第20話 結愛の不安感と碧央の挑戦
「いらっしゃませ。ご注文承ります!」
碧央とまったりランチタイムを楽しんだ後、ファストフードのバイトのシフトが急に入った。同僚が1人熱を出して来れなくなったとマネージャーから電話が入る。仕方なく、代わりになる人もいないようで夕方勤務に向かった。ずっと一緒に過ごせると思った休日。碧央は寂しそうに手を振って見送った。あんなにガツガツ行きそうだなと思っていた碧央は手を出さなかった。今日も元気よく、バイトに精を出す結愛の元に来てほしくない人が来た。
碧央とのデートで見かけたタトューの怖い男性がお店にやってきた。
「よぉ」
「…………」
「お客様なんですけど?」
「あ、はい。ご注文どうぞ」
結愛の顔が引きつっていた。通常の対応ができていない。怖くて足が震える。その様子が気になった斎藤マネージャーが肩を軽くたたいて、自動的に仕事を静かに交代させた。
「あ、おい!」
「ご注文は私めが代わりに承ります。どちらになさいますか?」
「……このハンバーガーセット」
「こちらの期間限定スペシャル全部のせハンバーガーセットでございますね。サイドメニューはいかがいたしましょうか―――」
斎藤マネージャーに仕事をお願いして、結愛は震える体をおさえながら、バックヤードに入った。ロッカーから水筒を取り出し、あったかルイボスティをゆっくり飲んだ。パチンと蓋をして、呼吸を整える。バタンと扉が開いた。
「こんちわぁ!」
年下高校生のみゆきが入って来た。これから出勤時間のようだった。
「みゆきちゃん。お疲れ様」
「あれ、結愛先輩、どうしたんすか? 顔色青いっすよ?」
「あ、ごめん。うん。何とか、今、休憩していたとこ。ちょっとさ、嫌な人にあって……」
「お客さんで嫌な人すか? どうするんですか。あたしなんて、毎日っすよ。この辺、たむろしてる人とかにめっちゃ声かけられて、超困ってますよ。まぁ、仕方ないっすかね。あたし、ギャルだし!!」
かなりの自信満々に話しながら、制服に着替えるみゆきは、てきぱきと準備を始めた。
「私もみゆきちゃんみたいにバリバリに強気で行けたらいいんだけどね。むりだなぁ」
「強気って……それじゃぁ、結愛さんじゃなくなりますよ。そのままでいいですって。まぁ、何があったかは聞かないですけど、調子良くなったら、出てきてくださいね。先行きますよ!」
結愛はみゆきが年下なのに、頼もしいなぁと思った。頼れる存在だなと感じる。ふぅっとため息をついて、スマホ画面を見ると、碧央からの面白おかしいラインメッセージとスタンプを見る。今考えてることがバカバカしく思えて来た。
『バイト終わるまで近くうろうろしてるからな』
そのメッセージを見て、安心する結愛だった。もうあの人のことは忘れようと何度も決意する。
◇◇◇
碧央は時間つぶしにとバッティングセンターのホームランを狙うぞと意気込んで、バットを振るが、なかなか当たらない。メジャーリーグのあの選手には程遠いと実感する。
「俺には野球無理か。今更、ガリガリで筋肉が薄ぺらな体じゃ無理か……」
ヘルメットとバットを指定の場所に戻し、休憩室にあるパンチングマシンを見つけた。
「野球じゃないけど、これならいけるんじゃねぇかな」
独り言をブツブツ言いながら、100円を入れて、赤いグローブをはめる。タイミングを見計らって、思いっきりパンチを繰り出した。まさかの高得点を獲得。今まで知らなかった自分の才能に気づく。
「マジか……俺、ボクシングジム通うかな」
1人でこんなところに来るのは生まれて初めてで誰にも褒められずに時間が過ぎるのも初めてだった。誰かそばにいて、すごいって言ってくれていたらどうだったかなんて妄想する。結愛を一途に思う気持ちを示したくて1人で行動することに挑戦していた。証明なんてできるわけがないが、自分の中ではそう思う。外野が黄色い声援にあふれていたとしても……。
(俺って本当は芸能人だったりする? ……いや、調子乗りすぎだ。騒いでいるのはマダムのおばさまたち。可愛いという声が響くんだ。まぁ、誰にでもモテるんだ俺)
調子乗って、もう一度パンチングマシーンを試したが、力不足でさっきの得点を超えることができなかった。がっかりしてうなだれた。
電線で休んでいたカラスがカーと鳴いた。
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