物を抱えてやってきた。頼んでもいない。どうしてこんな時に来るのだろうと、泣きながら玄関のカギを開けた。


「……結愛、どうしたの?」

 真っ赤にさせた顔を目や鼻をこすって、やってきた。まるでトナカイのようだった。


「クリスマスには早いよね」

「……へへへ、そうかなぁ。お母さん!!」

 ふと、どうしようもない思いが溢れて、母の胸に飛びついた。


「よしよし」


 まともな環境じゃなかったが、母の愛は本物だった。本当の父親がそばにいないことはあったが、母の愛はずっと同じ。懐かしい思いが滝のように溢れてくる。


「出産したんでしょう? 体、大変なんだからすぐ呼びなさいよ!」

「なんで、知ってるの? 連絡してないのに」

「それは秘密よ。とにかく、体が第一だから。あれ、子供はどこなの?」

「今日、病院を退院する予定なの。ちょっといろいろあって、なかなかふんぎりつかなくて、外出れなかった」

「なんの、ふんぎりよ。もう子育ては始まってるんだから。不安がってる場合ないよ?」

「……そうだよね。うん。勇気出たよ。お母さん、一緒に病院来て」

「そのつもりよ。ほら、荷物まとめて!」

「今、出るから」

 結愛は慌てて、寝室に置いていた荷物をまとめて、外に出る。足取りは早かった。突然だったが、母が来たことは十分に元気になった。一人でいると不安でマイナスなことばかり考える。幼き思い出を振り返ると、過去は振り返ってる暇はなかったなと思い出す。


「早く、孫の顔を見たいわよぉ」

「はいはい。しっかり見てあげてよ。洸も喜ぶから」

「洸っていうの?」

「そう、私がつけた。洸。かっこいいでしょう」

「楽しみね。洸くん」


 鼻歌を歌いながら、結愛と結愛の母はご機嫌に洸の入院する病院に向かった。


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